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44話


金屏風って、お祝いごと全てに使われるものなんだろうか?

まるで今日の主役は社長ではないかと思っても仕方がないほど満ち足りた笑顔でマイクを持つと、社長自らが金屏風の前に立ち開会の言葉を述べた。


「今日こうして社長賞を祝う事ができて本当に嬉しい。プロジェクトに参加したメンバーの苦労は何年にもわたっていたことも知ってる。どれだけの人材や開発費を投入しても、成果をあげて欲しくて仕方がなかった。本当にありがとう」


最後の言葉は、まるで叫んでいるのではないかと思うくらいに大きな声で、広い会場いっぱいに響き渡った。これまでも、社内の行事への参加には誰よりも積極的で、社員それぞれの苦労を自分も受け止めようとしてくれる熱い人だけど、今こうして涙を浮かべる姿は社長というよりも単なる社員の一人だ。

会場に集まった社員やその家族たちを見渡して、『ありがとう』と呟きながら小さく何度も頷いている。


「この開発、苦労したもんな」


「あ、……そうですね」


くすくす笑いながら私の隣に立ったのは、この前プロジェクトの打ち合わせが行われた時に悠介の事を『天敵』と言い放った先輩。

落ち着いた雰囲気で正確な仕事をする渋沢さんだ。

会社の受付嬢と結婚したばかりの新婚さん。


「社長、かなり泣いてないか?……今までの社長賞のパーティーの中でもずば抜けて泣いてる」


「確かに」


既に金屏風の前の壇上からは下りて社員の輪の中にいるけれど、笑顔はそのままで、溢れる涙を隠す事なく優しい言葉をかけて回っている。

心底プロジェクトの成功を喜んでいるようで、メンバーとして何年かを費やした私たちは嬉しいに決まっているけど。それでも泣きすぎではないかと不思議に思える。


「去年はぽろっと泣いただけで涙は打ち止めだったんだけどな。社長も年とって涙もろくなったのか?」


くすくす笑う渋沢さんの言葉に、ふと気づいた。


「渋沢さん、去年も社長賞もらってるんですか?」


「あ、そうだな。今回で3回目だ。当たりがいいのか、社長賞を射とめるプロジェクトに召集されるラッキーな星の下で働いてるみたいだ」


肩をすくめてあっさりとそう言ってるけれど、それはたやすいことじゃない。

たった一度の社長賞を貰う事すら経験しない社員が多い中で3回も。


「すごい……。渋沢さん、優秀なんですね」


呆然と呟いた。チームが違う私と渋沢さんは、このプロジェクトで初めて一緒に仕事をしたけれど、それまではお互いの接点もなくて知り合う事もなかった。

そのせいか、確かに仕事はできると思っていたけれどここまですごい人だとは思わなかった。


「まるで、この会社で活躍するために生きてるみたいですね」


本気でそう言ったけれど、渋沢さんはその言葉を軽く流して『そりゃどうも』で片づけた。

本当にそう思うんだけどな。


「で、ラッキーな星の下にいるのは俺だけじゃないみたいだぞ。俺が次に召集される予定のプロジェクトには花緒さんもメンバーに入ってた。今回は社内の精鋭が集められてるから成果をあげれば確実に社長賞だ。……ま、それだけが仕事をする意味ではないけどな。何か目標があるのはいいことだし。

がんばろっか。な、花緒さん」


「え……がんばろっかって、そんな事何も聞いてないのに……」


突然聞かされたことは、予想もしていなかったことで、本来なら部長から通達される内容。


「俺も今日聞いたばかりの極秘情報だから、口外しちゃだめだよ。……あそこで俺をにらみつけてる男前にもな」


私の耳元でそう囁いた渋沢さんは、くくっと笑いながら斜め後ろを視線で教えてくれた。


「後ろからの視線なのに、気付いてしまうくらいの睨み方だぞ。相当花緒さんの事好きなんだな。

……恋人か?」


「恋人?」


相変わらず肩を震わせて笑っている渋沢さんの言葉にはっとして後ろを向くと、顔を歪めた夏弥が立っていた。

濃紺のスーツを着た長身は、華やかな会場の雰囲気にも負けていなくて目立っていた。

整った顔は私と渋沢さんを凝視していて、かなり機嫌が悪そうに見える。


「夏弥……」


約束通りこの場に来てくれた。今朝別れたばかりだというのに、一日会えなかった時間が急に寂しく思える。思わず夏弥のもとに向かおうと足を進めた時、ぐっと腕を掴まれた。

驚いて振り返ると、苦笑した渋沢さんが首を横に振っていて。


「ばかか。今から社長から記念品が配られるんだからここにいろ。あの様子ならまだ大丈夫だ。

俺がこんな事しなけりゃな」


「こんな事?」


「そ。こんな事」


にやりと笑った渋沢さんは、私の肩を軽く抱き寄せて耳元に囁いた。


「今夜、お仕置きされるかもな」


「なっ」


「くくっ」


「し、渋沢さんっ」


私の慌てた声に、ようやく腕を離してくれた渋沢さんから離れて、夏弥を見ると。

今まで見たこともないほどに眉を寄せてる鬼……のような夏弥。


「うわっ……どうしよう」


側に行きたくても行けない。今から社長にお祝いの言葉と記念品……。


声を出さずに口だけで『なんでもないから』って必死で呟くと、そんな私に一瞬驚いたような夏弥は、同じく口ぱくで『ばーか』と言ったような気がした。

その瞬間、ほっとして大きく息を吐いた。


「遠目から見ても男前だな。……あっちよりずっといい男。よくやった」


相変わらず飄々とした渋沢さんのからかうような声に、視線を移すと。


私の様子に憮然としている悠介。そしてみちるちゃん。

……私に厳しい言葉を投げ捨てた悠介のご両親がいた。

悠介の結婚相手として私を認めてくれなかったご両親は、今も私に無表情な顔を向けている。

お祝いムードのこの場にふさわしくないその様子に、そこまで私は嫌われているのかと感じて落ち込む。

小さな頃から慣れている感情だとはいえ、夏弥によって引き上げられていた毎日がそんな過去を薄くしてくれていたのに、再び切ない思いに縛られそうになる。


そんな私の変化に気付いたのか、視界の隅の夏弥が私の側に駆け寄ろうとした。

けれど、いつのまにか夏弥の隣にいたシュンペーがそれを阻んだ。

小さな声で何かを囁いたシュンペーの言葉に渋々頷いた夏弥は、心配そうな顔で私を見つめて。

小さく頷いた。


「シュンペーも次のプロジェクトに召集されてる。これも極秘な。で、悠介は召集されてない。

これだけでも花緒さんは彼よりも仕事でずっと認められてるってことだ。それに、自分ではどうしようもできない理由で人を選り好みする人間に痛めつけられることはない」


夏弥とシュンペーの様子を見ながら、渋沢さんは力強く呟く。


「うちの会社、製薬会社だろ?病で苦しむ人を近くで見たり、弱い立場にいる人を助けたいって思う人間が多いんだ。そんな会社の中で、理不尽な理由で花緒さんを苦しめるような悠介を安易に受け入れる人は少ない。だから、気にするな。世の中は敵ばかりじゃない」


「渋沢さん……私の事……」


「ああ。悠介が言いまわってたからな。社員のほとんどは耳にしたんじゃないか?

……それでも、弱者を守るための仕事をしている俺らが花緒さんを見捨てるわけがない。だろ?」


思いがけない言葉が連なって、どう答えていいのかわからない。

ほんの少ししか離れていないところにいる悠介とその家族からの視線も気にならなくなる。

そして、私を見守ってくれる夏弥とシュンペーの温かい存在だけに気持ちは傾いていく。


「社長だってそうだ。……ああやってこの日をはしゃいでるのはきっと、友達のためだ」


「友達?」


涙がこぼれそうな私の声は鼻声になってる。それにくすっと笑いながらも、渋沢さんは社長を見ながら話を続けてくれた。


「社長の友達……詳しくは知らないけど、友達のお兄さんだったかな。若くして心臓の病気で亡くなってるらしい。自分は製薬会社の御曹司なのに、そのお兄さんを助ける事もできなくて自分の無力さに絶望したことがきっかけでこの会社を必死で盛り上げたらしいぞ。

病気で亡くなったり、苦しむ人を少しでも減らしたくて、その為には社員が過ごしやすく、研究しやすい会社にしようと、今まで頑張ったって。……嫁さんが言ってたんだけどな。受付だから何かと会社の情報が入るらしいわ」


「友達のお兄さん……心臓の病気……」


それはきっと、ううん、絶対私の父さんの事だ。父さんが心臓の病気で亡くなった時、社長は近くにいてくれたんだ。そして、それがきっかけでこの会社を盛り上げて。


私がその社長の思いに寄り添って、大きな成果をあげる事ができたなんて。


奇跡のようだ。


とうとう流れてきた涙を手の甲でがしがしと拭って、まさに今目の前に来た社長を見つめた。


隣に並んでいる秘書さんから渡された社長賞の記念品をまずは渋沢さん、そして私に渡してくれた。


「ご苦労だったね。長い間の苦労が実って、ようやく次の段階に進めたよ。きっと、このプロジェクトの頑張りのおかげで、病気で苦しんでいる多くの人が未来への希望を持てると思う。本当に、ありがとう」


そう言って、ぎゅっと私の手を握りしめてくれた社長の手は、温かかった。

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