39話
その後の朝礼で、私が参加したプロジェクトが社長賞を受賞したと部内に発表された。
何人もの人からお祝いの言葉をかけられて、その都度笑顔で応えたけれど、気持ちはなかなか浮上できずにいた。
悠介とともに過ごす時間への拒否感がどんどん私のため息を増やしていく。
「社長賞とったわりに嬉しそうじゃないですね」
向かいからシュンペーが不思議そうに声をかけてきた。
その声からは、私を気遣う不安げな様子も感じられて、はっと思い出した。
「社長賞のことはまあ、嬉しいけど、それより気を遣わせてたかな?夏弥の事」
焦りながらも極力小さな声で聞くと、シュンペーは一瞬瞳を揺らしてどう答えようかと迷っているようだった。きっと、夏弥と美月梓との噂を気にしてるはず。夏弥に会ったことがあるシュンペーなら、たとえ顔がぼかされた映像だとしても、美月梓の熱愛の相手が夏弥だとわかったはず。
「あの噂、デマだって。昨日夏弥が沖縄から帰ってきて否定してくれたから、安心して」
そう言いながら頷く私の笑顔にほっとしたのか、シュンペーは小さく肩をすくめて口元を緩めた。
「そうじゃないかとは思ってましたけど、木内さんの口から聞けてほっとしました。
あんなに木内さんに惚れてる人が他の女に手を出すわけないですよね」
「あ……はは、そうかな」
思わず照れて言葉がつまった。
「確かに美月梓は綺麗だし魅力的だけど、あの夏弥さんが木内さん以外の女に目がいくとは思えないですしね。……とりあえず良かったです」
くすくす笑うシュンペーの言葉に、はははと笑いながらも、そう言えば今朝かわいいお天気お姉さんを嬉しそうに見つめてたな、とふと思い出して複雑な気持ちになる。
夏弥だって他の女の子に目がいく事あるんだよ、と言いたい気持ちをぐっと堪えた。
まあ、私に似てるらしいお天気お姉さんだし、ノーカウントかな。
「あ、木内さん、今晩社長賞のお祝いの食事会があるんでしょ?俺たちも週末にでもお祝いしようって言ってるんで空けておいてくださいね」
「え?お祝いなんていいよ。今回社長賞とったメンバーなんて多いし、私はたまたまそのプロジェクトにいただけだから」
目の前で大きく手を横に振って拒否するけれど、シュンペーはそんな私を気にするでもなく
「何言ってるんですか、お祝いはお祝いです。木内さんを慕ってる社員多いんですからかなりの人数集まりそうだって弥生さんからもさっき連絡ありました。……主役が来ないと困ります」
「は?弥生ちゃん?」
「そうですよ、社長賞受賞を聞いて、早速社内にメール回ってますよ。今のところ参加者は30人以上だって言ってました」
「さ、さんじゅう……。それって大げさすぎない?私、普段そんなにみんなから慕われてる気もしないんだけど」
シュンペーの言葉に驚いて、そして信じられなくて、手にしていたボールペンを思わず落としてしまった。そんな私にシュンペーは苦笑しながら。
「慕ってる人も多いですけど、熱烈なファンだと公言している人も多いんですよ。
見た目が整ってるってのもあるんですけど、仕事は確実だし丁寧。知識も豊富だから何を聞いてもすぐに求めている答えを返してくれる。そしてそれをひけらかさないし自慢しない。
後輩には優しくて先輩に対しても言わなければならない事はちゃんと言ってくれる。
そんな木内さんの直属の後輩だっていうだけで、俺をうらやましがる社員も少なくないですよ。
ま、『いいだろー』って返してますけどね」
「……」
シュンペーが今言った言葉は事実なんだろうか。私の事を話しているとは思えない。
見た目が整ってるって?そんなの嘘だ。今までそんなこと言われた事ないし。
平凡な容姿だと思うんだけど。
「あまりに綺麗すぎて何も言えないんですよ。高嶺の花なんです、木内さんは。
弥生さんだって綺麗だから、二人並んだところを見るとその日いい事があるって社内では言われてます」
「はあ?」
「ま、信じないでしょうけど、そうなんです。だから、僕がさっき言った事は真実だと受け入れて週末のお祝いにはちゃんと参加してくださいよ。あ、夏弥さんも呼んでいいですよ。いっそ結婚報告もしちゃえばお祝いも倍です。……あ、これいいですね。夏弥さんにも声かけてみようかな。あー、言ったら何が何でも来てくれそうで笑えるな……」
思い出し笑いのように、くすくすと笑いながら、シュンペーは一人で自己完結。
私の気持ちをくみ取るつもりなんてまるでないように自分の気持ちだけをさっさと言ってる。
「シュンペー、あのさ……」
お店の予約がどうの、最終人数はどうだの。何やらぶつぶつと口にしながら考え込むシュンペーにはもはや私の声は届かなくて、今更私がどう言っても週末の予定は決行されそうだ。
はあ、と大きく息を吐いて、椅子の背もたれに体を預けた。
会社に来てから大して時間は経っていないのに、今日一日分の疲れが既に私を覆ってしまったような気がする。どっと背中が重くなったような……。
社長賞受賞は確かに嬉しいけれど、あー、やっぱり今日の食事会で悠介に何か言われるかもしれないと思うと憂鬱だ。いっそ体調悪くて欠席とか言ってみようかな……。
ちらりと課長を見ると、私の受賞を聞きつけたらしい他部署の人からのお祝いやからかいの言葉に嬉しそうに答えていた。
まあ、自分の部下が受賞となれば嬉しいだろうなあ。課長の今後の昇格にもいい影響が出るだろうし。
そんな課長の嬉しい気持ちをそぐような事は言えないか。となると、やっぱり行かなきゃいけないか。
諦めて仕事に気持ちを切り替えようとした時。
「あ、今日の食事会って、家族も同伴させていいらしいですよ?」
シュンペーが思い出したように呟いた。
「弥生さんが言ってたんですけど、社員が仕事に打ち込めるのは、家族の支えが大きいって社長の信念があるらしくて、いつも受賞を祝う食事会には家族を呼んでいいそうです。
夏弥さん呼んだらどうですか?」
「え?家族……じゃないもん。……まだ」
そりゃ、すぐに籍を入れようって言ってるけど。まだ家族じゃないし……。
「そんな細かい事。結婚するんでしょ?じゃ、婚約者として呼んじゃえばいいじゃないですか?
で、あの男に仲のいい所を見せつければいいんです。どう見たって夏弥さんの方がいい男なんですから」
まるで悪魔のような笑顔のシュンペー。
その笑顔にひいてしまうけれど、それもそうだな、と私も思ってしまった。
夏弥が来てくれるなら、それだけで気持ちが楽になる。悠介だって私を傷つけるような言葉を言ってくることもないだろうし。
それに、夏弥に会えるかもと思うだけで気持ちは浮上していく。
「……電話してくる」
そう言った途端、シュンペーが嬉しそうに笑った。
「そんなに焦らなくても、夏弥さんが断るとは思えないんですけどね」
肩をすくめながら呟く声を聞きながら、私は席を立った。
少し離れた休憩室に向かいながら携帯をぎゅっと握りしめて。
『家族』だから来てって言ってもいいものか、照れと緊張とが混ざり合わった感情に戸惑いながらも顔が緩むのは抑えられなかった。




