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35話


テーブルに並べられた幾つもの料理は、私のためじゃなくて夏弥と蓮さんがここに来る事を見越しての量の多さだった。夏弥と美月梓との報道によって傷ついた私を励ますためのものではないとわかって、妙にほっとした。

おばあちゃんが、そんな見え透いた慰め方をするわけがない。

慰めてるとわからないように、そっとどこかで私を盛り上げてくれる、そんなおばあちゃんのやり方に慣れてきたせいか、真相を知って、普段と変わらない展開に気持ちが落ち着いた。


とはいえ。


こうして夏弥と連絡を取り合って、呼び寄せるなんておばあちゃんらしくないような気もするけど。


「ああ、何度も瀬尾さんから電話があったんだよ。『花緒が携帯の電源を落としていて繋がらない』って泣きそうな声でね。くくくっ。で、沖縄から帰ってきたらいつでもうちにおいでって言ってたんだけど、まさか『今晩にでも伺います』なんて返事が返ってくるなんて……。やるね、花緒。こんな男前をここまで夢中にさせるなんて、さすが私の孫だよ」


機嫌よく笑っているおばあちゃんの言葉に、苦笑しながらご飯を食べてる夏弥。

夏弥が大好きだというひじきの煮物がテーブルにあった時点で、予想しても良かったのに、まさか夏弥が訪ねてきてくれるなんて思わなかった。それに、泣きそうな声でおばあちゃんに電話をしてたなんて、まさか、まさか、だ。どちらかと言えば、いつも穏やかに表情を変えず、何に対しても動じない夏弥のそんな声、聞いてみたかったな。


そんな私の気持ちが表情に出ていたのか、夏弥は少し照れたように、でもしっかりとした口調で。


「もう何年も、花緒に夢中なんだよ」


言い切ってくれた。


「あ……うん、ありがとう……」


まっすぐに見つめられて、私も照れてしまう。何年も、と言われてもぴんとこないけれど、私が一番つらくて落ち込んでいた頃からずっと私を見ていた夏弥だから、半端な思いでそう言ってるわけじゃないってわかる。


「ごめん、もう、携帯の電源切ったりしないから」


「ああ、それだけは、頼む。俺も、ここまで参ってしまうとは思わなかった。……手に入れるまでは、見てるだけで満足だったのにな。手に入れてしまうと、自分の近くにいないと不安でたまらないな」


「……」

「……」

「……」


何気ないように、淡々と言っている夏弥の言葉に、私もおばあちゃんも、そして蓮さんも言葉を失った。

夏弥には、照れという感情が欠落しているんじゃないのかと、一同顔を見合わせて、肩をすくめる。

私に対する甘い思いを、何のためらいもなく口にする夏弥に、私の方が次第に照れてくるんだけど……。


「あー、俺も早く希未に会いてーっ。何で修学旅行中の沖縄で夏弥に遭遇してしまったんだろうな。会わずにいたら、今頃は希未をぎゅっと抱きしめて、しばらくぶりに愛し合えてる頃なのにな」


突然、蓮さんが叫んだ。片手に持っていた箸を意味なくぶんぶんと振り回しながら、整った顔をしかめている。

どこか冷たい感じもするその顔、きっと女子高生には人気なんだろうな……。


「俺、早く食べて帰るから。タクシー呼んでくれる?」


「あ、はい。いいですけど……」


突然、猛然と箸をすすめ始めた蓮さんは、目の前にある料理を順番に平らげていく。

本当に希未さんに会いたくてたまらないんだろうな。愛してるんだな。見た目だけだと、女性に夢中になるような雰囲気なんかまるでないのに。人は見かけによらない。希未さんの事を口にするその表情はとろけそうだもん。


そんな蓮さんに慣れているのか、これと言って何も言わなかった夏弥さんだけど、不意に真面目な顔になって


「とりあえず、助かった。蓮の学校の集団に紛れて空港まで行って、そのまま一緒の便でこっちまで戻ってこれたおかげで騒ぎにならずに済んだんだ。本当、感謝してる」


軽く頭を下げる夏弥に、蓮さんは、ふふん、と鼻で笑った。


「本当に、大変だったんだぞ。校長がミーハーで、美月梓のファンじゃなかったらうちの学校の教師の振りして一緒に帰るなんて、絶対にOKしなかっただろうしな。生徒だって、マスコミから逃げるとかいう滅多にない経験して大騒ぎだったし。……校長には、間違いなく美月梓のサイン送ってくれよ。約束なんだからな。じゃなきゃ、俺減給だぞ」


「わかってるよ。ちゃんと電話で梓のマネージャーに頼んでおいたよ」


「ホントに、ま、いいけどな。これで貸し一つな。……まあ、こうしてお前がストーカーしてた女も見る事できたし。……といっても、やっぱり普通の女だったな。今まで夏弥に近づいてきた女達とは違うな。

……希未がすごく可愛いって言うし、夏弥と並んでるとしっくりくるっていうから期待してたのにな」


「な……」


幾つも並べられた私を見下すような言葉に、一瞬、私の怒りが沸点に近づいた。

何の悪気もなく言っているようなその顔にすら敵意を感じて、思わずグーで殴ってやろうかとも思う。

私の隣に座っている夏弥を見ると、口元を歪めてはいるものの、特に蓮さんに注意するわけでもない。

私の視線に気づくと、小さく何度か頷くだけ。

私がここまで言われてるのに、どうして?

何か言ってくれてもいいのに……。


そう思っていると、


「希未さんも素敵だけど、俺には花緒が誰よりもいい女だから、それでいいだろ?」


ひそひそと話すわけでもなく、相変わらずの照れのない言葉が落ちてきた。

その言葉の意味が私の中に染み入るにつれて、赤くなっていく私の頬。そして熱くなっていく。

こんなに夏弥って自分の気持ちをさらけ出す人だったのかと、今更ながらに驚きでいっぱいになる。


「もしもーし。希未も素敵って簡単に言ってくれないでくれる?世界で一番なんだよ、あいつは」


まったりとした空気感の中にいる私と夏弥に、割って入るように蓮さんの声が響いて、はっと彼を見ると、首をかしげ、呆れたように私たちを見てた蓮さんが大きくため息をついた。


「夏弥が今までずっと見つめてきたことにも気付かない鈍感な女だろ?どれだけ夏弥が時間も心も捧げてきたか、ちっともわかってない女と、俺の希未みたいに最高の女を一緒にしないで欲しいんだけど」


どこか私に対する嫌悪感を抱いていると、ずっと感じていたけれど、やっぱりそうだ。

蓮さんは私の事、夏弥にふさわしくないって思ってるに違いない。夏弥がずっと私の事を見つめてくれてたこと、気付かなかった事は申し訳ないって思うし切ない気持ちは確かにあるけれど、今となってはもう、その時間を取り戻してやり直すなんて事できないのに。


「それは……夏弥には申し訳ないって思うけど……」


俯きがちにそう呟くと、そっと私の手を握ってくれた夏弥。視線を移すと、優しく笑ってくれてる。

そんなこと、どうでもいいよ、と瞳が教えてくれてるようでほっとする。


けれど、そんな私の気持ちを無視するように、蓮さんは冷たい声でさらに続けた。


「夏弥がどれだけ必死であんたを追いかけてたか……まあ、それは夏弥の勝手だといえばそうだけど。

それでも、夏弥のその思いをちゃんとわかってるようには見えないんだよな。じゃなきゃ、マスコミに煽られて携帯の電源切ったりなんてしないだろ。……本当、あんたに夏弥はもったいない」


「あ……。うん……」


手厳しい蓮さんの言葉に、何も言い返せずにいると。それまで聞くだけだった夏弥が口を開いた。


「蓮、いい加減にしろ。俺が勝手に花緒に惚れて思い続けてただけで、花緒はそんな俺の気持ちをようやく受け取ってくれたんだ。俺にはそれだけで十分だ」


「……ふん。ま、せいぜい幸せになれるように頑張れよ」


蓮さんは、夏弥に向かって、拗ねたようにそう言って、口をきゅっと結んだ。

どこかまだ不安が残っているような、そして何か言い足りないような顔。

蓮さんは、自分とは反対の夏弥のすっきりとした表情をしばらく見ていたと思うと、視線を揺らして、ためらいや迷いを隠せないまま、私をぐっと見つめた。


また何か厳しい事を言われるのかと、はっと身構えると。


「頼むから、夏弥を悲しませたりしないでくれよ。俺と希未みたいに、幸せになってくれ」


私の予想に反して、とても静かで優しい声が届いた。その言葉には。

今まで蓮さんから私に投げられた鋭い感情の意味全てがそれに集約されているような、そんな気がした。

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