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3話



その後、雰囲気を変えるようにおばあちゃんが明るく誘った事がきっかけで、瀬尾さんと一緒に夕食をとる事になった。仕事が終わってから我が家に寄ってくれたという瀬尾さんは、少し申し訳なさそうにしていたけれど、おばあちゃんの料理は初めてではないらしく、かなり嬉しそうに顔をほころばせた。


「地味な料理で申し訳ないけど、たくさん食べてね。いつも花緒の帰りが遅いから一人で夕飯は済ませるんだけど、今日は大勢で嬉しいねー」


煮物や焼き魚、茶わん蒸しなどをテーブルに並べながら、軽やかに話すおばあちゃんは本当に楽しそうだ。

私だって、おばあちゃんが一人で夕飯を食べている事を気にしていないわけではないけれど、なかなか早くには帰れない毎日。

やっぱり、胸が痛い。


「瀬尾さんはね、この家を建てる時にとっても親身に相談にのってくれたんだよ」


「……そうなんだ」


三人で食卓を囲みながら、おばあちゃんは私に色々と教えてくれる。


「花緒が大学生で、一人暮らしをしてた頃だから、7年も経つんだね。

上棟式のあの晴れた日が昨日のようだよ。本当、あっという間だったね」


思い出すように呟くおばあちゃんに相槌を打ちながら、瀬尾さんも懐かしそうに笑った。

スーツの上着を脱いで、白いワイシャツと、ほんの少し緩められたブルーのネクタイ。

整った顔にはどんな格好でも似合うんだな。

スーツ姿の男性なんて、会社で見慣れているのに、どの角度から見ても欠点の見つからない容姿から目がそらせない。

きっと、会社でも女性に人気があるんだろうな。

……というより、結婚しているに違いない。

いい男には、かわいい奥さんがいるっていうのが相場だからね。

左手に指輪はしていないけれど、営業さんだというなら、敢えて外しているのかもしれない。


「私にとっては初めて契約させていただいた、大切なお客様でしたし、初めての物件で。

あの頃はいっぱいいっぱいで何かとご迷惑をおかけしました」


「いいえ、そんな事ないわよ。瀬尾さんが一生懸命やってくれたから、こんなにいい家が建ったんだし。

職人さんにも色々指示してくれて、私の仮住まいだっていい所を用意してくれたし。

瀬尾さんが担当さんで、本当ラッキーだったわ。


ほら、食べて食べて。一人暮らしなんだから栄養偏ってるでしょ?

なんなら他にも作ってるから持って帰りなさいね。

本当、早くいい奥さん見つけて落ち着きなさい。いくら男前でも年を取ったらただのおじいちゃんよ」


ぽんぽんと言葉を投げるおばあちゃんに肩をすくめると、瀬尾さんは小さな笑顔を私に向けた。


「花緒さんは、毎日こんなにおいしい料理を食べる事ができていいですね」


箸を動かしながら、そう言う瀬尾さん。ってことは、独身ってこと?

30歳近いと思うけど、独身なんだ……。まあ、今は30代でも独身の男なんていっぱいいるし。

独身生活を満喫中って事か。でも、これだけの男前だから、彼女、二・三人いてそうだな。

そんな事を思いながら瀬尾さんに、曖昧に笑顔を向けた。


「でも、花緒さんもお料理が上手だとお聞きしましたよ。だからキッチンのリフョームをするんですよね」


「え?」


瀬尾さんの言葉に驚いて、おばあちゃんを見ると。


「あ……それはその、そうなんだけどねー。まあ、花緒のためっていうか……」


「私のため?」


慌ててお茶を飲むおばあちゃんは、私に秘密がばれて焦っているみたいにあたふたしていて、普段ののんびりと穏やかな表情からは一転、視線も泳いで落ち着かない。


「キッチンを使いやすくして……花緒が……」


「私が……何?どうしてキッチンのリフォームなんてするの?」


正直、今キッチンに手を加える意味がよくわからない。7年前この家を新築した時からはある程度古くなっているとはいっても、十分にまだまだ使いやすいキッチンなのに。

休みの日にはキッチンに立つ私にとっては使い慣れたキッチンで、不便を感じた事なんてないのに。


「私、今のままで十分に使いやすいのに、どうしてリフォームなんてするの?」


おばあちゃんは、少しだけ後ろめたそうに口元を歪めて。


「花緒がお料理教室を開けるといいなあと思って。このキッチンに生徒さんを集めてお料理を教えたいんじゃないかなあって思ったからリフォームしちゃおうって決めて、瀬尾さんに今日来てもらったんだよ。

花緒には内緒にして驚かそうと思ったのに、今日に限って早く帰ってくるんだから計画が狂ったよ。

……まあ、ばれたんだから、いっそ瀬尾さんとは花緒が直接打ち合わせをして好きにリフォームしなさい。

その方が花緒にとっても使いやすいキッチンができあがるよ。お金なら心配ないから、好きにしなさい」


「好きにしなさいって言われても、私がお料理教室したいってどうして……」


どうして、そんな事をおばあちゃんが知っているんだろう。確かに、この家に生徒さんを集めてお料理教室ができたらいいなあとは思ってたけど、おばあちゃんに言った事なかったのに。


「花緒の事なら、おばあちゃんはなんでもわかるんだよ」


ふふん、と自慢げな声。おばあちゃんは優しく私を見つめると、


「瀬尾さん、悪いけどこれからは花緒と打ち合わせしてもらえる?

この子、それほど愛想のいい子じゃないけど、頭の悪い子じゃないから無茶な事は言わないと思うし」


突然、瀬尾さんにそう告げた。まるでそれが一番いい考えのように満足げに。


「はい、いいですよ。花緒さんが将来使いやすいように、いいキッチンに仕上げます。

それでよろしいですか?……花緒さん」


え?


突然の展開に、私はついていけないんだけど……。

一体、何がどうなってキッチンのリフォームなんて話になったんだろう。

おばあちゃんは、いつから私の夢に気づいてたんだろう。何も言ってくれなかったのに、あ、私も何も言わなかったけれど。


この家は、二人で住むには十分広いしキッチンだって使いやすい。

ただ、お料理教室をするには設備ももう少し整えないといけないし、広さももう少し欲しい。

漠然と考えていた私の気持ち、バレバレだったのかな。

私の事なら何でもお見通しのおばあちゃん。……少し、申し訳ない気持ちになる。


「花緒さん?」


「あ、はい」


穏やかに響く声。瀬尾さんが私を優しく見つめている。


「近いうちに、ゆっくりとお話しましょうか」


その声を聞いた瞬間、その目が私を射ぬいて、離してくれないような、そんな錯覚にとらわれた。


……そう感じるくらいに強い瞳、だった。
















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