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28話


いつものように残業を終えて、会社を出たの時は既に22時を回っていた。

慣れているとはいえ、月曜からこの忙しさだとげんなりしてしまう。


疲れた体で二日ぶりに家に帰ると、なにやらばたばたと音がする。こんな時間なのに、おいしそうな匂いもする。私が帰ってくるから何か用意してくれている、とは思えない。


「おばあちゃん?」


キッチンでせわしなく動くおばあちゃんは、何かを味見しながら振り返ると


「あら、瀬尾さんの部屋に泊まってても良かったのに」


あっさりとそう言い放った。


昼間、そんな言葉を予想していた自分を思い出して、小さく苦笑した。


「何してるの?まさか私にごちそうでも?」


「そんなわけないでしょ。帰ってくるとも思ってない人の夕食を用意しておくほどいいおばあちゃんじゃないのよ」


「……だよね」


やっぱり、そうか。と思いながらもお腹はすいている。

おばあちゃんの横に立ってお鍋をのぞくと、ぐつぐつと人参やお揚げさん、こんにゃくがいい感じで煮詰められている。

甘辛い匂いに空腹も増してくる。


「もしかして、お稲荷さんでも作るの?」


「そうだよ。明日近所の人達が来るから下ごしらえしてるんだ」


「あ、編み物?」


「そう。編み物教えてあげるんだけど、まあ、みんなでホームパーティーまがいのことをやって楽しむんだけどね」


くすりと笑うと、お鍋の火をとめた。そしてお米を研ぎ始めたおばあちゃんに


「お稲荷さんはいいんだけど、何か私が今食べられるものってない?お腹すいてるんだけど」


早口で聞いてみた。残業中も何も手元になくて、お菓子すら食べなかった。

いつもは『コンビニで何か調達してきます』とみんなの軽食を買いに走るシュンペーも、彼女と話してくると言い残して定時帰社。

お昼休み以降、私に気を遣いながらも自分の気持ちに折り合いをつけるのに精いっぱいのようで、どこか仕事にも集中できてなかった。

そんなシュンペー、彼女とちゃんと話せたのかな。


「冷蔵庫にオムライスがあるよ。温めて食べるといいよ」


「え?ほんと?おばあちゃん、やっぱり作ってくれてたんじゃない。ありがとうね」


「まあ、花緒が帰ってこなきゃ、明日の朝私が食べればいいしね。特に花緒のためじゃないよ」


何気ない口調でそう言う横顔は、普段と変わらない落ち着いた表情で、私の帰りを待っていたとは思わせるものは何もないけれど。

それでも私にお茶をいれてくれる手元は軽やかで、どこか嬉しそうに見える。


『おばあちゃんの事は気にせずに自分のしたいように生きなさい』


小さな頃から何度もそう言われて育ってきた私。おばあちゃんの存在が私の重荷にならないようにと、気を遣われながら生きてきた。

今日も、きっと私が帰ってきても大丈夫なようにオムライスを作って待ってくれていたんだろうけど、その事を重く受け止めないようにと必要以上にあっさり接している。って、すぐにわかる。

大人になってからは、それが染み入るように理解できる。そして、少し、切ない。


冷蔵庫に入っていたオムライスを温め直して食べながら、後片付けをしているおばあちゃんの背中を見ながら


「婚姻届、記入したよ。まだ提出してないけど」


おばあちゃんに負けないほどあっさりと告げた。

一瞬洗い物をする手が止まったような気がしたけれど、おばあちゃんは振り向きもせず


「そう。披露宴するなら日程は早めに教えてよ。おばあちゃんも色々忙しいからね」


「うん、わかった」


予想通り、特に何も抑揚のないおばあちゃんの反応だけど、それでも。


「今まで、ありがとね」


私の言葉を聞いた時、洗い物のリズムが少し変わったような気がした。




   *  *  *



翌朝、普段よりも早起きした私は、眠い体をどうにかひきずって、それでもちょっと嬉しさも抱えながら夏弥のマンションを訪ねた。

夜明けから少し経ったばかりの部屋に突然訪ねるのは気がひけるけど、まだ寝てるかもしれないと思うと電話をするのもためらってしまった。

とりあえずマンションの下から電話してみよう、そう思いながらやってきて。


飛行機の時間って何時か聞いてなかったな


そんな事を思いつつ携帯を取り出した。起きてるかな、と思いながら夏弥の携帯を鳴らすと、何度目かのコールの後声がした。


『もしもし、花緒?』


「うん。おはよう」


『おはよう。どうした?こんな早く……っていっても6時過ぎてるんだな』


「うん、寝てたよね、ごめん。あのね、えっと、おばあちゃんの作ったお稲荷さんを持ってきたんだけど」


『え?お稲荷さん?……持ってきたって、どこに?』


「……夏弥のマンション」


『は?今、来てるのか?俺のマンションにいるのか?』


それまで寝起きのようなゆったりとした声だったのに、突然大きな声で驚いた夏弥。

相当びっくりしてる。


「今、ロビーにいるんだけど、上がってもいい?」


夏弥の反応に笑いながら、そう聞くと、


『すぐに上がって来い、合鍵持ってるだろ?』


慌てたような声が返ってきた。よっぽど驚いたのか、ばたばたと部屋を動いてる音もする。

きっと今まで寝ていたに違いない、出張前という事で、夕べ部屋に帰ったとメールをもらったのは数時間前。無理矢理起こしてしまったと思うと申し訳ないけれど。


「すぐに行くね」


夏弥に会いたい気持ちの方が勝ってしまって、会いに来てしまった。

おばあちゃんがたくさん作っていたお稲荷さん。

『瀬尾さんに持っていってもいいよ』そう言ってくれたおばあちゃんの言葉に甘えて、というかそれを口実に会いに来てしまった。週末まで会えないなんて普通の事だけど、今日はどうしても会いたかったから。


出張だとはいえ、沖縄に行ってしまうし、美月 梓 と二日間一緒にいるから。


夏弥が眠くても、会いたかった。




夏弥の部屋があるフロアに着いて、廊下を歩いていると、夏弥の部屋のドアが開いて夏弥が姿を見せた。


「おはよう」


何度か見たグレーのスウェット姿の夏弥は、嬉しそうに笑って私を待っていた。

その笑顔にほっとした私は、ほんの数メートルを急ぎ足で歩いて、ぼすっと夏弥の胸に飛び込んだ。

ぎゅっと抱きしめてくれる腕が力強くて、鼓動がとくとくと聞こえることに安心して。


「ごめん、こんな朝早く」


夏弥の胸につぶやいた。けれど、その声はくぐもっていて、夏弥に聞き取れたのかはわからない。


そっと見上げると、夏弥の顔が近づいてきて、熱い唇が重なった。


「ん……ふっ。夏、や……」


後頭部を抑えられて、私の腰にも腕が回されて、夏弥の体に固定されてしまった状態で私の唇を貪る夏弥をひたすら感じた。

差し入れられた舌を追いかけて、夏弥に負けないように絡ませあって。


手にしていた荷物を床に落とした音に気づいたけれど、そんな事に構う余裕もないまま、私も夏弥の体に手を回した。


そして、それだけじゃ終わらない予感に体中が震えた。


「部屋、入ろう」


熱を秘めた瞳を私に向けた夏弥は、私の背中を抱くように部屋に入った。


「あ、荷物、落ちてる……」


夏弥は、私の足元に落としてしまった荷物を手に取ると、何かに急き立てられるように私を部屋に押し込んだ。部屋に入ると、ずんずんと私の手を掴んだまま奥に進んで。


どすっと倒されたのは寝室のベッドだった。


「お稲荷さんの前に、花緒が食べたい」


熱い吐息を私の首筋に落としながら、そう囁いた。

その合間にも夏弥の手が慣れたように私のブラウスのボタンを外していき、露わになった胸元に唇を這わしていく。


「あ、夏弥……やっ……」


スカートの中に入ってきた手に反応して、体中が敏感になっていく。

ブラジャーを外した胸に一瞬見入った後、形が変わるのを楽しむように揉みしだく夏弥はいつも以上に強引で、私がどう思っても、何を言ってもやめる気はなさそうに見える。


「夏弥……好き」


「知ってる」


「あ……そこ、私……」


「ここだろ?」


私が感じる場所がどこなのか、何度か体を重ねたせいかわかっている夏弥は、そこを集中的に攻める。


「好き、好き……」


何度も何度も気持ちを伝えながら、夏弥の顔を引き寄せてキスをせがんだ。

私を押さえつけたまま、深く熱いキスを返してくれるその強さと、


「愛してる」


口の中に直接落とされる切羽詰まったような言葉に浸りながら、私の体はどんどん熱くなっていった。

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