27話
「瀬尾さん、いらっしゃい」
店内に整然と並ぶ宝石たちの輝きに圧倒されながら、夏弥の思うがままにお店の奥に連れてこられた。
黒い制服を着たきれいな女性が親しげに夏弥に笑顔を向ける。
私と同年代くらいに見えるその女性は、夏弥と手をつないでいる私を見ると嬉しそうに笑った。
「いらっしゃいませ。今日はご一緒にいらっしゃったんですね」
「え、あ、はい。……その……」
「瀬尾さん、何度か一人でいらっしゃっては指輪を選んでいたんですよ」
「……」
横にいる夏弥は、苦笑しながら私の肩を抱き寄せた。
「ま、そういうことだ」
くすくす笑いながら言い放つけれど、どこか照れているのもわかる。
「花緒の家で会ってからすぐに、この店に来て選んでたんだよ」
「え?あの日に会ってって、え?そんなにすぐに?」
「くくっ。すぐも何も、俺は花緒の事を何年も見てたんだ。ようやく実際に言葉を交わせて、一気に気持ちが動くのを止められなかったんだよ」
あー。そうなんだ、と心で呟いて思わず俯いた。夏弥が紡ぐ言葉がやけに甘くって、どう受け止めて応えていいのか困る。恥ずかしいし照れるし、目の前の店員さんにどう思われてるのか気になるし。
肩の上の夏弥の体温だけに意識が集中して、こころもとない。とにかく照れる。
目の前に並ぶ、ゼロがやたら多い商品に、意味なく視線を落として気持ちを落ち着けた。
「瀬尾さんがここまで女の子が喜ぶ言葉を言うなんて、本当いいもの見せてもらったわ。
スマホで撮って、蓮に送ってあげたいくらいだわ」
「は?あいつにはこれ以上冷やかされたくないからやめてくれ」
「ふふふ。どうしようかしら。とりあえず、今日婚約指輪を選びに二人で来たことは話さないとね。
あ、ちゃんと言っておくわよ。とっても綺麗な女性だったって」
からかうような声に視線を上げると、夏弥ではなく私を見て穏やかに笑っている視線と絡んだ。
少し首を傾げて私を見ている表情は優しくて、どこかほっとする。
男性全てが一目見て好きだというような、目を引く綺麗な雰囲気ではないけれど、しばらく一緒にいればその温かい様子に惹かれるタイプの人だ。
控え目に施されている化粧が似合っていて、隣にいると自分も優しい気持ちになれる。
「ごめんなさいね。突然ここに連れてこられたみたいで驚いてるのね。
私は、瀬尾さんの幼馴染の奥さんなの。夫は蓮っていうんだけど、瀬尾さんとは悪友っていうか離れがたい親友よね?」
「いや、悪友だ」
「あら。ま、そういう事にしておいてもいいけど。私は庄田 希未って言います。きっと、長いお付き合いになると思うからよろしくお願いしますね」
希未さんという彼女は、にっこり笑ってくれた。夏弥の親友の奥さん。だから親しげに見えるのか。
夏弥がこのお店を選んだのも、彼女がここで働いているからなんだろう。二人の間にある優しい空気を感じると、希未さんの旦那様の蓮さんにも会ってみたいなと思う。
『悪友』だという人、どんな人なんだろう。夏弥の友達だから、同じように強引に攻める人なのかな。
希未さんも、きっと……。
ぼんやりと想像していると、
「あ、そうそう、お昼休みだから、そんなに時間ないのよね?」
腕時計に目を落としながら、希未さんが慌てたように声を上げた。私もはっとして頷いた。
「瀬尾さんが選んで、取り置きしているのはこの指輪なのよ」
希未さんは、背後にある扉を開けると、丁寧に何かを取り出した。ベルベット素材の紫色のトレーには、きらきらとその輝きを主張しているダイヤの指輪が鎮座していた。
「わ……きれい」
目の前に置かれたその指輪は、プラチナの台にダイヤの粒が3個並んでいる。真ん中だけが大きくてサイドの二つは一回り小さめ。見慣れないその光は、私にはまぶしくて、でも目が離せない。
アクセサリーには興味がなくて、指輪に限らず宝石と接する機会はほとんどなかったけれど、こうして目の前にするとその輝きの価値に目を奪われる。
「気に入った?」
「え?あ、うん、気に入ったっていうか、これって、私に?」
耳元に落とされる夏弥の声に、震えながらもなお、その指輪から目が離せない。
「花緒以外のどの女にやるんだよ。指輪なんて選ぶの初めてだから、希未さんにいろいろ教えてもらいながら選んだけど、どうだ?」
「……すごく素敵。ダイヤがこんなに綺麗なものだって初めて知った」
ダイヤモンドに限らず、宝石全般に対する知識がない私には、見た目の綺麗さでしか判断できないけれど、目の前のダイヤはとても素敵で目が離せない。見る角度を変える度に同じように輝きの色合いも変わるようだ。
「瀬尾さんがこの指輪を気に入って選んだんですけど、私もおすすめです。
上質の指輪は長く持てますよ。このデザインなら流行に左右される事もないですから」
希未さんが白い手袋をはめて、ゆっくりとその指輪を取った。
「サイズ、みましょうか」
「え?」
「はめてみましょう。きっとお似合いですよ」
戸惑う私の目の前に指輪を差し出して、私の左手を優しく取ると、希未さんの手から私の薬指に輝きが移された。
一瞬ひんやりとしたプラチナの温度にびくっとしたけれど、希未さんがはめてくれる指輪は徐々に私に馴染んでいく。
「綺麗だな。やっぱり花緒の雰囲気に似合う。さすが俺」
「ふふ。その言葉も蓮に言っておくわね。……瀬尾さん、顔が緩んでますよ」
「ま、今は何言われてもいいよ。どうせ結果は同じだ。今晩蓮からの電話で冷やかされて寝られないんだ」
「そうね、横で私も一緒に笑ってるわ、きっと」
「出たよ、バカ夫婦」
軽口を交わしあいながら笑い声をあげる二人の声が聞こえるけれど、どこか遠い所から響いてくるように思えてならない。
私はといえば、左手を目の前にかざしたままダイヤの輝きに浸っているだけ。
照明にかざすと増す輝きは、私が今まで持てなかった『愛されてる』という幸せの実感を与えてくれる。
夏弥からは何度も言葉でもらっていた気持ちが、私の指に収まって、このまま愛し続けてくれると教えてくれる。
なんて綺麗で、なんて重くて、なんて幸せなんだろう。
「花緒……」
ただひたすら指輪を見つめていると、夏弥の腕が肩に回され引き寄せられた。
「似合ってる」
そう囁かれて、夏弥の指先が私の頬を優しく撫でてくれる。
「え……私」
夏弥の指先が、私の涙を拭ってくれたと気づいた。
「私、泣いてる……?」
はっと夏弥を見ると、私だけを見つめてくれる愛しい瞳。
ただただ私にだけ向けてくれる愛情を宿している瞳が輝いている。私の薬指に収まっている指輪に負けないくらいに輝いている。
「ちゃんと二人で、幸せになろうな」
その言葉に、返す言葉が出なくて、私は何度も頷いた。




