26話
結局、シュンペーの気持ちを軽くさせてあげるなんてできないまま、ランチを終えた。
彼女との事を考えて落ち込むシュンペーと、今日ここに呼ばれた理由に気持ちが盛り上がらない私。
弥生ちゃんと夏弥を、そんな切ない空気の中に巻き込んでしまって申し訳ない思いはあったけれど、どうしようもなく気持ちはへこみっぱなし。
きっと、午前中の会議前に悠介から棘のある言葉を投げられたことも一因だろう。
「じゃ、私達は先に戻ってるから、花緒も遅れないようにね」
お店を出て、弥生ちゃんはシュンペーの背中を押しながら会社へと戻った。
お昼休みが終わるまで、まだ少し時間があるから気を利かせてくれたのかな。
「ごちそうさま。結局全員の分をおごってもらって、ごめんなさい」
「いや、それはいいけど。彼、相当へこんでるな」
「うん。普段明るくて癒し系だから、あんなに落ちこんでる姿にはびっくりしたな……。でも、それもそうだよね」
自分の子供を認知すらさせてもらえない状況って、一体どういうんだろう。
私には想像もできないけど。
私なんて、せめて戸籍上だけでも、認知だけでも、父親からしてもらいたかったのに。
私が歩んできたこれまでの日々を、シュンペーの彼女に伝えたら、状況は変わるのかな。
きっと、シュンペーとの結婚を前向きに考えてくれるはずだと……。
それくらい、私は寂しくて悲しい思いを抱えて生きてきたんだから。
会社へ向かう弥生ちゃんとシュンペーの後姿をぼんやり見ながら、小さく息を吐いた。
「花緒、今日は家に帰るんだよな?」
隣の夏弥が、私の腕を掴んで歩き出す。裏手にある公園にでも行くのかと、素直についていった。
大通りを迷いなく歩く夏弥には、どこに行くのか目的地があるようで、ずんずんと歩いていく。
「えっと、今日はおばあちゃんの家に帰る。きっと私が帰っても『あら、ずっと瀬尾さんの部屋にいてもいいのに』って言われそうだけど。でも、やっぱりおばあちゃんが気になるし、帰る」
その言葉に嘘はないけれど、夏弥の部屋に持って行った着替えだけじゃやっぱり足りないし、自分の部屋に戻っていろいろと片づけたいこともあるし。
第一、結婚の許しをおばあちゃんがしてること、ちゃんと確認したい。
まあ、十中八九おばあちゃんは許してくれてるとは思うけど。
「そうか。金曜日の晩からでもまた来いよ。俺も明日から木曜まで出張だから、会えないし」
「え、出張?どこに?」
「……沖縄」
言いづらそうに呟く声が気になって、思わず夏弥の顔を見上げた。
眉を寄せて面倒くさそうにため息。自分の仕事に誇りを持っている夏弥が、仕事の事でこんな表情をしているのを初めて見た。
「沖縄って、いいね。お客様がいるの?」
「いや、営業の仕事じゃないんだ」
吐き捨てるような口調に思わずびくついた。
そんな私に気づいた夏弥は、『悪い』と聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いて私の手を取った。
絡ませあった指先にぎゅっと力がこめられると、私の気持ちも少し落ち着いた。
「CM撮りに付き合うんだ。隠すのも嫌だから、言っておくけど、美月 梓 と一緒だ。
彼女からの迷惑な要求のせいで、俺まで駆り出されることになった。
俺が沖縄の撮影に付き合わない限り、CM出演の契約は継続しないそうだ。
くそっ。いっそ契約なんて切っちまえよな」
「美月 梓、沖縄……。えっと、一緒に、行くのよね……」
「いや、現地集合だけど、ほぼ2日間は一緒に行動することになる。……心配か?」
歩くスピードを落とす事なく淡々と話続ける夏弥に、視線を向けると、夏弥のそれと重なった。
まるで私の瞳に現れているに違いない不安をそのまま同じだけ感じているみたいに不安げな色を帯びた瞳。夏弥の表情も苦しそうだった。
「そりゃ、心配じゃないとは言い切れないけど……仕事なら、行かないでなんて言えない。
私もそれなりに重い仕事してるし……」
「言えばいいのに。『行かないで』って言って欲しいのに」
「言えば、行かない?」
「いや、そういうわけにはいかない」
「……結局、行くんじゃない」
不安と戸惑いと、夏弥の言葉の意味を測り兼ねるこの思いが体中に溢れる。
突然現れて一緒にランチを楽しんで、美月 梓と一緒に沖縄だと聞かされて。仕事だとはいっても、夏弥を気に入ってるとあからさまに言い切っているらしい彼女と一緒だと聞いて、不安にならないわけじゃない。『行かないで』って、言っていいものなら何度でも言うのに。
「俺の方が不安なんだよ」
「ん?」
指先の熱が一気に熱くなった。夏弥から注がれる、ぎゅっと私の手を握る力が、一層強くなる。
「美月 梓とは何もないけど、それでも花緒にとってはいい気分じゃないのはわかってる。
それなのに、一緒に沖縄くんだりまで駆り出されて、一緒に仕事して。
俺の事あきれて、結婚もやめたいって思うんじゃないかって、俺は不安なんだよ。
ちっせーだろ、俺って」
「そんな……あきれるなんて、そんなことないけど」
確かにいい気持ちではない。いくら夏弥にその気がなくても、あんなに綺麗な女性が側にいるって考えるだけで落ち込む。
『離れてよ』ってその場に行って叫びたいって思うけど。
同じ社会人として、やっぱりここは我慢しなきゃって思う気持ちが先にきて、素直になれない。
自分が一人でしっかりと生きていくためには、仕事をちゃんとこなして、自分の足元を経済的に固めなきゃと思いつめてこれまで生きてきたから。
やっぱり『仕事』と言われたら、我慢しようって思ってしまう。
だから、美月 梓との関係に不安はかなりあるけど、私一人我慢すればって、言い聞かせてしまう。
「俺は、不安でたまらないんだ。花緒の気持ちが揺れないように必死だ。
だから、週末も抱き潰しただろ?」
「抱き潰し……って、こんな明るいところでそんなこと言わないでよ」
真っ赤になって慌てる私にくくっと笑った夏弥は、それまでの歩みを少し緩めたかと思うと、
「ここだ」
そう言って立ち止まって。
目の前のお店を見上げた。
「え……?ここって、え?」
私たちの目の前にあるのは、雑誌でもよく見る有名なジュエリーショップだった。
芸能人も御用達で、会社の後輩の女の子達もよく騒ぐお店。
「入るぞ」
私の手を引っ張って、さっさとお店に入る夏弥にひきずられるように、私も店内に足を踏み入れた。
明るく輝きに溢れた雰囲気に目を見開いて、まじまじと見回していると、そっと耳元に夏弥の唇が寄せられて。
「俺が不安にならないためにも、指輪買うから」
熱い呼吸とともにささやかれた。




