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25話



店内をゆっくりと歩く夏弥は、長身と見た目の良さでかなり目立っている。

ちょうどお昼休みの時間帯だから、ランチに来ている女の子も多くて一斉に注目を浴びるけれど、本人は全く気にしていないようで、その瞳が私を捉えた途端に優しく微笑んで真っ直ぐに私の元へと来てくれた。


「どうして?偶然……じゃないよね」


私の隣に腰かけた夏弥に聞いてみるけれど、曖昧に笑って肩をすくめるだけ。

向かいのシュンペーの隣に座った弥生ちゃんが、そんな夏弥をかばうように慌てて


「ちょうどお店の近くで偶然会ったのよ。そう、偶然。近くに仕事で来ていたらしくてさ、私が無理やり連れてきたの。……気が利くでしょ?」


その時、ちょうど置かれたお水を一気に飲んで、その話はそれで終わりとでもいうように区切った弥生ちゃん。

なんだか違和感を感じて落ち着かない。

偶然って……一番この場にふさわしくない言葉のように思えるけどな。


隣の夏弥を見ると、相変わらず読めない表情をまとって、メニューを見ていた。


仕事でこのあたりに来ることなんてあるんだろうか……。

オフィス街ど真ん中なのに、住宅販売の営業に来るなんておかしいような、あ、お客さんの職場まで出向いて打ち合わせとか。……あるのかな。


ぐずぐず考えていると、やたら明るい弥生ちゃんの声が響いた。


「私、パスタランチ。ホットミルクティーで。夏弥さんは?」


「あー、花緒は何食べてるんだ?」


「私?和風パスタ。きのこがおいしいよ」


夏弥は私の食べかけのお皿を見ると、私が手にしていたフォークをすっと取った。

そして、私のパスタを一口食べると。


「うまいな。じゃ、俺もこれにする。ホットコーヒーで」


手にしていた私のフォークをお皿の上に置くと、私の耳元に口を寄せて


「花緒の作るパスタの方がうまいな」


にやりと笑ってそう言った。


「あ、……そんなこと、ないけど……ありがとう」


夏弥が囁く言葉の甘さと、あまりにも近い距離に照れて、俯いてしまう。目の前の弥生ちゃんとシュンペーがどんな顔で私を見てるのか、すごく気になるけど、恥ずかしくて見る事ができない。


膝の上に置いた手を見ながらどうしようどうしよう思っていると、夏弥の手が重ねられた。

軽く握られたその手に驚いて夏弥を見ると、くすりと笑って頷いている。


「えっと……」


何をどう言えばいいんだろう。

きっと、弥生ちゃんもシュンペーも、気づいてるはずだし、と思って。


恐る恐る視線を前に向けると、大きくため息をついて、まさに『呆れてる』という顔をした二人がいた。

夏弥さんと私を交互に見遣りながら、何か言いたそうにしているけれど、結局何も言わずに呆れるだけ。


「ま、幸せそうでなにより」


弥生ちゃんが諦めたように呟くと、


「写真、撮っておきます?」


シュンペーがからかうように笑った。

きっと、午後からは、シュンペーからの視線が気になって仕事にならないだろうな……。

夏弥の事、隠すつもりもないけれど、こうして二人並んでいるところをまじまじと見られてるのは居心地が悪すぎる。


夏弥は平気そうだけど。


「で、シュンペー結婚するんでしょ?」


そんな甘く照れくさい空気の中でぼんやりしている私を無視するように、弥生ちゃんはぽんとシュンペーの頭をこづいた。

私と一緒にシュンペーを可愛がってる彼女だから、嬉しくてそんな風になっちゃうんだろうけど、シュンペーは本当に痛そうに顔をしかめた。


「痛いですよ、弥生さん……。それに、どうしてその事を知ってるんですか?木内さんから聞いたんですか」


「ち、違うよ、私言ってないし」


シュンペーに軽く睨まれて、思わず手を顔の前で横に振った。

何も言ってないよ。


「花緒から聞いたんじゃないよ。こないだシュンペーが女の子と産婦人科から出てきたところを見たからね。そう推理しただけ」


「推理って……。あー、あの日、見られてたんですか。しまったなー」


頭を抱えるシュンペーに、弥生ちゃんはいたずらっ子のような顔をした。


「大丈夫だよ、誰にも言ってないし、安心して」


「あ、それはどうも。……ちなみに今8週目だそうです」


「そうなんだ。安定期まで心配だね。ちゃんと気をつかってあげなよ」


「はい……。そりゃもう、かなり気つかってますよ。抱きたくても我慢してるし……いや、これはいいんですけど。ははは」


思わず真っ赤になったその顔に、私も弥生ちゃんもぷっと笑ってしまう。

抱きたいのを我慢するなんて、本当彼女とお腹の中の赤ちゃんを大切にしてるんだな。

それに、一緒に産婦人科に行くなんて、優しいなあ。

いつも『後輩』だっていう目で見てるけど、いざとなったら頼れるいい男なのかもしれない。


そっと夏弥を見ると、夏弥も私を見ていた。きっと、二人が今考えてるのは同じだと思う。


『いつかは、私たちも』


視線でそう言葉を交わせる幸せ。そして、私の手を握る夏弥の手に力が入ってさらに幸せを感じる。


そんな私たちに気づいても、無視するように、弥生ちゃんの言葉は続いた。


「で、いつ結婚するの?赤ちゃんいるし、まずは入籍?」


それは、私も聞きたい。かわいい後輩の門出だし、ちゃんとお祝いしてあげたいし、現実的に言えば、新婚旅行にも行くだろうし仕事の段取りも考えなきゃいけない。


「仕事は何とかなるから、結婚式の日程は彼女の体調とか優先していいよ。二人の都合のいい日にしてくれていいからね」


シュンペーは、私の言葉に、一瞬苦しそうな顔をした。その表情の意味がわからないけれど、そういえば、さっき会社でも、私が結婚式の話題を出した時に辛そうな顔をしたっけ……?


あまり結婚式の事を話題にしたくないのかな。大げさに言いたくないとか、入籍のみで式や披露宴はしないのかな?彼女の体の事もあるし。


シュンペーの落ち込んだようにも見える表情が気になっていろいろ考えていると、シュンペーは大きく息を吐いて。


「あいつ……子供は産むけど、結婚はしたくないって言ってるんですよ。俺と一緒に暮らしてもいいけど籍は入れたくないって、譲らなくて困ってるんです」


「え……?」


予想外の言葉を聞いて、かなり驚いた。

結婚しないって、籍は入れないって、そんなの、あり?シュンペーの彼女、どうしてそんな気持ちになるんだ?


「で、その彼女の事を今日は相談したかったんです……」


「あ、そうなんだ」


そうか、その事を同じ女の私に相談して、アドバイスでも欲しかったのか。

だから、今日ランチに誘ってきたんだ。

でも、私には何もいいアドバイスはできないと思うんだけどな……私はちゃんと籍を入れたいし、一枚の紙切れが持つ重さをよくわかってるから。


「木内さんに相談したいのって……木内さんにとってはいい気分になる話じゃないと、よくわかってるんですけど……「シュンペーっ」」


シュンペーの言葉を遮るように弥生ちゃんの声がかぶさった。心なしか緊張しているような顔と声に、驚いたと同時に、私の手を握っている夏弥の手の力が痛いほど強くなった。

な、何?見上げた夏弥の顔は、不安げに私を見つめていた。


そして、弥生ちゃんに制されたにも関わらず、シュンペーの言葉は続いた。かなり真剣な瞳を向けられて、なんだか私も緊張する。


「木内さん、気を悪くすると思うんですけど……。お父さんがいないって、戸籍にもその存在がないって、つらいですよね……。すみません、失礼なことを聞いてるのはわかってるんです。

でも、俺の子供をそんなつらい思いの中に放り込みたくないのに、あいつが……俺に認知もして欲しくないって言い出してるんで、どうしていいかわからなくて」


落ち込んだ声で泣き出しそうな瞳のシュンペーは、俯いて肩を震わせている。

今日までの何日かを、かなり悩んだのは間違いなくて、彼女との話し合いも暗礁にのりあげてるんだろうとわかる。どうしようもなくて、仕方なく私に相談したんだろうとはわかるけど。

やっぱり、つらいな。


「シュンペー、せっかく両親二人がそろってるんだから、何が何でも籍は入れて、子供にはお父さんもお母さんも与えてあげなさい……。

私みたいな私生児は、背負わなくてもいい苦労を背負っちゃうんだからね」


それだけ言って、私は『ごめん』、そう呟いた。シュンペーだって切羽詰まって私を頼ってきたんだと頭では理解しているけれど、あまり話したくない。自分が抱えてきた切なさを、人に露わにできるほど強くないから、これ以上は何も言いたくない。


心配げに私を見つめる弥生ちゃんに小さく笑って、夏弥が握ってくれている手に私の手を重ねて。

『大丈夫』と伝える。二人がこの場にいてくれてよかった。


もしかしたら、弥生ちゃんがこの展開を予想していて、夏弥を呼んでくれたのかな……。

ふとそう思って、一気に複雑な気持ちが溢れる。泣きそうだ。

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