24話
会議が終わったのはお昼休み直前で、終わった途端席急いで会議室を出た。
さっき、あれだけ厳しい言葉を言ったんだから、悠介が再び声をかけてくることはないと思う。
それでも、悠介の姿を見るのが嫌で、さっさと会議室を後にした。
同じ部署に属しているとはいっても、研究グループが違う私達は違うフロアで仕事をしている。
同じプロジェクトに召集されることでもない限りは一緒に仕事をすることもない。
けれど、今日みたいに会議や何かで顔を合わせることを拒む事はできないし、接点を全て断つなんて不可能。
きっとこれからも、社内で会う事はあるんだろう。……やだな。
小さくため息をつきながら自分の机に戻ると、席を空けている間に積まれていた書類がどんと目に入る。
今日も残業だな……。
そう呟いて苦笑いした。
席について、とりあえず手元の書類に手を伸ばした途端、向かいの席の後輩が顔を向けた。
「木内さん、お昼一緒に行きません?」
「お昼?……あ、お給料日前でおごって欲しいの?いいけど、そんなに高いのはやめてね。
向かいのビルのランチくらいならOKだよ」
春山隼平。通称シュンペー。入社二年目の彼が私のグループに配属されて以来、何かと可愛がっている弟のような存在。
同じ大学出身だという親近感もあるし、シュンペーの人懐こい性格が私の癒しとなっている。
私が快くランチを奢ると言ったにもかかわらず、シュンペーは複雑そうな顔をして
「奢ってもらえるなら、それはそれでお願いしますですけど。……えっと、ちょっと相談があるんです」
「相談?会社の外で仕事の話はしないよ。それ以外なら聞いてあげる」
「あ、それ以外です」
「そう。なら、聞いてあげる。なに?彼女が妊娠したとか?」
「……」
「え?嘘、ほんとに?」
単純に冗談でそう聞いたのに、シュンペーの顔は驚きで固まってしまった。
手にしていた書類を机の上にぱさりと落として、まっすぐに私を見つめるだけで、言葉も何も出ないように見える。
「あの、木内さん……すごく勘が良すぎで怖いです」
ははは、と乾いた笑い。シュンペーは私の冗談をあっけなく認めた。
彼女が妊娠ねえ。大学時代からの長い付き合いだと聞いているけれど、まだ就職してから浅いのに、父親になるにはちょっと早いかも。
「で、彼女の体調はどうなの?」
「え?」
私の言葉に戸惑うシュンペーは、少し慌てている。
「あ、あの、彼女は、大丈夫です。元気に仕事も続けています」
「そう。それが一番だね。彼女の事を一番に気遣わなきゃね」
言い聞かせるようにそう言うと、シュンペーはほっとしたように小さく息を吐いた。
そんなに私がどう思うのか気になっていたのかな。特に仕事に支障が出るわけでもないし、いまどき結婚前に妊娠するなんて珍しくはないのに。
必要以上に私の事を気にかけているようで不思議に思う。
「じゃ、あとでゆっくり聞いてあげる」
シュンペーが照れくさそうに笑って顔を赤くした。
* * *
「シュンペーとランチって久しぶりだね。あ、あとで弥生ちゃんも来るってさ。……手ごわいよ」
「え、弥生さんも……ですか?」
サラダを食べようとしていたシュンペーが固まった。
「ふふふ。久しぶりにシュンペーとランチするってメールしたら、何か勘づいたみたいよ。
『私もいじめたい』って返事が来たもん。……ま、いずればれるんだし。相談があるなら弥生ちゃんの方がいい答えを返してくれるんじゃない?」
「いい答えどころか、ばっさり切られてしまいそうで……」
「んー。そうかもね。覚悟しとかなきゃねー」
くすくすと笑うと、笑いごとじゃないです……と小さくため息。そんなシュンペーだけど、瞳は暖かく揺れていて、結局は彼女の妊娠を前向きに考えてるってわかる。
仕事にも真面目だし、社内での評判も上々。きっと将来は出世レースに巻き込まれるであろう超優良株。
このまま彼女と結婚となると、きっと社内の女の子達残念がるだろうな。
「で、いつ結婚するの?」
パスタを口に頬張りながら何気に聞いてみると、途端に口元を歪めたシュンペー。
あれ?何かおかしな事聞いたっけ?
「えっと、どうかした?結婚って、日程とか決まってない?ま、そんなにすぐには決められないか……」
そう呟きつつ、自分の事を思い出す。夏弥に預けてある婚姻届。私と夏弥の結婚はあっという間に決まってしまったな、と。
出会ってからも日が浅いし、私はまだ夏弥の両親に会ったことすらないけれど、結婚が決まっている。
私達の展開が珍しいんだよね、きっと。……その珍しさに感謝しているけれど……。
あー。なんだか夏弥に会いたくなったな。
「木内さん?花緒さん?……もしかして、彼氏の事思い出してます?」
突然、目の前をシュンペーの手が上下する。
「突然どっかに気持ち飛ばさないでください。ま、その顔の緩み具合からすると彼氏の事を思い出してたんでしょうけど」
「は?あ、……顔緩んでる?やだ……」
シュンペーの言葉に焦ってしまった私は、両手を頬に当てて顔を伏せた。
一気に体が熱くなって、どきどきするのがわかる。夏弥の事を考えて、気持ち飛ばすなんて、私のイメージとは真逆で、それが照れ臭くてどうしようもない。
「俯くと、首筋の赤い花が満開ですよ。ほんと、幸せそうですねー」
「赤い花?……あー、もうっ」
朝から指摘され続けてる赤い花。鏡で確認して、髪の毛を下ろせば何とか隠せると思ってたのに、シュンペーにまでからかわれて……。本当、先輩なのに、恥ずかしい。
「見なかった事にして。忘れて。追加でデザート何頼んでもいいから。今の私の事は忘れて」
一気にまとまりのない言葉でシュンペーを軽く睨むと、
「デザート、も魅力的なんですけど……。それよりも魅力的な人がこっちに来るんですけど?」
シュンペーが、笑いを堪えるように肩を震わせて、私の背後を指さす。
何だろうと、まだ恥ずかしさで真っ赤に違いない顔をゆっくりと後ろに向けると。
ちょうどお店に入ってきた弥生ちゃんと、その隣には長身の……。
「え?夏弥?」
弥生ちゃんに連れて来られたのか、興味深げに店内を見回す夏弥がいた。




