1話
桜が散って、緑濃くなるこの季節、妙に切なくなるから好きじゃない。
別れや出会いに泣いたり、緊張しながらの新しい生活を迎える事が多い時期だからかな。
若くない私には、それなりの経験があって、この季節特有の涙もたくさん流した。
ほんの少し寂しくて、過去を振り返る重みを感じながら、会社を出た。
春一番は先週だったかな。
明るい色の服に身を包んで、まだまだ明るい夕方のオフィス街を歩くのは久しぶりだ。
いつもなら残業で、真っ暗な中、駅まで向かうのに。
肩にかけたトートバッグをぎゅっと握って、何も考えないように一生懸命に歩いていると、それだけで少しは気持ちも浮上できそうな気がする。
普段、悲しい事や落ち込む事があった時でも、仕事に集中していれば気持ちをそらす事ができるけれど、今日はそれが無理だと思った。
残業メンバーでは常連の私なのに、今日だけは少しでも早く会社から離れて、解放されたかった。
わかっていたことだとはいえ、昔付き合っていた人が結婚するという話を聞いて、簡単には笑えなかった。
結婚する相手が、私と同じ部署の後輩となれば尚更の事、気持ちは落ち込むに決まっていて。
『おめでとう』
そう言うだけでかなりの精神力が必要だった。
私と彼が別れて、4年も経っているから気持ちは既に離れている。
特に未練があるわけでもないし、彼とよりを戻したいとは思わない。
多分『やりなおそう』と言われたとしても受け入れる事はないと思う。
彼との恋愛はとっくに終わっていて、それぞれに新しい時間が流れていたんだから、彼の結婚を純粋に喜べばいいのにそれができない。
自分ってなんてダメな女なんだろう。
自分の立場を考えれば、結婚できるなんて思うのがおかしいのに。
遠い昔に諦めているのに、どうして彼の幸せを喜んであげられないんだろう。
駅に向かうまでに、何度ためいきをつけばいいんだろう。
いつも終電近くに電車に飛びのる私が、このまま家に帰ると、きっとおばあちゃんはびっくりするんだろうな。
どこかに寄って時間を潰そうかな……。
そうぼんやりと考えるけど、悲しい気持ちを抱えている今こそ、おばあちゃんのご飯が食べたくて仕方がない。
たまに早く帰っても、別にいいよね。うん、帰ろう。
春のにおいがする夕方、大きく息を吐いて、気分を変えて。
駅までの道を再び歩き出した。