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魔法薬専門店は休業中

初投稿になります。ノリだけで書いてます。


設定については、色々穴があることをご承知ください。

 暖かな日差しと、柔らかな寝具。

 久しぶりのゆっくりと身体を休めることのできる機会に、ミュウイは素直に甘んじていた。

 意識は幾度も浮上するものの、そのまま完全に起床することなく惰眠をむさぼる。なんて幸せな時間なのだろうか。

 知らず笑みまで浮かべていた彼女の機嫌は、次の瞬間一気に地に落ちることになる。


「ミュウイー!!!!!!!」


 近隣に響き渡っているに違いない大声とともに、ドンドンドン、と玄関を激しく叩きつける音がミュウイの耳に届いた。

 年若い青年と予想ができる声に、知らずミュウイの眉間に皺がよった。

 声の主に心当たりがあるだけに、ずれていた掛布を引っ張ると、がばりと頭まで被り直す。眠りの世界に身をゆだねるべく、ぎゅっと固く目を瞑った。


 ドンドンドンドンドン!!!!


「いるのはわかっているんだ!!諦めてこの扉を開けろーーー!!!!」


 しつこいはた迷惑な客は、諦めることを知らないらしい。

 居留守を決め込んだミュウイの名を、しつこくしつこく呼び続ける。寝ようとする努力も声の前には空しく霧散する。


 ドンドンドンドンドンドン!!!!!!


「ミュウイーーーーーー!!!!!!!!」


 一層激しくなる扉を叩く音と、自分の名を呼ぶ大声。

 このままだと、遠からずご近所から文句が出る。ミュウイは現在の生活を非常に気に入っている。それが壊されるような事態は絶対に避けたい。

 しかしこのまま動かなければ、彼女の平穏な日常が壊される未来が訪れてしまう。

 逡巡したのは、数秒。

 果てしなく深いため息をついた彼女がとった行動は、至極真っ当で、本人的には非常に気に喰わないものだった。




 簡単に身支度を整え、三階にある自室からのろのろと階下に降りる間も、玄関を叩く音とやかましい怒鳴り声は止むことはなかった。


「あいつの辞書に静寂と言う言葉はないに違いないわね」


 ひくり、と頬を引きつらせながらようやく一階にたどり着く。カーテンを閉め切っている室内は、日が昇っているにもかかわらず薄暗い。外から見れば、住人が留守にしていると思うだろう。

 事実、今玄関の前で騒いでいる人物以外の来客はミュウイが留守中なかった。正確にはあることはあったらしいが、店の様子から彼女が留守と言うことを悟りみんな踵を返していた、と留守番役の妖精が教えてくれた。

 あの男にも見習わせたい正しい姿だ。   

 妖精というのは、ミュウイが契約をしているコロボックルの青年だ。

 ミュウイが出かけている間、家を管理してくれている彼は、主が帰ってきたことでお休み中だ。朝早くから近くの森に出かけている 

 一階に下りたことで、扉を叩く音と彼女を呼ぶ声がますます大きく聞こえた。これはもう、騒音以外の何者でもない。


「まずい。殺意まで沸いてきたわ。でも、さすがに、殺ると後々面倒なのよねえ」


 魔法で遠くに飛ばすことも考えたが、きっと数日後には舞い戻ってくる。奴のしつこさは折り紙つきだ。

 厄介な人物と関わってしまった、と過去何度も思ったことを改めて感じながら、店の入り口の内鍵を捻った。同時に扉から大きく一歩後ろに退く。

 直後、飾り気のない木製の扉が外から勢いよく開けられた。


「遅いぞ!客を待たせるなど、店主にあるまじき行為だ!!」


 ばああんという効果音と共に、上質の服に身を包んだ青年が大きな籠を手に仁王立ちして言い放った。

 近くで聞くとますます煩い。素で声が大きい男は、静寂を好むミュウイとは正反対の位置に立っている。どうしてこんなのがうちの店の常連なんだろう、と認めたくはない事実に思わず頭を抱えた。

 出会った頃からガインと言う名の青年の大声にはうんざりしていたが、寝起きで聞かされると頭痛まで呼び起こされる気がする。


「朝からやかましい。歩く騒音が。今日は休みよ。よって、客がこようがこまいがわたしには関係ないわ」

「今日も、の間違いだろう!この怠け者!!月の半分以上も店を開けないなど、店として全く機能していないではないか!!!」


 一言話す度に、ガインの声が大きくなる。

 彼の言うとおり、ミュウイの魔法薬店ウッディは、月の半分、下手をつれば、三分の二は休業している。理由は簡単。店はミュウイ一人で切り盛りしているのだが、肝心の店主に放浪癖があるのだ。しょっちゅう店を休業しては、あっちへふらふら、こっちへふらふらしているので店を開けている暇がない。

 店が開くかどうかは店主であるミュウイの気分次第という、恐ろしく不定期な営業を行っている。


「この店のルールを決めるのはわたしよ。わたしが困らないから何の問題もないし、誰にも迷惑かけてないわ」

「私にかかっている!!」

「どこが」


 胸を張って威張る青年をミュウイは冷たく見た。ミュウイの店で扱う薬は傷薬や頭痛薬、生理痛に効く痛み止めから、風邪薬や下痢止めなど。はっきり言ってそこらへんの薬屋でも売っているような代物だ。

 ただ、魔道師であるミュウイの扱う薬は魔法薬、と呼ばれるだけあって普通の薬と違い、魔法がかけられている。

 基本的な効能は普通の薬と違いはないが、魔法による増幅効果がある分効き目が高い。もっともその分値が上がるので、どちらを選ぶかは買い手側の自由だ。

 それでも魔法薬がいいというのであれば、他の魔法薬を扱う店を訪ねればいい。ミュウイが扱うレベルの薬を扱う魔道師などいくらでもいるし、貴族であるガインであれば欲しい薬を求めるくらいなど簡単だ。これが没落貴族であれば話は別だが、それなりに長い付き合いの中で、彼の家が十分すぎる財を成していることは知っている。

 だから、彼がミュウイの薬でなくては困る理由などない。


「わかっていないな!!薬は使い慣れたものがいいに決まっている。そしてわたしが使い慣れているのは、君の店の薬だ!!」

「そんなのここ一、二年の話でしょうが。幼い頃に使っていた薬に戻せばいいじゃない」

「あれらは親が選んだ薬だ。わたしももう大人だからな!!自分の薬ぐらい自分で選ぶさ!!」

「だったら別の店の物に乗り換えなさいよ。そうすればわざわざ王都から高いお金払ってくる必要なんてないじゃない」


 そうしてくれれば、この騒音から開放される。かすかな期待を込めて、ミュウイは言った。

 ガインは現在王都に居を構えている。ミュウイの暮らしている商業都市ザッカムと王都は、馬車で五日はかかる距離がある。往復すれば十日はかかる計算になる。

 普通ならそれほどの日数をかけて常備薬を求めることはしないだろう。

 しかしそこにはカラクリがある。それが魔法道だ。転移門と呼ばれる魔法陣を設置した場所であれば互いに行き来ができる魔法で、瞬きほどの時間で目的地に到着することができる。

 ただし扱うことができるのは魔道師だけだ。だから普通の人は魔道師に転移門を起動してもらって、目的地に送ってもらう。その依頼料がそれなりに値を張るのだ。

 場所にもよるが王都からザッカムまでの片道の運賃は五千ウェイル。移動馬車の十倍の値がする。一般人の生活費で換算すれば二週間は暮らせるほどの金額に換算できる。


 往復になれば生活費一月分。 

 月に一度とはいえ、結構な出費だ。


「それだけの価値が君の薬にはあると思えばいいではないか!!実際効能はわたしがこれまで使ってきた薬の中でぴか一だ!!」

「誉めても何にもでないわよ。ついでに、店を開く日も増えないわ」

「店が開いていなければ、こうして毎回アポイントをとらなければならないではないか!非常に面倒だ!!」

「ならくるな。むしろくるな。二度とくるな。金輪際ここに関わるな」

「はっはっは。冗談にしては面白くないな!こんな上客を逃すなど、店として大きな痛手だろう!!」


 胸を張ってガインは威張った。

 自分で上客と言い切るだけあって、ガインの購入量はウッディでも上位に入る。何を考えているのかは知らないが、ウッディを訪れては毎回毎回色々な薬を持っていくのだ。これだけ元気な男なのだから、怪我や病気とは無縁な気がしないでもない。

 ただ、常備薬としてもっていたいと言われれば、断る理由がミュウイにはない。だから、一応毎回きちんと薬を売りはする。売りはするが、彼が来なくなって困るか、と言われれば、否とミュウイは答える。


「別に。それよりも、あんたが来なくなれば、わたしの心の平穏が保てるから結果的にはプラスね。というわけで、出口はあっちよ」

「何を言うか!!まだ、用事を済ませていないというのに!!!客としてもてなした以上用件を聞くのは君の義務だ!!!」

「押しかけてきた奴の台詞じゃないわね。好きで出迎えたわけじゃないし、今日は休業よ。よって聞く義務も義理もないわ」

「なんと冷たい!!私と君の中ではないか……っは!わかったぞ、これは照れ隠しだな!照れる必要などないぞ。私は君の全てを受け入れよう!!!」


 両腕を広げてガインは高らかと宣言した。

 さあ、いつでもこい、と言わんばかりの青年に、どうやら人間の言葉は通じないらしい。

 もちろん、相手の胸の中に飛び込むような真似をミュウイがするはずはなく、べし、と伸びていた腕を叩き落した。


「相変わらず頭の中花畑男ね」

「花畑?花はいい!!見ているだけで心が安らぐ。その花に私をたとえるなど、なかなかやるな!!」

「……あんたの思考はほんとにおめでたいわ。ある意味感心するもの」


 貶しているはずの言葉すら、ガインの前には霞む。貴族社会というのは、華やかな反面腹の探りあいで黒々としている、と昔聞いた事があるのだが、彼を見ているとそれは間違いなんじゃないか、と思ってしまう。

 おそらく、ガインが特殊なのだとは察することはできる。そして、彼の前に立てば、どんな腹黒貴族もやる気をそがれるのだろうなあ、とも思うのだ。

 ミュウイのような名もない魔道師に手を叩かれて、怒りもしない彼は相当の変わり者と周囲に認知されているだろうと簡単に予測ができる。


「ほほう。ようやく君にも私のすばらしさが分かったのか!!さあ、これまでの分も存分に敬うがいい!!」

「あんまり馬鹿なこといってると、本気で出入り禁止にするわよ」

「はっはっは。心にもないことを言うものではないな!!我々の仲だろう!!!」

「そろそろ放り出してもいいわね」


 もともと長くはないミュウイの我慢が、ここにきて限界を訴えた。殴って追い出すのと、蹴りだすのと魔法で吹き飛ばすの。どれが一番いいだろうか。


「ああ、そういえば前回購入した塗るタイプの傷薬はあるか?あと、腹下しに効くものと頭痛薬、それに、二日酔いによく効く薬と風邪薬。今日はそれらを貰いたいな!!量はいつもと同じだ!!!」


 ミュウイの本気を悟ったのだろう。ここに来た本来の目的をガインは爽やかに口にした。

 どうして、ここにたどり着くまでにあれほど不毛なやり取りがあるのだろうか。いつもいつも後から思うのだ。

 さっさと注文を聞いて追い返すのが一番平穏なのに、と。


「……絶対狙ってるわ。そうよね。うん。きっとそう」

「何をぶつぶつ言っているのだ!!私も暇ではないからな。そろそろ帰宅せねばならないんだ!!」


 誰のせいで時間がかかっていると思っているんだ!!

 思わず右手に魔力を溜めてしまった。一瞬で練った魔力は、ガインを黒焦げにするには十分な量だ。

 ただし相手は腐っても貴族。下手に手を出したら、ミュウイの愛する平穏な生活はぶち壊されることになる。


「……いつか絞めてやる。絶対に絞めてやるわ」


 理性を総動員しながら、彼に聞こえない声量でぶつぶつと呟きながら、ミュウイは入り口から離れて、店の奥へと入った。

 薬品を納めた棚から、ガインに言われた薬を取り出す。塗り薬は大壺から小壺に適量を手早く移動し、粒や粉の飲み薬は小分けに纏めたものを布袋へと種類ごとに纏めた。

 毎度の事ながら、結構な量がカウンターに並んだ。

 それを見て、珍しくガインが眉間に皺を寄せた。


「む。いつもより量が少ないではないか!!」

「帰ったばかりで、薬仕込んでないのよ。今あるのはそれだけ。文句があるなら買わなくて結構よ」


 本当なら今日、明日の二日間で売りに出す薬を用意するはずだったのだ。開店を待たずに来たのはガインなのだから、文句を言われる筋合いは一切ない。


「仕方ないな!!次回はもう少し用意しておいてくれ!!!」

「気が向いたらね。全部で一万ウェイルよ。さっさと出す」

「せっかちだな。焦らずとも踏み倒すことなどせんぞ!!」


 言いながらガインはいそいそと懐から財布を出す。交通費とあわせて二万ウェイル。一般庶民が一月に稼ぐ額の一.五倍ほどの金額といったところか。

 貴族の金銭感覚って謎だわ、と積まれる硬貨を見て思った。


「あたりまえじゃない。そんなことしたら、後が怖いわよ?……はいちょうどね」

「うむ。では、また来月こよう!!!」


 買い取った薬を籠にすべて収めると、ガインは次の来訪を予告して背中を向けた。

 どうやら、来月も来る気満々らしい。


「もう二度とこなくて結構よ」

「はっはっは。本当に遠慮深いな!!」

「心からの本心よ」


 ミュウイの切り返しを全く気に留めず、青年は高らかな笑いと共に店を後にした。

 ばたん、と閉じた扉を見つめて、ミュウイは、腹のそこから深々とため息をついた。

 それほど長い時間ではなかったはずなのに、一日分の働きをした気分だ。


「……疲れた。寝よう」


 今日の予定を全て放棄することを決めて、ミュウイは、入り口の鍵を下ろした。




読んでくださってありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  ファンタジーというと冒険物と云う感覚があるのですが、恋愛中心の物も面白いですね。 [気になる点]  文中で数回出て来ている「蝶番」<ちょうつがい>はドアの支点となる部分の名称なので、恐ら…
[一言] 連載してください。 お願いします。
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