第三十九話 壁の穴
木の根元に現れた亀裂。
その正体を確かめようとした、そのときだった。
「……待て」
ガルドが突然、手を上げた。
「何かいる」
全員が動きを止める。
森の奥から――
ズシ……。
ズシ……。
地面を踏みしめるような音が聞こえてきた。
「この音……」
ドルトが盾を構える。
木々の間から、大きな影が姿を現した。
「……ブラウンベアだ!」
ガルドが叫ぶ。
現れたのは、茶色い毛に覆われた大型の熊型魔物――ブラウンベアだった。
昨日戦ったブラッドベアほどの大きさではない。
しかし、それでも一般的な冒険者なら十分に警戒する相手だ。
「構えろ!」
ガルドの声と同時に、全員が戦闘態勢に入る。
ブラウンベアが吠える。
「グオオオオッ!」
地面を蹴り、一気に突っ込んでくる。
「ドルト!」
「任せろ!」
ドルトが前に出る。
巨大な爪が盾へ叩きつけられた。
ガンッ!
「ぐっ……!」
ドルトが踏ん張る。
「今だ!」
ガルドが横から斬り込む。
ザンッ!
ブラウンベアの腕に傷が走る。
「火よ!」
ミーナの魔法が飛び、ブラウンベアの身体を包む。
「そこ!」
リゼの矢が肩へ突き刺さる。
「グオオッ!」
ブラウンベアが怯んだ。
その隙を逃さない。
ガルドが一気に距離を詰め――
「終わりだ!」
剣が振り抜かれた。
ブラウンベアが大きくよろめき、そのまま地面へ倒れ込む。
「……ふぅ」
ガルドが剣を下ろす。
「無事か?」
「問題ない」
ドルトが盾を確認する。
「私も大丈夫」
「私も」
ミーナとリゼも頷いた。
彰人も周囲を確認する。
「僕も大丈夫です」
「よし」
ガルドが倒れたブラウンベアを見る。
「こいつの素材を持って帰ろう」
「証拠にもなるしね」
リゼが言う。
「昨日のグレイウルフとブラッドベアだけじゃなく、今日もこの辺りでブラウンベアが出た。ギルドへの報告材料になる」
「そうだな」
ドルトとガルドが手際よく素材を回収していく。
その間、彰人は先ほどの木の根元を思い出していた。
地面の亀裂。
微かな魔力残滓。
そして――
ブラウンベアが現れた方向。
(……あっちから来たんだよな)
彰人は、ブラウンベアが出てきた森の奥へ視線を向けた。
「……」
なんとなく気になった。
「ガルドさん」
「ん?」
「あのブラウンベア、あっちから来ましたよね?」
彰人が指差す。
「そうだな」
「ちょっとだけ、あちらを見てみませんか?」
ガルドは少し考えた。
「……そうだな。戻る前に確認しておくか」
全員でブラウンベアが出てきた方向へ歩いていく。
木々の間を抜ける。
少し進んだところで――
「……あれ?」
彰人が足を止めた。
「どうした?」
ガルドが尋ねる。
「……あそこ」
彰人が指差した先。
森の奥に、古びた石壁があった。
長い年月を経て風化しているのか、ところどころ崩れている。
そして、その一部に――
人が一人通れそうなほどの穴が開いていた。
「壁に……穴?」
ミーナが目を細める。
彰人はじっと穴を見る。
(…………)
木の根元にあった亀裂。
そこから続く方向。
そして、その先にあるこの穴。
偶然とは思えなかった。
(ゲームだったら……絶対入るところだよな)
彰人の中のゲーマー魂が騒ぎ始める。
だが――
「……いや」
彰人は小さく首を振った。
「どうした、アキト?」
「この穴、気になりますけど……」
彰人は穴を指差す。
「先にギルドへ報告したほうがいいと思います」
ガルドも穴を見つめる。
「……確かにな」
ドルトが周囲を警戒する。
「中に何がいるか分からない」
「勝手に入るのは危険ね」
ミーナも頷いた。
リゼも同意する。
「場所だけ覚えておいて、ギルドに判断してもらいましょう」
「そうしよう」
ガルドが頷いた。
彰人はもう一度、穴の奥を覗く。
暗くて、その先までは見えない。
(……気になるなぁ)
ものすごく気になる。
だが、今は入らない。
「戻ろう」
ガルドの声で、彰人たちは来た道を引き返し始めた。
ブラウンベアの素材を手に。
そして――
新たな謎を一つ抱えたまま。
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