第7話「不眠のメカニズムと、古老の助言」
煤と油の匂いが充満する工房の奥。偏屈な古老は、煤けた眼鏡をずり上げながら、目の前の寝不足の青年を観察していた。
「……信じられん。お前さん、まだ生きてるのが不思議なくらいだ」
「……よく言われる。で、直せるか?」
「直す、だと? ……フン、小僧、お前さんの体は『魔力の器』がぶっ壊れてやがる。いや、器に収まりきらないほどの魔力が、無限に沸き続けていると言った方が正しいな」
古老は作業台を叩き、苛立たしげに鼻を鳴らす。
「お前さんのその隈、単なる不摂生じゃねえ。内側から溢れ出す猛毒のような魔力が、四六時中、お前さんの神経を焼き続けていやがるんだ。これじゃ脳が休まる暇もねえ。普通の人間なら、とっくに発狂して死んでるはずだ」
淡々と語られる現実に、リィンは息を呑んだ。ただの虚弱体質だと思っていたノアの体が、そんな禁忌に近い状態だったとは。
「……俺は、ずっとこのままなのか」
「さあな。だが、眠るための方法は一つだけある。……お前さんのその猛毒のような魔力を、一方的に『吸収し続ける』特殊な寝具を使うことだ」
古老はそう言うと、一枚の地図を広げた。
「必要なのは、魔力を吸い込む特殊な魔獣の素材だ。北の『最果ての山脈』に棲む**『深淵の羊毛』。それと、吸収した魔力を霧散させる鉱石『静寂の結晶』**。これらを集めて持ってこい。伝説の安眠具を作ってやる」
目標を聞き、ノアの死んだ魚のような瞳に、わずかながらに意志の光が宿った。
「……わかった。素材を集める」
「バカ言わないでよ! あそこはSSランク以上じゃないと……!」
リィンの制止を、ノアは静かに振り切る。
「眠るためだ。……邪魔をするなら、一人で旅に出る」
その言葉の重みに、リィンはそれ以上何も言えなかった。
この日から、ノアの「ただ安眠したい」というささやかな願いは、SSランククラスの危険な素材を集めるという、壮大なクエストへと変わった。




