第2話「街道の衝突と、消えた殺気」
追放された「最果ての森」は、夜になれば生きては帰れないと言われる死地だった。
だが、放り出されたノアに悲壮感はない。重い瞼をこすりながら、彼はただ、自分を囲む不気味な獣たちの唸り声に顔をしかめた。
「……うるさい。静かにしてくれ」
彼が力なく呟いた、その直後。
森を支配していた凶悪な殺気が、ふっと霧のように霧散した。周囲の魔獣たちがどうなったのか、闇に包まれたノアには興味がない。ただ、耳障りな音が消えたことだけに満足し、彼は大樹の根元で泥のように眠りに落ちた。
翌朝。
空腹に叩き起こされたノアは、ふらふらと森を抜け、隣接する宿場町へと辿り着く。
意識の半分が夢の中にあるような足取りで路地を曲がった、その時だった。
「わわっ、ちょっとどいて――!」
前方から響いた焦り声。
直後、ノアの体に柔らかな、しかし勢いのある衝撃が走った。
――グシャリ。
鈍い音と共に、甘い香りが鼻を突く。
地面には、白いクリームと色鮮やかな果実が散乱していた。
「あ、あああ……っ! 私の、期間限定フルーツサンドが……っ!」
悲鳴のような声を上げたのは、一人の少女だった。
ポニーテールを揺らし、膝をついて絶望している彼女の瞳は、左右で色が異なる不思議なオッドアイだ。
「……あー、悪い。前が見えなかった」
ノアは感情の籠もらない声でそう言うと、謝罪もそこそこに、散らばったパンの残骸を跨いで通り過ぎようとした。
「ちょ、ちょっと待ちたさいよ! 逃げる気!?」
ガシッ、と服の裾を強く掴まれる。
リィンと名乗ることもまだないその少女は、顔を真っ赤にしてノアを睨みつけた。
「あんたのせいで、私のお昼が台無しよ! 弁償して、弁償!」
「……金はない。……眠いんだ。離せ」
ノアは心底面倒そうに腕を振り払う。その拍子に、少女は一瞬だけ、ノアの瞳の奥に「底知れない何か」を見た気がして身を竦ませた。だが、目の前の男はただの、今にも倒れそうな寝不足の若者にしか見えない。
「……逃がさないわよ。こうなったら、ギルドまで来てもらうんだから!」
少女はノアの腕をがっちりとホールドした。
こうして、ノアの「安眠」を妨げる騒がしい日常が、最悪の形で幕を開けた。




