第14話「不可侵の寝床と、監視の目」
帝国の調査班が街を去ってから数日。
宿屋「月光の宿」では、以前にも増して奇妙な光景が日常化していた。
「リィン、近い。……暑い」
「うるさいわね! 『絶対に視界から消えないで』って言ったのは私だけど、部屋の中にいるときは別よ! ……でも、あんたが寝てる間にどこかに行かないか監視してるの!」
リィンはノアのベッドのすぐ横に椅子を置き、ノートに何かを書き付けながら睨みを利かせている。
ノアはベッドの上で、ぷーちゃんを抱きしめながら、死んだ魚のような瞳で天井を仰いでいた。
「……監視してても、寝るのは変わらない」
「寝るのはいいのよ! 問題は、寝てる間に何が起きるかよ! あの『黒い砂』の正体、まだギルドでも判明してないんだから」
リィンは事件の日に見た、ノアの服に付着していた不思議な砂の残滓を気にしていた。
ノアの「魔法のような何か」は、どうやら本人の自覚なく、強力な防衛機能として働くらしい。それがリィンにとって最大の謎であり、同時に恐怖でもあった。
「……キュイ」
ぷーちゃんがリィンの不穏な空気を察したのか、ノアの胸元から顔を出してリィンに小さな威嚇をする。
「あら、ぷーちゃん。……ノアの味方をするのはいいけど、あんたのお世話をしてるのは誰だか分かってるの?」
リィンがぷーちゃんに指を向けると、ぷーちゃんはすぐに大人しくなり、ノアの髪の中に隠れてしまった。
「……ぷーちゃんが怯えてる。お前、厳しい」
「あんたがもっとしっかりしてればいいのよ! ……ほら、今のうちに勉強しなさい」
リィンはギルドから借りてきた「魔獣の生態に関する本」をノアの胸の上に置く。
ノアはそれを開くこともなく、そのまま本を枕代わりにして目を閉じた。
「……おやすみ」
「起きなさいってば!!」
宿屋の小さな部屋。
ノアの「ただ寝たい」という強い意志と、リィンの「彼を守り、謎を解き明かしたい」という執着がぶつかり合う、騒がしくも少しだけ平和な時間が流れていく。
帝国は去った。だが、リィンという名の新しい監視者が、ノアの安眠を(別の意味で)脅かし続けていた。




