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エピローグ

 2033年2月21日、中国の春節が明けた翌週月曜日の相場は、伝説に残るものになった。2010年代からたびたび話題になっていた中国の過剰な不動産投資と、それを救済するために無理を重ねた地方政府の歪みが、ついに火を噴いたのだ。


 発端は、それほど大きくない、とある地方金融機関の破綻だった。春節明けのこの時期に、どういうわけか中国国内でデマが出回って、この金融機関で取り付け騒ぎが起きた。あまりに急な話で、しかもローカルな口コミ的な話が広まったことが発端だったのか、中国自慢の金盾システムも機能しなかった。最初はきっと、豊川信用金庫事件のような、何の根拠もない、オフラインの噂話に端を発したインシデントだったのだろう。ところが、嘘から出た誠というべきか、中央政府の対応も地方政府の対応も後手に回るなかで、実はこの金融機関がとんでもない粉飾を重ねていたことが判明した。


 それだけなら政府が特別融資をして終わりになるところだが、それだけでは終わらなかった。まず、複数の金融機関で同様の問題が発覚した。しかも、これらの金融機関は、その粉飾の手段として、簿外債務を海外の関連会社に飛ばして、その上、その関連会社が、怪しげなブローカーを介して市場でオプション取引の実質的な売り手になっていたり、レアアース絡みの妙なデリバティブに1枚かんでいたりと、まるでバブル崩壊後のどこかの国の証券会社のようなことをやっていた。


 その種のデリバティブは、レアアースを必要とする海外の実需企業がリスクヘッジのために保有していることも少なくなく、そこに、投機目的の金融機関による買いや、相変わらず引きの強いAIや脱炭素を当て込んだ年金基金や保険会社による間接的な保有もあって、その総量は相当量になっていた。デリバティブを売る方は売る方で、レアアースの利権を売れるうちに現金化してしまおうと、実際の採掘可能量を上回るような無茶な仕組みのデリバティブを、それこそ中国の地方政府が裏から糸を引くような形で販売したりもしていた。どちらも、このカラクリが明らかになった瞬間に相場が崩れるような、砂上の楼閣である。


 一度明らかになってしまうと、この種のことを他の中国系金融機関の関連会社もやっているのではないかと勘ぐられる。そして、芋づる式に、実際にそういうことに手を染めていた金融機関がいくつも出てくるという有様だった。それでも、全体と比較した割合でいえば少数の金融機関だけれど、中国はとにかく広大で数が多いので、絶対数や絶対額でいうと無視できない規模の問題があることが明らかになった。ここから先は、止めどのない信用収縮だ。


 そこは中国なので、政府がしっかりカバーをしようとした。実際、取り付け騒ぎ自体は、特別融資で乗り切った。しかし問題は、海外の関連会社への損失飛ばしや、それにまつわるデリバティブ。これは中国国内の問題ではないのでカバーのしようがない部分が残り、さらに、その買い手には中国政府の手が及ばない外国の金融機関や実需企業までも多く含まれていた。そこから破綻を連想された同様の金融機関が、軒並みハイリスクな取引に手を染めて、しかもそれを粉飾していたことも明らかになってきた。結局、地方のデマから始まったさざ波は、大きな津波となって世界を何周もすることになった。


 このとき、我が家の第1子は既に社会人になっていて、既に僕たちとは別居していた。大学入学のときにプレゼントした投資信託は、もちろん保有し続けている。第2子は大学院生になっており、こちらはまだ、家族で同居していた。こちらも、第1子のときと同じように、簿価50万円分の投資信託を保有している。この2人が保有していた投資信託の評価額は、わずか2か月ほどの間に、3割ほど下がった。


 子どもたちは、我が家の資産状況もよく知っている。この時点で1億円超の資産が投資信託であることを含めて。評価額が3割も下がるとなると、その損失額は3000万円を超える。年収の数倍がわずか2か月で吹き飛ぶという事態を前に、心配そうな顔をして、「大丈夫なの?」と聞いてきた。


 それに対する答えは、決まっていた。


「全世界の株価が半額にまでなったリーマンショックでさえ、10年かからずに株価は元の水準を回復したんだよ。世界恐慌でさえ、その後の株価はちゃんと前のピークを上回っている。それに比べたら、3割安なんて、全然大したことじゃない。半額まで下がったとしても、そういうこともあるか、というぐらいのものだ。父さんも母さんもまだ58歳で、定年までの時間だけで7年もある。本当に老後になって、残った資産と年金だけを頼りに生きなければいけなくなるのは、さらにその10年後。そのときには、元の水準には戻っているどころか、きっと、利益が増えているよ」


 これは、やせ我慢ではない。相場の歴史を理解し、市場を信じる者の、心の底からの本音だ。そして、こう続けた。


「その証拠に、君たちが生まれる前から続けている積立てを、毎月10万円から5割増やして15万円にしている。ただ残念なのは、もはや毎月の積み立てを5万円程度増やしても、資産全体へのインパクトがほとんどないことだね。だけど君たちは違う。安くなったら、バーゲンセールでたっぷり買って、将来に向けて資産を仕込めばいい。若いうちに暴落相場を経験できるのは幸せだよ。そのときに、自分がどれだけ狼狽するか、資産が膨らんで取り返しがつかなくなるまえに、身をもって体験できるからね。その上、将来の値上がりというオマケまで、多分ほぼ確実についてくる。暴落を喜べるようになってこそ、本物。プレゼントした投資信託の評価額を、これからよく見ておくんだよ」


 今の会社にどうにか就職したときは、就職氷河期に当たった己の不運を呪ったものだった。でも、その時代を生きてきたからこそ、今このように言えるのだと思うと、何だか不思議な感じがする。人生万事塞翁が馬ということなのかもしれない。その起点は、何とかにせよ、運にせよ、今の会社に内定をもらえたことにある。少し古い世代の感覚かもしれないけれど、その縁をくれたことに、深く感謝している。

 この物語はフィクションです。歴史的な事実として、固有名詞で触れられる企業もありますし、株価や指数などは現実の数字に即していますが、それらはいずれも、あくまで実在の企業等をモデルとして再構築したものに過ぎず、記載された内容が真実であることは保証しません。


 物語内(コラムを含みます。以下同じ。)で紹介する銘柄や投資手法について推奨したり勧誘したりするものでないことはもちろん、投資そのものについて推奨する意図はありませんし、投資の結果を保証するものでもありません。投資判断はあくまでも各自の自己責任でお願いします。


 この物語では、法律や税金の制度を紹介している部分があります。可能な限り正確を期しましたが、その正確性を保証することはできません。また、近年は制度改正のテンポが速いので、早晩、ここに書かれている法律や税制は、現実に適合しなくなることが見込まれます。そうした点を除いても、具体的な状況に対する法律や税制の適用について、筆者はその責任を負いません。その種の判断はあくまでも各自の自己責任で、そして、ご自身で判断が難しい問題については、弁護士や税理士、FPといった専門家への相談を強くお勧めします。

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