2020年度
2020年度の幕開けは、新型コロナ一色だった。年度が明ける前の2月中旬頃からは、株式市場も、暴落相場になっていた。2018年の株価調整の時は、嬉しい買い場が来たと心躍った僕も、このときの暴落はさすがに喜べなかった。もちろん投資額は倍増したものの、直接人の生き死にがかかっている状況で暴落した株式を拾い集めるというのは、背徳の感を否めない。
しかし考えてみると、リーマンショックのときも、経済的な苦境から路頭に迷う人はいたはずで、それを絶好の買い場だと考えたのも、似たようなものだったのかもしれない。そう思うと、投資というのはなかなかに業の深いものだ。そんなことを考えて、これまでの投資利益をわずかではあるものの社会に役立てるべく、国境なき医師団への定期寄付をはじめたりした。いささか偽善の匂いはするが、やらぬ善よりやる偽善、である。
そして迎えた新年度、ついに日本でも感染が本格的に拡大し、新年度が始まって早々、緊急事態宣言が出された。しかも、学校や保育所まで閉鎖するという。人との接触を7割から8割減らす、という具体的な数値目標も出され、工場や物流、小売店といった業種を除いて、在宅勤務を基本とすることが求められた。
方向性は理解できるのだけど、いくら何でも急だった。いや、島国の優位性で1月末から2か月間の猶予期間があったのだから、後から思えば準備をしておくべきだったのだろう。でも、そういう想像力をもって準備ができていた会社や人は、ごくわずかだった。
そういう想像力の問題とは全く関係のない、それこそ運の話ではあるものの、2年前に、遠距離異動の打診を断っておいて本当によかったと思った。もし、このとき異動に応じて出世の道を選んでいたら、きっと今頃は単身赴任でどこかの地方にいただろう。しかし、新型コロナウイルスの流行がこういう状況では、そもそも週末に東京に戻ること自体ができなくなりそうだった。しかも、もし万一自分が、あるいは家族が、新型コロナウイルスに感染してしまった場合、離れて暮らしていたらどうしようもない。
新型コロナウイルスの感染拡大は、仕事の面ではリモートの優位性が説かれた。でも僕は、家族は一緒に住んでいる方がよい、という別な教訓もあると思った。やっぱり、単身赴任は、不測の事態を考えたときにリスクが大きすぎる。こんなコントロールできないリスクを抱えてまで、仕事に全てを注ぎ込むことはない、と思いを新たにした。
さて、とりあえず在宅勤務の号令はかかったものの、当初は何をどうすればよいのか、というところからのスタートだった。とりあえず、対面営業のような人に会いに行く系統の仕事は根こそぎ蒸発したので、最低限の事務仕事を各自自宅で行うことになり、出社は5班に分けて週1日だけ。これで一応、オフィスの人員は物理的に8割減になる。そして、この出社可能な1日に、社内でしか処理できない仕事をしたら、資料を持ち帰って後は在宅勤務。これを繰り返すことになった。
困ったのは、子どもたちの学校まで閉鎖されたことだ。もともと在宅勤務を想定した間取りや家具の配置になっていないので、子どもたちには勉強机があるけれど、親にはない。しかも、子どもたちの学校も閉鎖され、自室の勉強机でオンライン授業を受けている。親は肩身が狭く、ダイニングテーブルで仕事をする有様だった。
とはいえ、うちの子どもたちは中学生と小学校高学年だから、まだよかった。小学校低学年だと自宅学習だとかオンライン授業だとかといわれても、そもそも落ち着いて聞いていられない。未就学児だと自宅で子どもをみながら仕事をするのはほぼ不可能だ。社会全体がダメージを受けたイベントも、個別にみていくと強いしわ寄せを受ける層と、そうでもない層がある。これはもう、運としかいいようがないのだけれど、みんな辛いのだからと安易には言えない雰囲気があった。その後、学校が再開され、在宅勤務の各種ツールも急ピッチでそろってきて、どうにかやっていけそうだと思えた頃には、夏休みになっていた。
2020年の夏休み、本当なら、東京オリンピックが行われていたはずだった。でも、新型コロナウイルスがこんな状況なので、当然のように延期になった。そして、いつまでも閉じこもっていては経済が回らないということで、Go to Travelという不思議な名称のキャンペーンが始まった。旅行の宿泊代金が半額になるという。
この年の夏休みは、これを当て込んで少し遠くに旅行をすることにした。ところが直前になって、東京都だけが対象外になるという形ではしごを外され、何だかなぁと思った。東京に住んでいることがデメリットになったのは、家賃が高いことを除いてはこのときだけだったので、残念感が際立った。でも、家族で楽しみにしていた旅行ではあったし、もともとそこまで宿代も高くなかったので、そのまま楽しみにいくことにした。
旅行に行ってみると、キャンペーンがあるのに、観光地は空いていた。もちろんガラガラとか閑古鳥とかというほどではない。でも、普通なら30分並ぶようなところが10分程度の待ち時間だったりして、ここから回復するのは並大抵のことではないと感じられた。
そんな状況で、株価はどうなったかというと、これは短期間に反発し、直近の高値をうかがうような状況になっていた。各国が、こぞって大胆な金融政策や経済政策を出し合ったのと、初期の致命的な感染拡大が一応ピークを越えたので、市場は落ち着きを取り戻していた。また、新型コロナウイルスの感染拡大というあまりに大きなイベントの前で、前年までの米中貿易摩擦のような話があまり大きく取りざたされなかったことも、よかったのだろう。
とはいえ、この1年間は、新型コロナウイルスの動向から目が離せず、ワクチンも治療薬も、まだ出ていなかった。そして、家族に1人でも感染者が出たら、家族全員が濃厚接触者として隔離対象になる状況だったので、とにかく感染しないように気を付けて過ごす日々が続いていた。
【家計と資産の概要】2021年3月
年度末の時点での家計と資産の状況です。
収入の部
夫
月収:49万円
手取:37万円
年収:750万円
妻
月収:50万円
手取:38万円
年収:790万円
貯金の部
貯金:1730万円
資産の部
株式
25万円
投資信託
日本株式:1363万円(△450万円)
世界株式:2100万円(△1282万円)
投信合計:3463万円(△1659万円)
積立状況
TOPIX連動:毎月5万円
先進国株式投信:毎月5万円
累積積立投資額:1804万円
【コラム】投資と倫理観
物語の中では、コロナショックの暴落に買い向かう主人公の心情が描かれています。これまでは、リーマンショックにしても、2018年の軟調相場にしても、安いときにいかに仕入れるか、ということに焦点を当てていました。しかし、コロナショックのときの主人公は、直接人の生き死にがかかっている状況で暴落した株式を拾い集めるというのは、背徳の感を否めない、と述懐するのです。
そして、主人公が思いをはせるリーマンショックも、感染症のような直接的に誰かが命を落とすというイベントではなかったものの、勤務先が倒産して解雇される人や、経済的に破綻して家を追われる人など、その背後には多くの悲劇がありました。当時は、年越しが難しいほどにまで経済的に追い込まれた人もいて、日比谷公園に年越し派遣村という一時避難所が開設されたほどでした。そんなときに、物語の主人公は、ニュースでそうした事態を知りつつ、それはそれとして、投資額を増額してお金を積み立て続けていたわけです。
そこにようやく気が付いたという意味で、物語の主人公も一歩成長したのかもしれません。ただ、ここには非常に難しい倫理的な問題があります。暴落局面で買い向かう行動は、倫理に反するものなのでしょうか。投資とは、人の不幸に橋をかけて渡る行為なのでしょうか。この問には、単純な答えはありません。
そもそも、株価が暴落するようなイベントのときは、市場に買い手がいません。買い手がいない状態で本当に誰も買う人がいなければ、株式にしても、それ以外の資産にしても、全く値段が付かなくなってしまって、奈落の底まで値を下げてしまいます。そうなると、その値下がり自体が次の経済危機を招き、被害者が増えます。そうしたときに買い向かう行為には、暴落という異常事態のなかではあっても、それなりの値段を市場がつけて、それ以上の事態の悪化を食い止める、という役割もあるのです。
物語の主人公の場合、そこで買い向かう理由がバーゲンセールの投げ売りを買う、というもので、そのバーゲンセールの裏には悲劇があるわけですから、主観的に後ろめたいところがあるのは、仕方がないかもしれません。しかし、そういう事態が生じてから、その時に備えて蓄えてあった資金を投じることと、そのような事態を望んだり、引き起こしたりすることとは全く別のことです。そのときできる最善を尽くすというだけだと思えば、そこまで気に病む必要はない、と考えることもできそうです。
ただ、それでも、そのようにして安く買い集めた資産で利益を得るのがどうだろうという思いが残ることも、あるかもしれません。そのときは、実際にその資産で利益が出たときに、それを社会的に意義のある方法で使うということでも十分に恩を返せるのではないでしょうか。そのとき恩を返す相手は、実際に暴落相場の時に酷い目に遭った人とは別の誰かかもしれません。しかし、たとえそうだとしても、社会に還元するという形で、自分なりに納得をつけることもできるでしょう。
物語の主人公が国境なき医師団への寄付を選択したのは、こうした心情のあらわれかもしれません。露悪的に、やらぬ善よりやる偽善、などとうそぶいてはいますが、本心はどうでしょうか。長く投資をしていると、その社会への還元、という課題を、どういう方法で実現するかは別として、考えるタイミングもあるのかもしれません。
この物語はフィクションです。歴史的な事実として、固有名詞で触れられる企業もありますし、株価や指数などは現実の数字に即していますが、それらはいずれも、あくまで実在の企業等をモデルとして再構築したものに過ぎず、記載された内容が真実であることは保証しません。
物語内(コラムを含みます。以下同じ。)で紹介する銘柄や投資手法について推奨したり勧誘したりするものでないことはもちろん、投資そのものについて推奨する意図はありませんし、投資の結果を保証するものでもありません。投資判断はあくまでも各自の自己責任でお願いします。
この物語では、法律や税金の制度を紹介している部分があります。可能な限り正確を期しましたが、その正確性を保証することはできません。また、近年は制度改正のテンポが速いので、早晩、ここに書かれている法律や税制は、現実に適合しなくなることが見込まれます。そうした点を除いても、具体的な状況に対する法律や税制の適用について、筆者はその責任を負いません。その種の判断はあくまでも各自の自己責任で、そして、ご自身で判断が難しい問題については、弁護士や税理士、FPといった専門家への相談を強くお勧めします。




