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2008年度

 年度が明けた2008年4月、認可保育園に預け替えることは叶わなかったが、引き続き認証保育所で預かってもらっていた。ただ、3歳児クラスになると認可保育園の空き枠も増え、認証保育所からの移行には優遇措置もある。ここは何とかなるだろうと考えつつ、共働きを続けた。妻も残業は難しいものの時短勤務からフルタイムに復帰し、家計の状況も復調してきた。


 他方で、変調を続けているものもあった。株式市場と積立投資の保有資産である。年度当初に、ついに保有資産の損益がマイナスに転じた。積立投資を始めるとき、保有資産がマイナスになったら積立額を増やすという枠組みを決めていたため、まずは投資額を倍増することにした。月々3万円の積立てが、月々6万円になった。このぐらいであれば、貯金を取り崩すには及ばない。


 しかし、その後も景気の悪い話には事欠かなかった。昨年からのフランスの金融機関の損失に続いて、この年はいよいよ本丸のアメリカでもベアスターンズが事実上破綻し、その次がどこか、ということで皆が疑心暗鬼になっていた。ただ、そこでまず話題になったのは、日本に住んでいると名前も聞いたことがなかった、ファニーメイとフレディマックという、住宅ローン専門の公社のような会社だった。


 ことの発端は、この2社が元締めになっていた住宅ローンで、年収の低い住宅購入者を含めて無理な融資が行われたということらしい。これだけなら、この2社が最悪破綻して終わりということで、日本の住専と大して構図は変わらない。しかし、やはりアメリカはスケールが違う。この2社は、貸し出した住宅ローン債権を束にして転売し、それを多くの機関投資家が持っているという。とすると、この住宅ローンが大規模に焦げ付くと、非常に広範囲に損失が拡散することになる。そういう問題が意識されはじめたのが6月の頃で、7月になるとこれが一気に深刻化した。


 そんな火種と爆弾を抱えた夏の相場は軟調で、しかも値動きは非常に荒かった。市場の誰もが、ちょっとしたことに一喜一憂して、それが神経質な値動きにつながる。たしかにこれでは、予めどのように投資を進めるかをきちんと決めておかない限り、場当たり的にああでもないこうでもないと思案することになる。そしてきっと、損失がかさむのだ。


 などと分かったようなことを感じつつ、他方で保有資産のマイナス額は膨らむ一方だった。


 これは本当に大丈夫なのか、と思って迎えた9月。この時期、週末になると毎週のようにアメリカのポールソン財務長官が会見をし、どこそこの金融機関にいくらを支援する、といった発表がされていた。毎週末になると市場を揺らがせる重大発表があり、投資家は「今週のサンデー・ポールソン」などといって戦々恐々としていた。しかしそれも、公的資金を注入して金融機関を救済するという話であれば、まだいい。


 9月14日、運命の日曜日。日本時間だと15日月曜日の早朝。テレビに映し出されたのは、リーマンブラザーズを救済しない、と言い切るサンデー・ポールソン。リーマンショックの始まりだった。


 この暴落の威力は凄まじく、それこそ株価指数が軒並み4割や5割、一気に落ちる、というものだった。下り最速とか、落ちるナイフという言葉があるけれど、このときの落ち方は常軌を逸していた。何しろ、破綻したり破綻しかけたりした金融機関が、持てる資産のすべてを現金化するために、ガレージセールのように値段構わず叩き売ったのだ。しかも、それまでに大きな損失を抱えていた他の金融機関は、叩き売られたものを買う余力が全くない。実際の価値がどうなのかは全く関係なく、ただただ売れ残りが値を下げていく、そういう相場だった。


 この相場に向き合って、積立投資をどうするか。もちろん手じまいをするという選択肢はなかった。積立は続ける。ただ、さすがにどこまで落ちるか分からない相場に毎月お金を投じていくのは、闇の中に現金を投げ込んでいくようなもので、本当に大丈夫だろうかという気持ちになった。そしてもう1つ、我が家には考慮しなければいけない事情があった。妻が第2子を妊娠したのだ。


 第2子が来年誕生するとなると、第1子の時と同様に、来年と再来年の収入は減少が見込まれる。しかも、第1子が認証保育所に通っているので、その分の支出が余計にある。そうなると、一時的に家計が赤字になる可能性があった。そんな中で、当初に決めた方針に従って投資額を更に増やすかどうか。これは心理的には、非常に重い決断だった。


 エクセルのシートで何パターンものシミュレーションをして、夫婦で話し合った結論は、次のようなものだった。


・あの世界恐慌だって、10年以上の時間はかかっても相場は回復している。

・歴史的なバーゲンセールで買いまくらない手はない。

・幸い貯金は積みあがっているのだから、2年くらい赤字覚悟の積み立てをしても大穴はあかない。

・3年後には、妻も復職しているから、お金のことは何とかなる。


 あとは、この客観的な試算結果をもとに、ただ機械的に粛々と、買う人がいないダイヤの原石を買い集める日々が始まった。この年の10月、投資額を当初決めた最大の月10万円として、保有資産がプラスになるまでこの金額を維持することになった。



【家計と資産の概要】2009年3月

 年度末の時点での家計と資産の状況です。


 収入の部

  夫

 月収:37万円(残業込み)

   手取:28万円

   年収:580万円

 月収:30万円(残業抑制)

   手取:24万円

 年収:430万円


 貯金の部

  貯金:480万円


 資産の部

  株式

   39万円

  投資信託

   日本株式:94万円(▲33万円)

   世界株式:74万円(▲33万円)

   投信合計:168万円(▲66万円)


 積立状況

   TOPIX連動:毎月5万円

   先進国株式投信:毎月5万円

   累積積立投資額:234万円



【コラム】リーマンショックの教訓

 2008年のこの急落相場は、日本ではリーマンショックといわれますが、英語だとFinancial Crisisとか、Great Financial Crisis、あるいはGlobal Financial Crisisとかといわれることが多いです。日本からみると、リーマンブラザーズが破綻して一気に暴落する相場のイメージが強い一方で、アメリカやヨーロッパからみると、前年のBNPパリバの巨額損失に始まり、ベアスターンズ、ファニーメイ、フレディマック、リーマンブラザーズと、まさに連鎖的に金融機関の信用問題が明るみに出たため、このような名称になるようです。


 このときの下落相場の主人公は、例外なく金融機関でした。しかも、平たく言えば借金をして投資額を膨らませる手法で、見かけ上は安全に見える資産(証券)に巨額を投じたものの、その証券が実は客観的には非常にリスクの高いもので、そのリスクが現実化して大赤字になるという、それだけ見れば非常に馬鹿馬鹿しいようなことが原因でした。結局、証券を売る側は、いかにその証券が安全そうに見えるかを競い、買う側は、その見かけしか見ていなかったわけです。


 その化けの皮が剥がれたとき、リスクが現実化し、巨額の損失が出ます。しかも、借金をしてそのような資産を買っていたわけなので、損失が巨額になると借金が返せなくなります。借金を返せないと会社が倒産するので、持っている資産、たとえば株を、とにかく叩き売るわけです。しかし、他の金融機関もみんな損失を抱えていてその株を買うことができないので、株価がどんどん下がります。


 この時期、世界中の投資家が同じような状態になっていたので、しばらくの間、市場では買い手が本当にいない状態が続きました。そういうときこそ、買い向かえる力を持っている者は強いです。世界の名だたる金融機関が、涙目で叩き売ったバーゲン価格の株を安く買って、そのあと持ち続ければ、普通に考えてそれだけで多額の利益が出るはずだからです。もちろん、どこが株価の底かを言い当てることはできませんが、バーゲンはバーゲンなのですから、多少の誤差はこの際構いません。


 そして、こんなとき、買い向かえる余力を貯蓄していたり、あるいは堅実な会社勤めをしていて毎月定期的なキャッシュが入ってくるという立場にあった人は、とても強いです。投資というと、プロにいいようにやられる怖いものだ、というイメージもありますが、ことこういう場面では、堅実な給与所得者が投資銀行を手玉に取って、ダイヤの原石をかき集めることができます。


 と、理屈の上ではこういう話なのですが、実際にこれを実行できるかというと、それは大変難しいことです。物語の主人公も、闇の中に現金を投げ込んでいくようなもので、本当に大丈夫だろうかという気持ちになった、と述懐していますが、まさに暴落相場のただなかや、深く広い谷底で資産を買い集めるということは、精神的にかなりタフな作業になります。落ちるナイフをつかむ、という比喩もあり、その時点では血まみれを覚悟した行為だったりもします。しかし、だからこそ、それを成し遂げたときのリターンも大きいのです。


 投資の世界に、有名な格言があります。


 人の行く、裏に道あり、山の花


 人と同じことをしていたのでは儲からない、人と違うことをしてこそ、勝機がある。そういう意味ですが、さて、リーマンショックのときにこれを真の意味で実践できた人は、どれだけいたでしょうか。こういう非常時にこそ、それまでの準備が問われます。でも、準備さえできていれば、またとない安売りの機会として、暴落がむしろ喜ばしいイベントに見えたりもします。こんなところにも、投資の奥の深さがあるのかもしれません。

 この物語はフィクションです。歴史的な事実として、固有名詞で触れられる企業もありますし、株価や指数などは現実の数字に即していますが、それらはいずれも、あくまで実在の企業等をモデルとして再構築したものに過ぎず、記載された内容が真実であることは保証しません。


 物語内(コラムを含みます。以下同じ。)で紹介する銘柄や投資手法について推奨したり勧誘したりするものでないことはもちろん、投資そのものについて推奨する意図はありませんし、投資の結果を保証するものでもありません。投資判断はあくまでも各自の自己責任でお願いします。


 この物語では、法律や税金の制度を紹介している部分があります。可能な限り正確を期しましたが、その正確性を保証することはできません。また、近年は制度改正のテンポが速いので、早晩、ここに書かれている法律や税制は、現実に適合しなくなることが見込まれます。そうした点を除いても、具体的な状況に対する法律や税制の適用について、筆者はその責任を負いません。その種の判断はあくまでも各自の自己責任で、そして、ご自身で判断が難しい問題については、弁護士や税理士、FPといった専門家への相談を強くお勧めします。

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