2006年度
年度当初の上司との面談で、最初に話題になったのが、妻の妊娠だった。この頃、まだ男性の育児休業の取得率は高くなかったものの、その後の異動や配置、残業が可能かどうかといったことは、それなりに聞かれるようになっていた。
そういう話になることを見越して、妻の出産後の仕事の仕方については、妊娠判明時にあらかじめ話し合っていた。まず、収入が極端に減ると困るので、さしあたり第一子については妻が産休育休を取得し、僕は通常勤務を続ける。ただ、これまでのようにある日は4時間残業し、次の日は定時、というような変動の激しいやり方だと色々と支障が生じるかもしれないので、なるべく均等に帰宅時間を揃えたい、という希望を伝えた。ある程度は計画的に仕事を進めていける部門だったこともあり、可能な限り対応してもらえることになった。
そして迎えた出産当日。前日夜から陣痛らしきものが始まり、早朝にいよいよということでタクシーを呼んで病院へ。病院では丸一日かけて出産に至った。人が生まれる瞬間とは、野性味が極端になくなってしまった現代の中で、野生の生物としてのヒトという存在を感じさせられ、表現のしようのない感銘を受けた。
出産を終えて退院すると、そこからは育児が始まる。出産後8週間の産後休暇期間、妻はほぼ外出できなかった。赤ちゃんのお世話があるというだけでなく、やはり体力的なダメージが大きいのだ。なので、全ての買い物と食事の準備は僕の担当となった。もともと独身時代の福岡でそれなりの料理のたしなみがあったことが、ここで生きた。掃除と洗濯は大部分機械で代替できるけど、食事はそうはいかない。人生何が役立つかわからないものだと思った。
そして、そんな我が家の家計はというと、やはり年収ベースでは大きな影響を受けた。まず、僕自身も残業を抑制したので、毎月2万円程度収入が減少した。妻はもっと大きな影響があった。産休育休時は、月間収入の50%相当の給付金が社会保険から支給され、そこには所得税も社会保険料もかからない(注:2006年当時の話です。現在の給付率は67%になっています。)。通常の給料では、約14%の社会保険料に、10%の住民税、そして5~10%の所得税が天引きされることを考えると、手取りはそれなりに代替される。ただ、その支給スパンは申請の翌月からだったりするので、給付までの間をつなぐ資金が必要になる。
また、この間実際の勤務はないので、ボーナスの査定上は、勤務期間がない扱いになることがある。ここは会社にもよるところだけど、妻の会社はそうだった。その結果、2006年の冬のボーナスと、育休から復帰した直後の2007年の夏のボーナスは、大幅な減額になった。我が家は月給の収支はほぼトントンで、ボーナスの過半を貯蓄するという家計だったので、要するに貯蓄が激減することになった。
でもこれは、仕方ない。そういうイベントなのだと、結婚時にシミュレーションしていたから、想定の範囲内ということで、我が家のバランスシートに大きな穴が開くことはなかった。
次に大変だったのが、2007年4月の妻の復職に向けた保育園探しだった。この頃の東京は、どの市もどの区も、1000人を上回る待機児童がいることが通常で、そもそも保育園に入ること自体が非常に難しいという状況にあった。しかも、兄や姉が在園している場合の弟や妹が優遇されるとか、母子家庭や父子家庭が優遇されるとかといったシステムになっていたので、普通の夫婦の第一子が保育園に一発で入所するのは、ほとんど絶望的な状態だった。我が家も例にもれず、認可保育園に申し込みはしたものの、結局保育園に入ることはできなかった。
ではそれで終わりかというとそうではなく、無認可の保育所というものが存在する。認可されていないので、その質は施設によってバラバラ。中には深刻な事故が起こった施設もあるので、決して条件が良いわけではない。保育料も、認可保育園よりは高い。でも、当時の東京都には、認証保育所という、認可外だけれども都が認証した一定の基準を満たす保育所がそれなりの数存在していた。
我が家はそこに望みをかけ、そして、忘れもしない2007年2月中旬のある日、ある認証保育所に子を預けられることになった。これでようやく、妻も復職できる。こんな直前になるまで、復職できるかどうかが決まらないというのもなかなか過酷だが、当時はみんなこうだった。就職氷河期で共働きを選択するという現実的な動機に、社会制度がまだ十分に追いついていなかったのだ。
【家計と資産の概要】2007年3月
年度末の時点での家計と資産の状況です。
収入の部
夫
月収:35万円(残業込み)
手取:28万円
年収:550万円
妻
月収:17万円(育休給付金)
手取:17万円
年収:330万円
貯金の部
貯金:330万円
資産の部
株式
46万円
投資信託
日本株式:79万円(△16万円)
世界株式:54万円(△12万円)
投信合計:133万円(△28万円)
積立状況
TOPIX連動:毎月1万5000円
先進国株式投信:毎月1万5000円
累積積立投資額:105万円
※2005年以降、貯金額・資産額は夫婦合算額です。
※投資信託は年度末の時価を表示し、括弧内で損益を表示します。△が含み益、▲が含み損です。
【コラム】妊娠出産とお金
妊娠出産関係のコラムの2つ目は、出産にまつわる経済的な話です。
妊娠が判明した女性が仕事をしている場合、勤務先にも妊娠を報告することになります。妊娠中に無理な仕事をすれば流産の危険性がありますし、逆に会社が無理な仕事を命じれば、それ自体が問題になることもあるからです。
これが、生活の第1段の変化になります。妊娠中は、残業をさせないようにするという方針の会社が少なからずあるのです。無理な仕事をさせれば体調を崩して最悪は流産しかねない、という意味では、正しい方針ではあります。ただ、働いている側からすると、これまで得ていた残業代が消滅することになります。
妊娠出産による家計への最初のインパクトが、これです。この先も、色々な変化や、制度をつないでいくことになります。
妊娠経過が順調に経過した場合、出産予定日の6週間前から産休を取得できます。産休の期間は、出産後8週間までなので、合計14週間になります。ただ問題は、産休に入ると、一般的には会社からの給与は支給されないということです(企業によっては独自に一定額を補填する制度を設けている場合もありますが例外的です)。ではどうするのかというと、健康保険から出産手当金が支払われます。この金額は、執筆時点(2026年)では給料の約3分の2です。ただし、出産手当金は非課税で、社会保険料もかからないので、実際のところは手取り収入がほぼ代替されます。
問題は、その手当金の支給時期です。出産手当金の支給は、出産後1~2か月後となっていて、その間収入の空白期間が生じます。その間を生活できるだけのお金を準備しておくことが必要なのです。
次に、出産自体にも費用が掛かります。日本では、出産は病気ではない、ということで、健康保険の対象になっていません。しかし実際には、陣痛が来て出産をすると、そのあと数日間は入院するのが通常で、しかも健康保険が適用にならないために、その間の費用はすべて自己負担になります(この点は、健康保険を適用しようという制度改正も議論されているので、今後どうなるのか要注目です)。
一方で、出産に伴って、出産育児一時金50万円が健康保険から支給されますし、これを出産した医療機関の費用に直接充てる制度もあります。なので、出産に伴う医療費のうち50万円は健康保険でまかなわれることになります。ただ問題は、都市部ほど出産費用が高く、この50万円でまかなうことは難しいということです。一般的なケースでは、出産費用が100万円を超えることはあまりないものの、70万円や80万円になることは珍しくなく、実費で30万円くらいは覚悟しておいた方がよいです。
産後休暇が終わると、育児休業(育休)を取ることが通常です。今は、夫婦で育休を取得することも珍しくありません。育休は、当初の半年は収入の67%にあたる育児休業給付金が支給されます。これは非課税なので、税金を考慮した手取りとしては、それほど悪くない数字になります。
そんなこんなで、各種の給付はあるのですが、注意点もいくつかあります。
1つ目の注意点は、これらの給付は、出産費用やもともとの給料を全額置き換えるには足りない、ということです。もとの給料でカツカツの生活をしていると、この時点で蓄えを切り崩す必要がでてきてしまいます。
2つ目の注意点は、給付が実際に入ってくるまでにタイムラグがあるということです。給料は毎月決まった日に入ってくるので、計画が立てやすいのですが、この種の給付は、実際に休業に入った翌月や翌々月に入ってくるというものがあります。そうすると、給料がなくなった後、1月の無収入期間をはさむようなことがあり得るので、その間の生活費をあらかじめ確保しておかなければいけません。
3つ目の注意点は、こうした給付は、基本的に月給をベースにしているということです。ボーナスは考慮されません。そして、休業期間中は実際には仕事をしていないので、会社からのボーナスの支給はないことが通常です。これが地味に痛くて、年間でそれこそ50万円や100万円の収入が得られないという世界になります。
妊娠出産に関する給付は、ここ20年でかなり改善してきました。それこそ、この物語が進行してる2005年や2006年と比べれば、今の方がはるかに良いです。とはいえ、給付は手厚くなりつつありますが、それでも家計への影響は小さくありません。だからこそ、無理のない範囲で少しずつ備えておくことが、安心して新しい家族を迎える第一歩になります。
この物語はフィクションです。歴史的な事実として、固有名詞で触れられる企業もありますし、株価や指数などは現実の数字に即していますが、それらはいずれも、あくまで実在の企業等をモデルとして再構築したものに過ぎず、記載された内容が真実であることは保証しません。
物語内(コラムを含みます。以下同じ。)で紹介する銘柄や投資手法について推奨したり勧誘したりするものでないことはもちろん、投資そのものについて推奨する意図はありませんし、投資の結果を保証するものでもありません。投資判断はあくまでも各自の自己責任でお願いします。
この物語では、法律や税金の制度を紹介している部分があります。可能な限り正確を期しましたが、その正確性を保証することはできません。また、近年は制度改正のテンポが速いので、早晩、ここに書かれている法律や税制は、現実に適合しなくなることが見込まれます。そうした点を除いても、具体的な状況に対する法律や税制の適用について、筆者はその責任を負いません。その種の判断はあくまでも各自の自己責任で、そして、ご自身で判断が難しい問題については、弁護士や税理士、FPといった専門家への相談を強くお勧めします。




