1997年度
1997年10月1日
この日、僕は1枚の書類を受け取った。
――内定通知書
この1枚を手にするために、どれだけ苦労したことか。
まだインターネットでの就活が一般化する前の時代で、大学の学生課にある名簿を使ってOB訪問をし、紙の情報誌をめくる。企業研究も、まだ各企業のウェブサイトにIR情報やプレスリリースが載るようになる前なので、これまた分厚い会社四季報。極めつけは、手書きのエントリーシートに履歴書。とにかく手間暇がかかる。
しかも時は、バブル崩壊後の就職氷河期の第1ピークを迎えようという頃。就職活動を開始した1996年は、住専問題で国会が大荒れになり、多額の不良債権が経済に重くのしかかっていることが認識された年だった。そして、就職活動本番の1997年春は、4月に消費税が3%から5%に引き上げられて景況感が悪化したり、日産生命の経営破綻があったりと、就活にマイナスになる要素こそあれ、プラスになる要素は何も見当たらなかった。
そんな中で、どうにか6月に内々定を得てほっとしたのもつかの間、7月にはアジア通貨危機が起こり、世相は最悪。そんな中で、どうにかこの書類を得るところまで来て、ようやく一息ついたのだった。あとは、無事大学を卒業すれば何とかなる。このときは、本当にそう思っていた。
でも、それは甘かった。本当の地獄は、ここから始まったのだ。
【家計と資産の概要】1998年3月
年度末の時点での家計と資産の状況です。
貯金:20万円(最後のバイト代と、就職祝い)
【コラム】採用内定とは?
就職活動の目標は、当然、就職することです。しかし、日本の就活では、実際に就職する前に「内定」というものがあるのが普通です。さて、「内定」とは何なのでしょう。
就職の内定は、法律的には、「始期付解約権留保付労働契約」といわれています。何だか訳のわからない専門用語ですが、「始期付」というのは、要するに来年の4月1日から、というような開始時点が決まっていて、今からすぐに働くわけではない、という意味です。「解約権留保付」というのは、要するに会社の側にも解約権がある、ということです。ただ、何の事情もないのに自由に解約できるのかというと、そういうわけではなく、合理的な理由がないのに解約をすることは認められませんし、実際、そう簡単に内定が取り消しになることもありません。内定は就活の事実上のゴールといえます。
ただ、物語の主人公が就職活動をしていた1997年は少し特殊でした。採用内定が10月1日に出た後、翌年の4月までの間に倒産したり、そこまで行かなくても経営が極度に悪化して新卒採用者を受け入れる余地がなくなってしまうような会社が、少なからず出たのです。厳しい就職活動を勝ち抜いて内定を得て、ようやくゴールにたどり着いたと思ったら、そのゴールさえ内定取消で幻のように消えてしまう、1990年代後半は、そういう時代でした。
内定取消は実際に仕事を始める前に労働契約が解消される場面ですが、実際に仕事を始めた後も、労働契約が解消されることはあります。労働者側から申し出るのが退職、会社側から言い渡すのが解雇です。退職は、辞めたいと思って辞表を提出するという話なので大きな問題はありません。しかし、解雇されると労働者としては生活が立ち行かなくなります。なので、解雇がどのような場合に有効になるのかについては、法律や判例で一定の縛りが設けられています。
クビになると思って就活をする人はいないでしょうし、多くの場合問題になることではないので、ここではこのぐらいにしておきましょう。でも、とにかくそういうことが隣り合わせの時代が、就職氷河期だったのです。
この物語はフィクションです。歴史的な事実として、固有名詞で触れられる企業もありますし、株価や指数などは現実の数字に即していますが、それらはいずれも、あくまで実在の企業等をモデルとして再構築したものに過ぎず、記載された内容が真実であることは保証しません。
物語内(コラムを含みます。以下同じ。)で紹介する銘柄や投資手法について推奨したり勧誘したりするものでないことはもちろん、投資そのものについて推奨する意図はありませんし、投資の結果を保証するものでもありません。投資判断はあくまでも各自の自己責任でお願いします。
この物語では、法律や税金の制度を紹介している部分があります。可能な限り正確を期しましたが、その正確性を保証することはできません。また、近年は制度改正のテンポが速いので、早晩、ここに書かれている法律や税制は、現実に適合しなくなることが見込まれます。そうした点を除いても、具体的な状況に対する法律や税制の適用について、筆者はその責任を負いません。その種の判断はあくまでも各自の自己責任で、そして、ご自身で判断が難しい問題については、弁護士や税理士、FPといった専門家への相談を強くお勧めします。




