異世界転生システムを導入しました
「以上で講習は終了となります」
人間界で言う、中庭のような場所に集まった私たちは、上司にあたる上位神からの講習を受けていた。
講習名は、異世界転生システム導入研修だ。私たちは38期生になる。
上位神の終了の言葉に、皆の空気が一気に緩む。隣の神と話し合ったり、早々に席を立ったり。そんな中で、私は早く実習に移りたい気持ちが大きかったため、直ぐに席を立った。
ここは共同神界。幾つもある神界の中でも、皆の談話室のような溜まり場のような、神々が話をするためだけの世界だ。
私は別室にいる先輩のところに向かった。
「おう。講習は終わったのか?」
「はい、先輩。先輩の世界から、一人、お願いしても宜しいでしょうか」
「あぁ。俺も大分、慣れて来たからな。直ぐに送ろう。注文はあるか?」
「えぇと、扱い易そうな方で」
「分かった」
私が苦笑交じりに、そう告げると、先輩は軽く頷いて、念話をし始めた。恐らく、自分の世界の下位神と連絡を取っているのだろう。
「あぁ。準備ができたようだぞ。今から行くのか?」
「はい!直ぐにでも、試してみたいです。練習もしたいですし…………」
「そうか。程々に頑張れ。あっちの奴らは、このシステム導入に不満があるみたいだからな」
先輩が視線で指し示した先に固まっている一団を見て、私は素直に頷いた。彼らは研修も受けず、それどころか、研修を受けた神たちを非難し、絡んでいるのだ。
「はい、気を付けます。それでは失礼します」
私は早速、転生者を用意してくれた先輩に感謝して、自分の治める世界の神界に戻った。
「えぇと、佐藤啓吾。27歳、男性。交通事故に遭って死んだようだな。うーん、先輩の世界は珍しいっところだからなぁ。私の世界だと、この自動車、というものは存在しないし…………まぁ、そういう意味では魂の安定には作用しないから、大丈夫ということだね」
先輩は研修会の5期生だ。いち早く、異世界転生システムを導入した革新的な神で、更にこれまでの転生の成功率も高い。
先輩が講習を受けていた頃は、システムの導入実例が少なく、理論上の対策と、仮想世界での実験結果しかなかったらしい。そんな中で、成功していたというのは凄いことだと思う。
けれど、先輩にも積極的になる理由があったようだ。それは先輩が統括している世界では、魔力が大量にありながら、魔力が活用されていない状態にあったからだ。
魔力は神が世界を創造する際に、大抵は生物に持たせる力のことだ。基本的に皆が、全ての生物に付与するし、世界にも魔力を満たす。人間や動物たちはそれを活用して、生存競争をしたり、文明を発達させたりする。
ところが、先輩の世界では人間たちは魔力の存在を忘れていったのだと聞いた。そんなことが有り得るのか、と不思議に思ったのだが、魔法使いが減り、魔法の存在が薄れていき、魔力を感知することさえ、できなくなっていったのだという。
そうなれば、世界に満ちている大半の魔力は無駄なものになる。けれど、そこで使わないからと言って、魔力を消すこともできない。魔力は世界の維持と循環に必要だからだ。
その結果、先輩の世界では、電気や科学といったものが発展し、魔力はお伽話のものになってしまったらしい。余った魔力は専ら、世界の維持と循環に使用している。それでも、生物に付与した魔力はそのままなので、宝の持ち腐れ状態だ。
そこで先輩は、その魔力を活用するべく、いち早く異世界転生システムを導入することにしたらしい。先輩の世界では、魔力が全然減っていないし、魔力を求めた争いも起きていないので、ある意味、最強で平和なのだ。
先輩の世界からの転生者を求める神が多いのは、それが理由だ。膨大な魔力量を有しながらも、平和を重んじる思考を持つ生物が多く、転生させて、魔王討伐や聖女降臨に使用するのに適している。
斯く言う私は、まだ魔王討伐や聖女降臨といった大きなプロジェクトを催せるほどの実力がないので、普通に転生システムの理解を深め、いざという時に使えるようにしておくことが目的だ。
私は転生者の情報に目を通してから、講習で配布されたマニュアルに従って、転生者の受け入れを許可する。
うん、無事に転送が行われているようだな。
次は、事前説明をして、本人の同意を得て、付与するスキルや祝福、加護、能力値などの調整…………と、マニュアルを読み返していると、転生者が到着したとの、連絡が届いた。
私は人間と直接、対話をするということに、少し緊張しながらも、転生者を神界に召喚した。
「ん?ここは…………?」
「お目覚めですか?」
「え、誰?」
「私はとある世界を治める創造神です」
「創造神?」
こいつは何を言っているのだろう。そう思っているのが、ありありと表情に出ているし、そうでなくとも、人間の心の内くらいは簡単に読めてしまうのが我々、神だ。
しかしマニュアルでは、ここで我々について説明することは必須ではない、と書かれている。
場合によっては、本人の同意もなく、説明や交渉もなく、転生させることもあると。
まぁ今回は初めてなので、マニュアル通りに、一般的な形式を取ろう。
「はい。私は創造神と呼ばれています。そして、貴方は我々の世界の転生者の一人目として、選ばれました」
「それって、異世界転生、とかいう?」
「はい。その通りです」
流石、先輩の世界の人間だ。理解が早くて、助かる。
私は台本のようなマニュアルを確認しながら、人間の様子を窺う。
「…………ん?一人目っていうのは?」
「え?一人目は一人目です。我々の世界は、この度、異世界転生システムを導入することにしました。その一人目として、貴方が選ばれたのです」
「異世界転生システム…………」
その言葉を不思議そうに呟く人間に、私こそ不思議に思ってしまった。何を不思議に思うことがあるのだろうか、と。試しに人間の心情や心の内を読んでみるが、よく分からなかった。
「そのシステムとかって、何なんですか?」
「えぇと、異世界転生システムについての解説、ですね」
私はマニュアルを振り返り見て、システム説明、意義の項目を見た。
「異世界転生システムとは、とある世界の住人を、別の世界に転送、転移、転生させる」
「あぁ、いえ、それは大丈夫です。そうじゃなくて、その、異世界転生って、システムなんですね?偶然とか、手違いとかじゃなくて」
「え?はい。…………あ、確かに、異世界転生システムの発案は、偶然や手違いによって、世界を渡る生物が出て来てしまったことによります」
よく分からなかったので、人間の心を読んで答える。やはり流石、先輩の世界の人間だな。システムの発案にまで言及し、その知識を有しているとは。
私が密かに感心していると、人間は気が抜けたように笑った。その意味が分からず、心を読もうとする前に、人間はぽつりと呟いた。
「何か、滅茶苦茶、神様っぽい」
その言葉に、私は今度こそ意味が分からず、心を読むが、心の内でも同じようなことしか考えていなかった。
うーん。これは一人前の神として認められた、ということなのだろうか。
人間に神と認定されることを重視するのは、主に下位神だ。下位神は人間などの生物からの信仰によって、存在している者もいる。そういった下位神は信仰されなくなり、忘れ去られると、消失してしまうのだ。
まぁ消失したとしても、大したことにはならないし、割と良くあることなので、気にすることでもない。
つまり、下位神でもないし、信仰も必要としない、創造神である私が、人間に一人前と認められたことに意味はないのだ。
いや、待てよ。確か、マニュアルに…………
神の存在を容認しない生物が、異世界転生を拒んだ例。
「お前は、神の存在を否定する自分の夢に勝手に侵入して、訳の分からないことを囁く悪魔だ」と誤認され、転生の承認どころではなくなった。更に、その生物は自分が悪魔に侵されたという罪悪感により、錯乱。やむなく、そのまま死亡させ、魂は元の世界に返還した。
うーん。こういった例があることを考えると、神として認められたことにも意味があるだろう。
そう納得して、私は話を進めるために人間を見た。
「えぇと、そうですね。私は創造神ですので、神様っぽいという評価は正しいです」
「あ、すみません。神様に失礼なことを言ってしまって」
「いいえ、失礼ではありませんので、お気になさらないでください。それで、異世界転生を行うにあたって、説明を行いたいのですが」
「はい。えっと、一人目、なんですよね?」
今度は心の内を読まなくとも分かった。これは心配と不安の目だ。
「はい、そうですが…………あぁ、ご不安ですよね。ですが、きちんと講習は受けて来ましたので、問題なく転生できるようにします」
「え、講習?」
「はい。異世界転生システム導入研修会の講習です。私は38期生で、貴方が居た世界の創造神は、5期生です」
「そんなにやってるんだ。それで、俺は何をすればいいんですか?」
「今回はシステムの導入と試験運用が目的ですので、貴方には比較的、普通の人生をご用意しています」
「あ、そうなんですね」
私の返答に、人間は気が抜けたように、肩を落とした。
「はい。勇者として魔王を討伐したり、聖女として瘴気を浄化したり、という使命はありません。特殊能力やチートといったこともありません」
「へー、じゃあ、スローライフですか?」
「はい。勇者パーティを追放されてスローライフとか、悪役令嬢になって追放されてスローライフとか、辺境に飛ばされて、領地開拓をしてスローライフとか、そういったこともありません」
「え?じゃあ、本当に何をするんですか?」
「やや裕福な家に生まれて、それなりに山あり谷ありの普通の人生です」
「え、あの、異世界の知識で改革とかは?」
「あぁ、ここでの出来事や以前の世界の記憶は持ち込めません」
「あ、そうなんですね」
心の内を読みながら、それらの可能性を否定すると、人間は気落ちしてしまったようだ。
「はい。ですので、ここでは、大抵の質問にお答えできますよ」
「言えないこともあるんですか?」
「はい。それなりに守秘義務がありますから」
「何か、すごい人間っぽいんですね。神様なのに」
「その方が話しやすいでしょう?」
「あ、そういう理由なんですね」
「はい。例えば、私が今ここで、こういう格好をしていれば死神に、天使に、エルフに、そう思うでしょう?」
「そうですね」
そう告げながら、私が姿を変化させてみせると、人間は驚いた様子で、目を見開いた。私は元の人間のような姿に戻って、微笑みを浮かべた。
「ですので、貴方が話しやすそうな格好にしています」
「ありがとう、ございます」
「いえ、こちらもその方が都合が良いので」
「そうなんですか?」
「はい。魂の安定感が違いますからね」
「魂の安定感?」
「はい。例えば、いつどこで死ぬ人生をこれから送ってくださいね、と説明しても、転生後に将来への不安感から自死したり、鬱状態になってしまう方がいらっしゃいますから、転生者の魂の安定感は重要なのですよ」
「なるほど。でも、ここでの記憶はないんですよね?」
「はい。ですが、影響はあるみたいです。根暗な性格になってしまったり、悲観的な性格になってしまったりする人が多いようですよ」
そうだ。だからこそ、転生前の事前説明を省略する神もいる。生物との対話に慣れていない神は、神との邂逅、対話によって、魂の安定感を損なってしまうことを恐れて、なるべく会わないようにしているらしい。
そういった神は、事故死や他殺ではなく、老衰や病死といった死因の生物を選ぶことが多いようだ。
まぁ、私も他殺された生物の転生は難しいだろうなと思う。
特に恐怖や痛みを覚えている魂は、安定感が大きく損なわれていて、それを修復させて、転生させるという作業が煩雑になる。
その作業は先輩によると、繊細で緻密で、面倒臭い、だそうだ。特に人間の精神への干渉は面倒臭いらしい。
「へー。それって、他の人から聞いたんですか?」
「はい。講習会の時とか、先輩からとかですね」
「その先輩って、さっきも言ってた先輩ですか?俺の世界の創造神?」
「はい。その先輩です。先輩は異世界転生システムをいち早く導入し、実績を積まれてきた方です」
「へぇ。それって、俺の世界で異世界転生ものの小説が流行ったことにも関係しているんですか?」
「えぇと、そうですね。先輩の世界では、間違った方向に進化してしまいましたので、その方向修正のために取り入れたと聞いています」
「間違った方向?」
「はい。魔力を活用せず、世界の真理を信仰するのではなく、解明しようとする」
「え?」
思わぬことを聞いたという人間に、私は安心させるように笑みを浮かべた。
そう。先輩の世界では、真理の信仰ではなく、解明に進んで発展した。
真理の解明という現象は、どこの世界でも少なからず、見られるものだ。
しかし、魔力を感知しない先輩の世界では、それが顕著で、そしてその方向への進行が早かった。
先輩はその進行を止める間もなく、止めることもできず、真理を奥深くに沈めることによって、世界を存続させた。
その過程で人間の文明が大きく発達し、人間は世界の果てや世界の原理にまで手を出そうとしていると聞く。
だからこそ、魔力を使わない人間という生物は、よく分からないのだ。当たり前に目の前にあるものを使わずに、予想外の力を発明して、その力を発展させる方向に突き進む。
その人間の行動には、一部の神たちから批判があった。そのような種族は絶えさせるべきだ。生物ごときが分不相応だ。
そういった助言のような批判を受けても、先輩は自分の世界を作り直さなかった。
これはこれで一つの良いサンプルになるだろう。他に宇宙とやらに突き進んだ世界は中々、無いだろう。これは誇れることでもあるだろう、と。
私はそんな先輩の強さを尊敬している。けれど、自分がやろうとは思わなかった。いや、できるとは思わなかったのだ。
だからこそ、少し、この目の前の人間に、非難するようなことを言ってしまった。私は慌てて、言い繕った。
「あぁ。ご安心ください。間違った方向に進んだことは、決して悪いことではありません。植物が片方にだけ、枝を伸ばしたことが悪いことではないように」
「え、そう、ですね?」
「はい。それに先輩の世界はそのことによって、人気になりました。膨大な魔力を持ちつつも、それを奪取することを考えるのではなく、平和を目指す思考を持つ生物が多いですから」
「え?魔力、あるんですか?」
「はい。筋力や体力と同じように存在します」
「えぇー、魔力あるんですか…………それなら、俺だけ魔力が使える地球でチート生活、とかやってみたかった…………」
「えぇと、その、転生先の私の世界には、魔力がありますので」
「でも、それって、皆が使えるんですよね?」
「そうですね。一般常識です」
「うーん…………」
何だか、転生すること自体を悩み出した人間に、私は慌てて確認を取る。
「あ、え、えっと、転生、してくれますよね?」
「え、あぁー、はい。まぁ転生自体は嬉しいので、します」
「良かったです。ありがとうございます。それでは行き先である私の世界についての説明を行います」
「えっと、それって、聞く意味があるんですかね?ここでのことは忘れるんでしょう?」
「はい。魂の安定のために必要です。あまりにも前世との乖離があると、離人感が強くなり、心身が不安定になります。それを軽減するために、事前説明を行います」
「へぇー」
そうして、私はマニュアルに沿って、各項目についての説明を行った。世界のこと、種族のこと、魔力のこと、社会常識、身分制度。色々と説明しなければならないことがあった。
こうも常識がかけ離れていると、説明も大変だな。
先輩の世界の生物は人気ではあるけれど、同時に説明が大変という噂もあった。先輩自身はその噂を否定しなかったし、私は先輩の世界のことも知っていたので、それは予想がついていた。
しかし、実際にこうして転生者の受け入れを行ってみると、説明が煩雑というのは大変なのだなと知ることができた。
魔力について、秘密に触れないように、一から説明しなければならないというのは、案外、難しい。
「今回は特殊な使命はありませんので、ステータスはこのような感じになっています」
「へー」
「それでは、転生の承認をお願いします」
「はい。って、どうやるんですか?」
「あぁ、転生すると宣誓してくだされば大丈夫です」
「宣誓?えぇと、俺は異世界に転生することを誓います?」
「はい。世界の創造神として、貴方の転生を承認します。それでは良い来世を」
「は、はい。ありがとうございました」
戸惑いながらも、頭を下げる人間を、私は世界に転生させた。
この短い間の出来事は、とても勉強になった。システム導入のためだけでなく、世界の統治のために、生物の理解のために。
うん、これから、この世界はより良くなるだろう。そんな気がした。
まぁ、私が創造神なのだけれど。




