わかってくれた
「今日は何回くらい絶壁にぶち当たった?」
先輩が運転する車内で二人きり。先輩は結構な頻度で僕を誘ってくるからもう慣れた。理由はわからないけど、佐々木先輩は怒るとか叱るとか一切してこない。誰に対してもではなくて、先輩の上に対してはすごく怒るし、怖いと思うときもある。僕を含めて後輩はみんな可愛がってくれる。だから話をしやすいのもあって、うっかり言ってしまった。
「僕、男なんです」
「そっかー、女子更衣室使うの嫌になった?」
しまった、と思ったんだけど、否定されなかった。逆に心配されている。この際だから全部言っちゃおうかな。
「僕は男だけど、性的対象は男なんです」
「ほー、BLだっけ?それとも衆道の方?」
「どちらも同じですね」
わかっているようでわかっていないようで。
「要するにさ、男の娘でありたくて、女装をしているって事なのかな?」
ここも説明するのが難しい。僕は男なんだ。でも…
「体は女なんです…」
「おー、説明が難しい感じかな?やむを得ず女子更衣室を使ってたけど性的な目で視ちゃうからって一瞬思ったんだけど、体が女性なら女子更衣室使わないといけないもんなー」
「はい…」
体は女なんだけど、僕は男なんだ。それで男好きなら女性であれば問題ない、と思うんだよね。今まで相談してきて全員同じ答えだった。理解してくれない。あくまでも僕は男が好きな男なんだ。僕は身体は女だけど、女じゃないんだ。
「憶測で話すけど、今までそういう相談して、全員理解されなかったんじゃない?んで誰も理解してくれない、って結論着いちゃって毎日絶望してたのかな?そうだとしたらさ、俺はその結論に異を唱えたいなー」
え?
「簡単に割り切れるんならそんな顔しないでしょ、それは自分を否定するって事じゃないかな?たまたま体が女だった、そして凛ちゃんは男が好き、もちろん誰でもいいって訳じゃないでしょ。その上でその気持ちにさ、まず自分が納得できてないんじゃないかなーと思ったんだけど」
「…はい…」
「確かに理解するのは難しいと思う。性癖なんて山ほどあるんだしそれを俺が否定するのはおかしな話だわ、そもそも性癖じゃなくて性別の話だもんね。全員同じって訳じゃないし、生物で言えば両性持ってるいきものだっているじゃない?簡単にわかるって話ではない、でもわかんないって拒絶するって事は絶対ないなー。下らないことではないし、このカミングアウトってすごく大切な事でしょ?俺としてはよく話してくれたって思う。少なくともさ、凛ちゃんのその悩みについて俺も考えられるんだもん」
…信じられない。肯定されたんだ、先輩は僕を認めてくれた上で一緒に考えてくれるって言ってくれたんだ。21年生きてきて、本当の意味で僕は理解者を得ることができたんだ。でも、なんだ。佐々木先輩は優しいから、ただ言葉通りに優しい答えを出してくれただけなのかもしれない。卑屈だけど、そうなる生き方になっちゃったから。
「ホント難しいよなあ…割り切る、ってそういう問題じゃないもんなー。割り切るって何が?車の話してる時にいきなり小型ラジコンヘリの話切り出されるときくらい滅茶苦茶な理論だもんなー…凛ちゃんごめん、煙草吸っていい?これ相当難しいわ」
まあ僕に拒否権はないので黙ってても吸うんだけど、今日はあえて拒絶してみる。
「煙草吸わないでください」
「却下です、吸わないと頭がパンクしちゃうよー」
ほら、結局僕が何言っても無駄なんだ。だけど先輩に対しては嫌悪感がない。いつもの事だからとはまた違う気がする、僕の中の気持ちがすごく嬉しさで溢れているからかもしれない。佐々木先輩じゃなければうっかりでも言う事もなかっただろうし、言って後悔はしたけどそれを忘れるくらいの嬉しさがとっても溢れてるから。心が動いてるんだ、だから涙が出てくるんだ。
「凛ちゃん、辛いことかもしれないし、茨の道だと思うけど、その辛さは分かることができなくてごめん。言葉並べるだけなら誰でも出来るし、金払えば行動だって出来る事だと、それは分かる。悔しいのは凛ちゃんのその思いをしっかり理解できるのが難しい俺の経験値が足りなさすぎる事だわ、凛ちゃんと同じ男として情けないよ」
煙を吐いて運転しながら先輩は僕を気遣ってくれる。本当にうっかり言っちゃってよかった。少なくとも僕は、独りじゃないんだと思えた。だから涙が止まらない。ここまで考えてくれたことがなかったし、両親にも言えなかったことがこんな形で帰ってくると思ってなかったから。この煙草の匂い、一生忘れない。少なくとも、明日は僕の前に壁はない。
「当然だけど周りには言わないから安心してねー、それは確実に約束できる」
上手い表現が見つからない…けどもしこんな感じの深刻な悩みを抱えている人がいたら…ってふっと思って急にこんな話に。