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第2章 魔竜出逢う

 世界が揺れる、世界が震える、世界が痺れる。

 俺の咆吼に、世界が揺れた。大気が震えた。巨躯が痺れた。

 もはや人の声ではない、醜悪な叫び声に、俺はますますその声を大きく上げていく。

 喉の奥から、この直視しがたい現実に対しての怨嗟の声を上げるが如く。


「グオオオオオオオオオオオッ!」


 狂ったように、俺は腕を振るった。

 漆黒の爪が、すぐ側にあった岩を斬り裂く。

 転がった巨体が、細切れになった岩を潰す。

 何が何だかわからなくて、でも少しだけ理解できてしまうが故に、俺は暴れ回った。

 紫炎の魔竜と化してしまった、元人間の自分。またもう一度眠りにつけば、元の世界が待っているのではないか。

 エレナが、その柔らかな微笑みを俺に向けてくれるのではないか――。

 一縷の希望を胸に、それ故に叫ぶことはやめられなくて、俺はとにかく周りの物に当たり散らかした。




 紫炎の魔竜が巣くっていたのは、大陸の端に位置する【魔竜の玉座】と呼ばれた山だった。

 霧に囲まれた【魔の森】を抜けた先に位置する岩山で、邪悪なる竜の玉座にはこれほど似合う場所もあるまいと思えるほどの、枯れ果てた山だ。

 ごつごつとした道を上った末に見えてくるのは、魔竜を屠らんと玉座へ向かい、そして敗北した者たちの末路。

 男の骨、女の骨、老人の骨、若者の骨、果ては子供の骨まで、寒々しい山肌の上に、それらはただ乱雑に投げ捨てられていた。

 魔竜に敗北し、そしてその腹を満たす餌となった冒険者か。あるいは、魔竜への贄として捧げられた憐れな民達か。

 どちらでも構わない。俺は、志半ばで果ててしまった死者に心で黙祷を捧げ、そして彼らから笑みを奪い、命すら奪った魔竜を屠ることに命を賭すつもりだった。

 それが、彼らへの一番の手向けになるはずだから。



 そうして俺が辿り着いたのが、魔竜の玉座の頂上だった。

 視線の先には、紫炎が揺らめく巨大な燭台に囲まれた岩の玉座に、ゆったりと寝そべる巨大な竜。 

 二対の禍々しい角。黒き翼、黒き鱗、黒き爪。漆黒でその身を覆い、高貴なる紫色ししょくの魔眼を持つ人の敵。

 竜族位階第二位【紫炎の魔竜】

 紫色の焔で、あらゆる物を灼き尽くすとされる、人に仇なす最強最悪の竜だった。


「……」


 竜は、人語を解すと言われている。

 だが、解するだけだ。自分たちよりも劣る人間たちの言語を使用するつもりは毛頭無いのだという。

 魔竜もそれは変わらないようで――むしろ、位階第二位の時点で推して知るべきか――その巨大な眼で俺を一瞥し、ゆったりとその体を起こした。

 贄ではないと判断したのだろう。

 ――自身の力量すら判断できない、阿呆な人間めが。

 四本足で立ち上がり、そして俺を見つめる魔竜の瞳は、そう語っているように思えた。

 圧倒的な威圧感が、俺の全身を打つ。地を踏みならし、自身の力を鼓舞するが如く、魔竜はその口を大きく開ける。

 規則正しく並ぶ、これまでに幾人もの人々を噛み砕き、飲み込んできたであろう牙が視界に入った。

 ――我を畏れぬか、矮小なる人間よ。

 小馬鹿にしたような、魔竜の声が聞こえた気がした。


「誰が畏れるもんかよ……。守りたい物がある限り、俺に恐怖はない!」


 背中の剣帯に収まっていた、愛用の両手剣を引き抜き、構える。

 腰を落とし、剣先に魔竜のあぎとを見据え、俺は挑発するような笑みを見せた。


「さあ来いよトカゲ野郎。翅ぶった斬って、地面這いずり回ることしかできなくさせてやる!」


 俺の侮辱を理解したのだろう。更に大きく口を開き、魔竜が吠えた。

 その咆吼は天を震わせ、地を揺らし、そして俺の全身を打った。

 世界の理からして、圧倒的に人間よりも高位にある竜。

 彼らから見てちっぽけな、それこそ石ころと変わらない存在である人間からの侮辱は許せないことなのだろう。

 魔竜が爪を見せ、牙を光らせ、翼を広げる。その姿は、敵ながら美しいと感嘆せざるを得ない物であった。


「グオオオオオオオオオオオオオッ!」

「……行くぜ、魔竜――」


 ――俺は、エレナをお前の贄になんかさせない!




 言葉ではない言葉をその口から漏らしながら、俺は転がった。

 どうしてこんなことになってしまったんだ!

 何故、俺が魔竜にならねばならない!

 どうして、どうして、どうして!

 あまりにも理不尽なこの現実。俺にはどうしようもないこの事実に、絶望の影を見た。

 エレナは、今の俺の姿を見て何というのだろう。

 彼女は紫炎の魔竜に捧げられる生け贄の少女が一人だった。

 この変な世界に飛ばされてきた俺を助けてくれたのがエレナで、俺はエレナを守るために世界を旅し、力を磨き、そして彼女の幸福のために、俺は魔竜を屠ると決めたのに。

 こんな、俺が、俺が魔竜になってしまっただなんて……。

 彼女が聞いたら、何という? 信じてくれるのか? 

 魔竜になってしまったと話すのか?

 言葉も通じないのに、何を伝える? どうやって伝える?

 そもそも、彼女に会えるのか……?

 考えれば考えるだけ、選択肢はどんどんと塞がっていく。

 希望の詰まっている箱に、蓋を閉めていくように、俺に残された光が、潰えていく。

 残るのは漆黒。闇、光も何も無い、ただ、竜として生きるだけの人生……。


「ウ、グ、オォォッ……ウォォォオオオオオオオ!」


 人の言葉を叫びたくても、今の俺にそれは出来ない。

 その事が、俺を更に絶望の淵へと追いやっていく。

 ああ、どうして! 何故! 俺が! このような目にあわねばならない!

 叫ぶ! 俺は叫んだ! だがその口から発せられるのは、ただの唸り声、竜の雄叫びだ!

 俺は、一体どうすればいいと言うんだ!


「――スィーピュア様! 落ち着かれてくださいまし! スィーピュア様!」

「……ぁ、ぅ?」


 その時だった。俺の叫び声の合間に、あの小さく甲高い声が聞こえてくる。

 俺は絶望に押しつぶされそうになる気持ちをどうにか落ち着けて、声の主を捜した。

 人間の時よりも幾分か広がったその視界に映ったのは、魔竜を二回りほど小さくし、パタパタとその翼を忙しなく動かしながら宙に浮かぶ、青色の竜だった。

 あのタイプは、飛竜だ。空を飛ぶことを何よりの楽しみとする小型の竜で、人に害を加えることはあまりない。

 そんな飛竜が、何故魔竜の住処に……? そしてスィーピュアとは……?

 湧き上がる疑問は、俺の心を覆っていた絶望を、少しだけ忘れさせてくれた。


「ふぅ……。わたくし危うく潰されてしまうものかと思ってしまいましたわ」

「……」

「珍しくお目覚めになるのも遅いようでしたし……。わたくし少々心配ですわ」


 青い飛竜は、感情を露わにその口を開いた。

 いや、開いたというのは語弊があるかも知れない。

 飛竜はその顎を動かしているわけではないのだ。

 頭の中に、飛竜の言葉が流れ込んでくると言った方が正しい。

 きっとこれは、竜族のみ扱えるテレパシーのようなものなのだろう。

 俺は、まずこの飛竜とコミュニケーションを取ることで、絶望的な現状況から脱するべく案を練ることに決めた。


「……あ、あー。あー。聞こえる?」

「勿論聞こえますわスィーピュア様! あなた様のお声が聞こえないなんて事があるはずありませんもの!」


 頭の中で、会話したいと願う目の前の飛竜のことを思い浮かべ、言葉を思い浮かべる。

 竜語じゃないといけないとか、そういうわけではないらしく、難なく会話は成立できた。

 次に聞きたいのは、【スィーピュア】という単語が俺を指しているのか否かということだ。


「……その、スィーピュアってのは、俺の名前?」

「スィーピュア様ったら一体何を仰って……当然のことですわ! ……ってまさかそんなことをお忘れに!?

 昨日の馬鹿人間との戦いで疲れていらっしゃいますの? ……ま、まさか記憶喪失!?

 と、いうことはもしかして合法的にスィーピュア様と既成事実を作ってしまうこともで・き・る・? きゃあっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……、そんなにテンションを上げられても」


 妙にテンションの高い飛竜に、俺は毒気を抜かれてしまう。

 聞きたいことはたくさんあるのだが、果たしてこれでまともな解答が返ってくるのやら……。


「な、なんだか今日のスィーピュア様は妙にわたくしに優しいですわ! ……折檻がないのが少々物足りない気もしますが、でも全然問題ナッシング! 

 もしかしてついにスィーピュア様にもデレ期が!? 不肖、ルゥルヴィルゥ、激しく感激ですわ! 

 ついにわたくしの努力が実りましたのね! もう感涙の涙を流さないわけにはいきませんことよ!」

「あーもうちょっと黙ってくれ頼む」


 げしり、と爪を振るうと、飛竜はあえなく地に落ちた。

 い、一応手加減したつもりだから大事にはならないはずだしそもそも相手は竜というか俺も竜だからもしかして規格外の力を持っているとかで大変なんじゃ……。


「あぁん、もうこれが無くては生きている気にはなりませんわぁ……」


 などと考えていたが、脳内に響いた妙に艶めかしい飛竜の声に、俺はもう少し強くしても良かったかも知れないと思ってしまった。


「なあ、君の名前を教えてくれないか?」

「へっ!? ま、まさかわたくしのことをお忘れになったと仰いますの……?」

「あー、いやー、うーん、まあそういうことかなあ」

「わたくしはルゥルヴィルゥ。あなた様のしもべではありませんか……。うぅ、悲しいです……」


 なるほど、飛竜の名はルゥルヴィルゥ、か。竜族ってのはみんな変な名前をつけたがるものなのだろうか。

 スィーピュアという魔竜の名前だって呼びにくいことこの上ないし、この飛竜に至っては同じような音が何個も続く。


「じゃあ、えと、ルゥルヴィルゥ。少し君に話しておきたいことがあるんだ」

「まあ、改まって何ですの? わたくしあなた様のためならばこの身いつでも投げ出す覚悟ですわよ。

 ……それにしても、なんだか口調も普段のスィーピュア様とは思えない気もしますが……、まあ気のせいですわよね!」


 気のせいじゃないと思うが……、まあ今はそんなことどうでも良い。

 魔竜スィーピュアの中身が元人間であり、ルゥルヴィルゥの慕う魔竜ではないことをまず知らせ、その上で協力を仰がねばならない。

 俺は意を決し、彼女(?)に語りかけようとして――、


「あ、そういえばスィーピュア様のためにわたくし腕によりをかけて料理を作りましたの!」

「……あの、俺は実はにんげ……って、え、料理?」

「はい! 昨日は活きの良い馬鹿人間が手に入りましたので、じゃじゃーん!」


 ルゥルヴィルゥがその短い腕で指さした先には。


 頭と。


 胴と。


 腰とを。


 見事に引き裂かれた上で、


 岩の槍に串刺しにされ、


 紫炎で炙られかなり良い塩梅に焼けている、




「お、俺の体があああああああああああああっ!?」



 元人間の俺の体があった。

登場人物(登場竜)

【紫炎の魔竜】スィーピュア

【碧空の飛竜】ルゥルヴィルゥ

この二体がメインで進むお話になりますね


折角なのでランキング登録してみました

もし宜しければどうぞ投票お願いします。

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