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第1章 魔竜目覚める

「……さま!  起きてくだ、せ! 起き、……スィーピュア様!」


 ガンガンガンガンと、銅鑼を鳴らしたような大きい声が、頭の中で鳴り響いた。

 気持ち良く寝ている俺を起こすために怒鳴っているのだろう。

 だが、わざわざ朝に弱い俺のことを起こしに来てくれる者などいないと思うのだが。


「スィーピュア様! ……おかしいですわね、普段ならば『黙れこのアホ飛竜が』と仰って折檻してくださるのに」


 頭の中で反響しているのは、まだ若そうな女の子の声だった。

 甲高い声は実に可愛らしい。口調がどことなくお嬢様チックなところとかは少し気になるが。


「スィーピュア様! そろそろお目覚めになっては如何です! スィーピュア様!」

「……ん、うぅ……」


 前言撤回。確かに可愛らしい声ではあるのだが、いい加減しつこい。

 俺は寝たい時に寝て起きたい時に起きる生活を送ってきた。

 それがこの世界での俺の過ごし方だし、文句を言う輩なんていなかったはずだ。

 ……ん? 一体俺はどうして寝ているんだ?

 俺の記憶が正しければ、ついさっきまで、俺は人々を苦しめていた竜族が一体【紫炎の魔竜】と一対一で戦っていたはずなのだが。

 お互いに一歩も譲らない戦いの中、俺と魔竜は満身創痍で、それでも自身の矜持のために剣とその牙を振るった。

 人よりも高い叡智を持つ紫炎の魔竜と、人の中でも選ばれた力を持っていた俺は、互いのプライドをかけて激しくぶつかった。

 幾度も剣と牙を打ち合わせていく内に、俺の体内に蓄積した魔力は殆ど切れ、魔竜も空へと舞い上がるための翼を切り落とされた。

 どちらも絶体絶命というギリギリの勝負の中、最後の賭けに出た俺は、ほんの少しだけ残っていた魔力を剣に込め、魔竜の弱点と謳われる角目掛けて跳躍した。

 角さえ折ってしまえば、竜の力は激減する。まだ、勝機が見えると考えたのだ。

 俺の狙いを理解したであろう魔竜もまた、自身の名にも冠する最大の武器、紫炎をその口から噴き出した。

 全てを焼き尽くす炎に対し、俺はそれを防ぐ手立てなど持ってはいない。

 高貴なる紫炎にその身を焼かれつつも、だが俺は自分が勇者であるという誇りの元に剣を握りしめ、そしてそのまま魔竜の角へと剣を振り下ろし――、




「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」




 ――振り下ろして、どうなったんだ……?




「スィーピュア様! やっとお目覚めですのね!」

「……んぁ?」


 知らない内に、俺は呟いていたのだろうか。

 俺の声を耳ざとく聞き取ったのだろう、キーキーと甲高い声が頭蓋の中に反響する。

 しかしまあもう少しトーンを落とせないのかこのガキンチョは。

 俺はしかめ面を見せようとして、どうにも顔の感覚が妙なことに気がついた。

 何というか、表情筋が動かない。思うように表情を作れない。

 長い間笑わないせいで、笑顔が作れないのと同じような……。

 ……いや、そうじゃない。

 そもそもにして顔の作りが全く違うような気がする。

 人の顔とは違う顔が、俺の首の上に乗っかっている……?

 嫌な予感に背中を粟立てつつも、俺はゆっくりとその眼を開いた。


「……?」


 俺の記憶していた、人間の視野とは全く違う世界がそこに広がっていた。

 視野は広く、自身の背後すらその視界に入り込んでくる。どういうことなのか。

 この世界ではもはや当たり前のことなのかも知れないが、俺は最近変なことに巻き込まれまくりな気がする。

 やれやれだ。俺はため息を吐こうとして、


「……ぇ」


 ため息が吐けないことに気がついた。

 むしろ、息を吸えない。息を吐けない。

 何が起こっているんだ? 落ち着け、よく考えろ。

 呼吸が出来ないというわけではない。今現に俺は物を考えられている。

 頭に酸素が回っていない限り、こんな芸当、人間には出来ないはずだ。

 そこまで考えて、二度目の、ぞわりとした感覚が背中を這いずり上がっていった。

 人間には出来ない事? ではもし、今の俺が人間ではないのだとしたら?

 肺ではなくエラで呼吸するようになってしまった、とか?

 世界を旅する孤高の冒険者から一転、エラ呼吸のデビルフロッグに格下げですか?

 一体どんな輪廻転生を経た末にそんなことになってしまうのか。そもそも魔物に成り下がるってどういう事だ。

 うがあああああああ、と心の内で叫んで、俺は自分の頭を抱えようとしたが、


「……ぅ」


 届かなかった。俺の腕は、俺の頭に、届かない。

 いよいよもって何が起こっているのかわけがわからない。

 自分の頭を抱えることが出来ないまでに、俺の体は縮んでしまったのだろうか。

 変貌してしまった自分の体を見るのは少し恐ろしくて、俺は恐る恐る、ゆっくりと、その手を目の前へと持っていく。


「……!」


 しっかりと、視界の中心に捉えた自分の手を見て、俺は思わず息が止まるかと思ってしまった。

 俺の、腕は、人の物とは、大きく、かけ離れた、モノ、だった。



 闇色の、鋭利な爪が四本、鈍く光る。

 全てを斬り裂く漆黒の爪は、獲物を求めてギラリと輝いているようだ。

 肌色の、血の通っていたはずの俺の手は、黒く鈍く光を反射する鱗に覆われていた。

 全てを弾き、防いでしまうのではないかと思わせる頑強な鱗。身を守るため、発達した器官。

 鱗は、人についていただろうか。この爪は、人のモノか?

 否。

 答えは否だ。

 ゆっくりと、俺はその視線を、手からその先へと降ろしていく。

 人のモノとは思えない大きさの手、そして爪。

 その先には、胸がある。だが人とは比べものにならないほど巨大な、胸。

 俺の全身は、手を覆うものと同様の黒光りする鱗に覆われていた。

 今更気がついたが、背中が重く、少しズキズキと痛んだ。

 首を動かす。動かした首ですら、もはや人間のモノでないことは明白だった。

 人間の首は、普通ここまで動きはしないから。

 内心で叫び出したい感情を押し殺しながら、俺は何がどうなっているのかを把握するため、それを見た。



 背中から生やされた、巨大な翼。


 俺の体で唯一、鱗で覆われてはいない、漆黒の翼。


 空へ舞い上がるためのモノなのだろう。二枚の漆黒が、そこにはある。


 そしてそれは、その翼は、斬り裂かれていて。


 赤黒い血を流しながら、今にも千切れそうな様相を見せていた。



「う、ぅあ……」


 あの、剣筋を。

 見間違えるはずもない。

 だって、何度も何度も目にしてきた剣筋だから。

 こんな世界に飛ばされても、生きるために、必死に磨いたモノだから。

 いつか、自分を救ってくれた人に恩を返せるように。

 そのためだけに磨き上げた、俺の剣技。

 それを、どうして見間違えようか。


「うああああああああああああああああああああっ!」


 俺は絶叫した。

 俺は、俺に傷をつけられた。

 違う。俺に、傷をつけられていた。

 俺は。俺は、オレは。




 俺は、竜に。

 俺の記憶にある、最強にして最大、そして最後の敵、



 【紫炎の魔竜】になっていた。

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