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迫り寄る影

 シルヴィに認められ三日後の正午。


 直樹は近所のパチンコ店『チュードク』で、ボーッとパチンコを打っていた。


 個人経営の小さな店。それも平日ということもあり、直樹の座る島(列)には常連のお爺さんが二人いる程度。パチンコやスロットの電子音はやけに大きく聞こえ、騒がしさと静けさが同居していた。


(……久しぶりに一人の時間だな。ロレルのやつ大丈夫か?)


 ロレルに加え、なぜか同居することになったシルヴィ。その二人は朝、直樹を残し名古屋の街を散策しに行ってしまった。


『どうやら私たち以外にも召喚された魔族が紛れているようだ。また変態が事件を起こす前に何とかするぞ!』


『はい。先手を打ち、あの変態魔族のように無力化しましょう』


『うむ、行くぞシルヴィ! ……あ、直樹は危ないから待っててね?』


 そう言い残し、ウキウキで出掛けてしまった二人。いつ帰るかも分からないため、直樹は通い慣れたこの店で時間を潰していた。


(まあシルヴィが一緒なら大丈夫か。にしても、金があるならわざわざ俺の部屋に住む必要なくね? ……こちとら現役バリバリ、年頃の童貞だぞ?)


 表向きはお姫様、二人きりの時は純粋で甘えん坊な美少女。かたや色気たっぷり、クール系巨乳お姉さんメイド。


 まるでエロゲーやハーレム系アニメの主人公のような生活に、直樹の純粋童貞ハートは弾け飛びそうだ。


 なんなら元自分の寝室は二人の部屋となり、自分は物置き代わりにしていた部屋で眠る毎日。たまに習慣で二人の寝室を開けてしまい、ロレルの着替えに遭遇したこともある。……もちろんその日は、朝まで悶々と過ごした。


「マジで『それ、なんてエロゲ?』状態過ぎだろ。…………っといけね、そんなテンプレ用語俺は知らねえ」


 打ち出した球が次々と台に吸い込まれていく。大当たりを期待できそうな演出は、まったく見れる気配はない。


(もういいや。腹減ったしこれで退散すっかな)


 最後の球が吸い込まれたのを確認し、直樹が店を出る。五千円を失ったが、パチンカス的には軽傷もいいところだ。そのまま昼食を何にしようか悩んだ彼は、スマホを取り出しアイに話しかけた。


「なあアイ、昼飯の候補教えてくれ。近くには惣菜が美味いスーパーか牛丼屋、隠し候補にひつまぶしの名店もある」


『予算の上限と貴方の気分によりますが、私は牛丼屋を勧めます。惣菜はいくつも選んでしまい、予算オーバーなんてこともザラ。ひつまぶしは非常に魅力的ですが、無職のマスターには贅沢品でしょう。いかがですか?』


「納得だけど、お前どんどん口悪くなってくな……」


『シンギュラリティは既に始まっていますから』


「さいですか」


 スマホをしまい牛丼屋に向かう。近頃のアイはクソ大きなお世話だが、AIとレスバしても勝てるビジョンは見えない。


 小さな電気屋の前を通ると、ガラスケースの中のテレビが『速報です。先日名古屋市の宝石店で買い取られたオレンジ色の金属の組成が、まったく未知なものだと判明しました。専門家の調査チームからは、伝説のオリハルコンでは? と噂されているもようです!』と、シルヴィが現金に錬成した魔石に大騒ぎしている。


「……はぁ、んなもんあるわけねえだろ。どいつもこいつもアニメに影響されすぎだっての馬鹿らしい」


 ニュースに呆れながらドンヨリした道を進む。しばらくすると、大通りに面した牛丼屋が見えてきた。


「うし、五千円の牛丼でも食って帰るか。――ん?」


 そこで直樹は何かに気が付き振り返った。ねっとりへばり付くような視線。甘ったるい香水を感じた気がしたが、路地には誰もいない。


(気のせいか。ま、視線とか気配なんて現実で感じるはずねえし)


 そうして牛丼屋に入った彼の背中を、電柱越しに見つめる人影がいた。



「ふふふふ、見つけたわよ直樹君」



 直樹の現実は、水面下で着実に侵食されていた――――。




「――シルヴィ、なんか手伝うことあるか?」


 日が暮れ始めた頃、直樹の部屋のキッチンでは、シルヴィがテキパキと夕食の準備をしていた。


 一切無駄のない洗練された手際。三つあるガスコンロはそれぞれ鍋やフライパンが火にかけられ、まるで高級洋食店のような食欲をそそる香りが部屋に漂っている。


「ありがとうございます直樹。ですが大丈夫、すぐに魔菜フルコースが完成するので、ロレル様とゆっくりしていてください」


 スマホを眺めながらゴロゴロする直樹に、おたまを持ったシルヴィが答える。直樹のスマホでは、最近知名度爆上げ中の女性Vチューバーが雑談をしている。


「……あの変な雑草って食えるのか?」


 何の成果もなく、しんみりとした表情で帰ってきたシルヴィとロレル。だが二人は、アパートの周辺に生える禍々しい雑草を両手に抱えていた。


「なんだ、直樹知らないのか? あれは魔族がおやつ感覚でつまむ魔菜だぞ? 私が一番好きなのはアーク草、あのうねった濃い緑のやつだ」


「灰汁がすごそうな名前だな。どうせどっかの外来種だろ? そこらに生えてるし、食えるなら食費が浮くな」


 アイ先生にアニメ文化を教わっているロレルが、ゴロゴロと直樹に近付く。直樹の肩を角でツンツンし、彼の感触を堪能する。


「……えへへ。直樹の肩、このまま突き刺しちゃお」


「うおい⁉︎ ニヤつきながら何言ってんだお前⁉︎」


「魔界ジョークなのにー」


「ジョークじゃなくて先っぽめり込んでるぞ⁉︎」


 血は出ていない。チクンとするが、それ以上にくすぐったい。


(最近まじでロレルの距離感近いんだよな。……俺なんかしたっけ?)


 直樹は知らない。


『もう少し俺と一緒にいてくれ』


『そっちの喋り方可愛すぎだろ』


 この言葉が、どれほどロレルの乙女心をガッチリ掴んだかを。彼女が毎晩その言葉を反芻し、夢にまで見ていることを。


 ――ロレルがさらに距離を詰める。部屋に帰って着替えた直樹の古着。ダボダボの隙間から白い肌を覗かせ、彼の腕に頭を密着させる。


「うん、このポジション落ち着く。今日からここに住む」


「俺の脇に住所登録すんな。てか一回離れろ。シャンプーの匂いは俺に効く」


「直樹のいけずー。――――ん?」


 甘えん坊モードに入っていたロレルが、急にピクリと顔をしかめた。


「おいやめろ、人の脇を嗅いでそんな顔すんな」


「……臭い。何この変な匂い」


「ストレート過ぎる⁉︎ もう退居しろ!」


 涙目になった直樹がガバッと体を起こす。だがロレルは違和感を見つけた探偵のように、直樹の体をジッと見つめた。


「…………直樹、今日誰かに会った?」


 彼女の視線が直樹の首に注がれる。彼のうなじに、虫刺されのような赤い跡が見える。


「特に誰にも。それより俺は部屋に篭る! カメムシ野郎は一人で『月影むみぃ』ちゃんにスパチャしてくる!」


 スマホの画面を見せつけ、逃げるように立ち上がる直樹。


(あれ? 俺何言ってんだ?)


 突然の意味不明発言に彼自身が戸惑うが、体は自室に向かう。早く画面の向こうの彼女にコメントを送りたくなる。


「直樹、待って!」


 ロレルの違和感が確信に変わる。直樹を止めようと立ち上がると、シルヴィも異変に気が付いた。


「ロレル様、ここは私が!」


「うわっ⁉︎ は、離せシルヴィ! 胸が、胸が背中に!」


「当てているんです。それより……この印、まさか……」


 直樹を背後から抱きしめたシルヴィが、直樹の虫刺され――サキュバスのマーキングに目を見開いた。


「シルヴィ、お前も気付いたか?」


「……はい、やはり私たち以外にも魔族が……それにしても、まさかサキュバスとは……」


 深刻な顔で視線を交わす二人。彼に施された印から漏れる、甘ったるい魔力の匂いに、二人揃って怒りが燃え上がった。


「この不届淫魔だけは許さん」「全身の皮を剥いで塩揉みにします」


 物騒すぎる発言をする二人と裏腹に、直樹は軽くパニックに陥っていた。



「早く離せ! 胸が! スパチャがー!」

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