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完璧メイドの3つの試験

ここから二章になりまする

 レオタードすね毛ロリコンに襲われた翌日。


 窓から薄い朝日が入る元物置こと直樹の寝室に、違和感ありまくりな美人メイドが正座していた。


「――というわけです。遅くなってしまい申し訳ありませんロレル様」


 美人メイド――シルヴィが、ロレルに深々と頭を下げる。表情は至ってクールだが、その一挙一動から申し訳なさが滲んでいる。


「なるほどな。お父様から離反し、単独で私を追ってきたのか。しかもお父様の魔石コレクションをくすねてこっちの活動資金にしてたとは――グッジョブ! よくやったぞシルヴィ!」


 直樹の背中に湿布を貼っていたロレルが、親指をグッと突き立てる。直樹は二人の会話を聞きながら、自分が大きな勘違いをしていたんじゃないかと考えていた。


(もしかしてロレルって、めっちゃ金持ちの家の令嬢? このメイドさん、多分ガチなメイドっぽいし、ロレルに付き合って同じコスプレしてるし)


 ロレルのコスプレ仲間からガチメイドにアップデート。根拠はシルヴィの纏う雰囲気と有能オーラ。どちらも一朝一夕で身につくものではない。


「――それともう一つ。どうやらこの世界には魔素がほとんどないようです。魔界なら無制限に発動できた能力も、ここでは恐らく三回が上限。回復する手段はありません」


「ふふふ、それなら心配ないぞ? 私の体感によれば、このアパート周辺にはなぜか魔素が存在している。あまり連発はできないが、一晩休めば上限三回分の魔力は回復するだろう。……多分」


 そして始まる魔族会話キャッチボール。直樹にしたら、シルヴィが厨二病のロレルに付き合っているとしか思えない。


「なんと……流石ロレル様。まさかそのためにこの人間の部屋を拠点に?」


「……それは関係ない。私が直樹といたいだけだ」


「…………なるほど、そういう感じですか。少し見ない間に成長されましたね。――ところで直樹、何か言い遺したいことは?」


「なんでだよ! 俺はまだロレルになんもしてねーぞ⁉︎」


 かと思えばとんでもない流れ弾が飛んできた。寝そべっていた直樹に、シルヴィの殺気が向けられる。


「でしたら今のうちに消しておくべきですね。ロレル様を誘惑した罪、その身で味わいなさい」


 背中越しに危険を感じた直樹が、痛む体に構わずゴロリと転がる。その瞬間、シルヴィの拳がズドッ! と布団に突き刺さった。


「逃げないで下さい。痛くしません」


「よくそんな嘘つけるな⁉︎」


「嘘も方便です」


 もう一度メイドパンチを構えるシルヴィ。その動作はいちいち流麗で、彼女が只者じゃないこと、アレに殴られたら無事じゃ済まないことを直樹に悟らせる。



 そこに――。



「やめろシルヴィ! 直樹は私の恩人だ! 手を出すなら、お前でも許さんっ!」


 ロレルの凛々しい声が轟いた。シルヴィをキッと睨み、直樹を守るように、シルヴィの前に立ち塞がる。


「ろ、ロレル……」


「……大丈夫。心配しないで直樹」


 チラリと振り向いた彼女が、直樹にだけ聞こえるように囁く。その声と表情は甘く、そして優しく、直樹からヘロヘロと力が抜けた。


(た、助かった……いや待て、そもそもなんで俺が襲われなきゃいけねーんだよ。俺はロレルを保護してただけなのに)


 もっともな怒りがふつふつと湧き上がる。


「分かりました。ロレル様がそう仰るなら手は出しません。……ですが」


 ジロリと冷たい眼光が直樹に向けられた。


「彼がロレル様に相応しいか見極めます。ロレル様、直樹と二人で話をさせてもらえますか?」


「断る。なんで俺を殺そうとした凶悪メイドと――」


 間髪入れず直樹が拒否を口にする。しかしシルヴィの本気を悟ったロレルは、真剣な顔で頷いた。


「分かった。お前は私に嘘をついたことはない。直樹に変なことをしないと誓うな?」


「ちょ、待てよロレル、勝手に決め――」


「もちろんです。この命に賭けても」


「いやだから俺の話聞いて……」


 彼の意思に関係なく二人が話を進める。そしてロレルは大きく頷くと、直樹にもう一度向き直った。


「大丈夫だよ直樹。シルヴィはとっても優しいから。――私、朝ご飯作ってくるね」


 ニコリと微笑む彼女に、直樹が見惚れる。そのまま寝室を出て行ったロレルが、扉をカチャリと閉めた。


「……ハッ⁉︎ ロレル、コンロは使うなよ! レンチンとオーブンで頼む!」


 咄嗟にそれだけ伝えると、扉越しに「任せろー!」と元気な声が聞こえた。



「――さて、先ほどは失礼しました。早速ですが、貴方に三つほど尋ねたいことがあります」


 そうして直樹の心の準備も待たず始まるシルヴィの質問という名の尋問。美しい正座を見せる彼女に釣られ、直樹も布団の上で慣れない正座を組む。開始二秒で足がジンジンし始めた。


(なんでこんなことに……なんて言っても始まらねえか。――シルヴィとか言ったっけ、嘘は通じなさそうだな)


 ロレルに負けず劣らず整った顔と、日本人離れした水色の瞳。ロレルに対してはわずかに柔らかかった目元は、直樹を冷たく見据えている。


(…………やべ)


 控えめにいっても超美人。オマケに大人の魅力たっぷりな彼女に、直樹の怒りは吹き飛んだ。それどころか、今自分が置かれた状況に手が震え始めた。


「な、なななんだよ、何を聞き、聞きてーんだよ」


 異性への免疫力の無さ。ロレルには発動せず忘れていたが、直樹はしっかり童貞だ。シルヴィは少し首を傾げたが、尋問を開始する。


「まず一つ目。貴方はロレル様のどこを愛しているんですか?」


「ぶはっ⁉︎ なな、何言ってんだお前! おおお俺は別にあいつのこと、その、愛してなんかいねーよ!」


 いきなりの豪速球に直樹が怯む。


 一九八九名。これが今までロレルの求婚を申し出た魔族の数。皆魔王の血族になろうと、その絶対的な権威を求め――そしてシルヴィに振るい落とされた数。


「……なるほど。つまりロレル様はただの遊びだと」


「そ、それも言い方最悪だろ! ……んなもん分かんねーよ。今まで誰とも付き合ったことねーんだぞ…………だけど、ロレルとは気が合うし……一緒にいて疲れねえ……てか普通に楽しい。こんなの初めてだし、俺だって戸惑ってんだよ」


「……次の問いです」


 未だかつてない回答に、シルヴィが目を細める。過去に誰もがロレルへの愛を熱弁してきたが、直樹のソレはまったく違う。


「貴方から見てロレル様はどのような方ですか?」


 第二問。ここまでは過去の魔族たちに与えてきた猶予。そして実質、この先に進んだ者はいない。誰もがロレルの高貴さ、気高さ、美しさを、つらつらと耳にタコができるほど語ってきた。


 だが――。


「な、なんだよ、さっきの方が攻撃力高いって意味不明だろ。――だ、だけどアレだ、あいつは泣き虫で甘えん坊で寂しがりでおっちょこちょいで、ずっとコスプレしてるイタイ奴だ。……それと馬鹿みたいに素直だな」


「…………なるほど。よく分かりました」


 まさかのディスを交えた答え。やはり前代未聞の回答に、シルヴィは瞳を伏せ、「ふぅ……」と息を漏らした。


 そして――。


「これが最後の問いです」


 熱く潤んだ瞳を開き、頬を赤く染め、突然直樹を押し倒した。


「へっ⁉︎ なななななんだよ! 何する気だよお前!」


「……貴方のことが気に入りました。ロレル様より……私を選んでくれませんか? 命じてくだされば、貴方の慰みモノにでも、何にでもなります……」


 器用に片手でブラウスのボタンを外しながら、トロけた表情を直樹に近付けるシルヴィ。開かれた胸元には、大き過ぎる膨らみが二つ揺れている。


「………………は?」


 直樹の頭が真っ白になった。シルヴィのあまりの変貌ぶりに、その魅力的過ぎる誘惑に、身動き一つ取れなくなる。


「そのまま動かないでください……私の全てを、貴方に捧げます……」


 濡れた唇が迫る。甘く熱い吐息が顔にかかり、頭の芯が冷たく、しかしマグマのように熱くなっていく。


 そして――。


「――やめてください。無理、まじで無理っす。アンタは美人だし、めちゃくちゃ色っぽいけど、いきなりこんなの間違ってる」



 直樹の手が、シルヴィを押し返した。



「……何が間違っているんですか?」


 シルヴィはまだ瞳を潤ませ、彼を誘惑する。


「……アンタ無理してるだろ。肩が震えてるぜ? 何でそこまでしてロレルを守りたいのかは知らないけど……自分のことも大切にしろよ……せっかくそんな美人なんだから」


 耳まで赤くして、まさかの説教を口にした直樹に驚き、シルヴィは初めて口元をほころばせた。


「……ふふっ」


「な、なに笑ってんだよ! 早く離れろよシルヴィ!」


「分かりました。……合格です直樹」


 静かに告げ、シルヴィの体が離れる。どこか満足げに微笑むと、ゆっくり立ち上がった。


「……貴方にならロレル様を任せられそうです。…………ああ、それと」


 扉に手をかけた彼女が、もう一度直樹に振り返った。


「…………さっきの言葉、撤回はしないでおきます」


「え……」


「では」


 そのままカチャリと扉の向こうに消えていくシルヴィ。直樹が最後に見たのは、艶っぽく濡れた表情だった――。

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