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変態とメイド

 ――――直樹がロレルを保護して、あっという間に二週間が経っていた。


 リビングには昼に食べた味噌カツの容器が転がり、カーペットに転がる二人は、窓の外から射す日差しを受け微睡んでいた。


「……なあ直樹ー、ひまー、眠いー」


「分かりみ深すぎー、けど勉強しろよー?」



 そして二人は、めちゃくちゃ普通に打ち解けていた。



 グレーのスウェットというダラしない格好の直樹はともかく、魔王の娘のロレルも、ダボダボでユルユルの白シャツと短パン姿。胸にはデフォルメされた猫がプリントされている。


 百三十年、常に気を張って生きてきた彼女にしたら、初めて人目も気にせず過ごせる怠惰な日常。鞭を与え続けられた先に手に入れた飴の海。その落差は、彼女の高貴さや気高さを容易くぶち壊していた。


「分かってるー。……やれやれ、アイ、起きろー」


 ゴロゴロしたまま直樹のお古のスマホをタップするロレル。すっかり慣れた手付きでアイを起動させ、眠そうな声で話しかけた。


「なあアイ、この前の続き教えろー」


『分かりました! では前回に続き、近代に起きた技術革新とそれにより起きた世界への影響、及び日本と世界の経済発展について語らせていただきます!』


「頼んだー」


『では早速。近代の技術革新はイギリスの産業革命から始まり――』


 アイがつらつらとイギリスの発展について語り始める。ロレルはそれを夢うつつに聞きながらも、魔族の――とりわけ魔王家特有の優れた記憶力により、漏らさず頭のメモリに刻んでいた。


(やれやれ、一時はどうなるか心配だったけど、なんか全然普通だな。まじでロレルの父ちゃんや警察からも連絡ないし)


 ロレルの現代的すぎる勉強風景を見ながら、直樹もうつらうつらする。


 この二週間、直樹は彼女の生活用品や衣類を揃えるため大須商店街や栄のデパート、地下街を、ロレルを連れて歩き回った。行く先々で目を輝かせ質問責めしてくる彼女に、自分の知る知識、たまにアイに助けてもらいながら答え、割と充実した生活を送っていた。……ちなみに競馬貯金は二十万吹っ飛んだ。


「またバイトすっかなー。ダリぃけど……」


 あと半年は今の生活を続けられる。しかしその先のことをボンヤリ考え、かなり億劫になった。


「ねー直樹ー、聞きたいことがあるんだがー?」


「なんだー? 難しい話ならアイ先生に聞いてほしいんだがー?」


 ダラけた彼女に釣られ直樹もダラけまくる。お互い気を遣ったり、変に気取らなくていい関係は、直樹にとっても初めてのことだった。


「なんで日本の若者は政治に興味がないんだ? 経済と政治は魔界でも密接に関わっていたのに、若者は自分たちの将来がどうでもいいのか?」


「さっきまでの温度差にビビる。……けどそれはしゃーない。政治家もメディアも信用できねーし、SNSだって眉唾の情報に踊らされる馬鹿ばっかだ。自分で判断材料集める労力を考えたら、無関心の方が楽なんだよ」


「おお、流石は自称現実主義者。それっぽい言葉を並べて面倒から逃げるのは得意だな」


「急なディスやめろ。理不尽すぎて草も生えねーよコスプレニート」


 すっかり慣れてしまったが、直樹は彼女の身の上話を信じていない。一度「学校はどうすんだ」と聞きかけたが、自分の過去が浮かび口を噤んだ。


「ふふふふふ。それじゃもう一つ質問。――私にして欲しいこと、本当に何もないのか? 直樹には世話になってるし、私にできることなら何でもするぞ?」


 ズリズリと這い寄ってきたロレルが、青く澄んだ瞳で直樹を覗き込む。近くにある直樹の顔に少しドキドキしながら、彼を真っ直ぐに見つめる。


 彼女は直樹に感謝していた。新しい生活をくれた、自分に遠慮なく軽口をきいてくれる彼に、徐々に惹かれ始めていた。


(こ、こいつ、無自覚すぎんだろ! それか狙ってんのか⁉︎


 ユルいシャツの隙間から、彼女が選んだ水色の下着がチラ見えした。オマケにプルンと瑞々しい唇が直樹の煩悩をダイレクトに刺激する。


「べ、別にないって言っただろ。またキッチン焦がされたらたまんねーし大人しくしてろ」


「ぐぬぬ……」


 直樹はそっぽを向き、赤くなった顔を彼女から逸らす。しかしなぜか負けた気分になり、ささやかな反撃に打って出た。


「……あ、だったら普通に話せ。なりきり口調には慣れたけど、やっぱイタイぞ」


「そ、それは断る! 人の喋り方にケチを付けるな!」


「なんでもするんじゃねーのかよ……」


 反撃成功。戦果はないが悪い気分じゃない。


「いいからその話は終わりだ! それより直樹、暗くなる前に夕飯の買い出しに行くぞ。今日は少し冷えるし、『直樹の気まぐれ味噌煮込みうどん』だ!」


「勝手に俺を気まぐれシェフみたいにすんな! けど味噌煮込みうどん採用!」


 直樹は彼女の仕草にトキめきながらも重い腰を上げた。



 窓の外には、灰色の空が広がっていた――。




 夕陽と灰色が混ざった空。近所の激安スーパー『デラ安』の帰り道を、二人は並んで歩いていた。


 直樹の両手には肉や野菜が詰まったエコバッグが、ロレルの手にはお菓子や菓子パンの詰まった軽めのビニール袋が握られている。


 二人とも気の抜けた部屋着。はたから見たら似てない兄妹のように映る二人。実際、学校帰りだろう学生たちはロレルをチラリと見ては「……可愛い妹うらやま」「角と翼コス? そういうプレイか?」などと、勝手なことを言って去っていく。


(どこが妹に見えるんだよ。ま、優越感はヤベーけど)


 ドヤりたい衝動を抑え、人通りがほとんどない道に入る。直樹の腕に鳥肌が立つが、「冷え込んできたな。ロレル、寒くねーか?」と、外気温のせいだと決めつけていた。


「問題ない。むしろ過ごしやすいぞ? ほれ、翼もツヤツヤだ」


 彼女の翼は光沢を帯び、パタパタとはためく。それは気温ではなく周囲の魔素の影響だが、二人は知る由もない。


「分かんねーって。にしても電池持い良いなそのグッズ。ソーラー発電機能でも付いてんのか?」


「……はぁ……もういい、そんなところだ」


 ロレルはいくら説明しても無駄だと諦めた。それに信じてもらえなくても、これといって不都合はない。むしろロレルが見てきた限り、彼はアニメや漫画を毛嫌いしている。だから勘違いされたままの方が良いとさえ思っていた。


 アパートが見えてくる。道の脇に茂った雑草、心なしか空気がジトリと生温くなり、薄暗い空には鳥のような黒い影が見える。普通の人間なら寒気を感じて引き返すだろう。


「うし、とりま帰ったら飯の準備すっか。ロレルはいつも通りゴロゴロしてろ。……あ、風呂掃除だけ頼むわ」


「任せろ。さっき買ったスポンジの力を試す良い機会だ!」


「大げさだな。まあ頼むわ」


 もはや魔王女としての面影はない。直樹もそんな彼女に温かい気持ちになり、自分の置かれた状況はラッキーじゃないかと思い始めた。


(……普通に楽しいなちくしょう。これがリア充ってやつか?)


 直樹の顔が緩む。「任せろー!」と、ズンズン進むロレルの背中を眺め、自然と頬がほころんでしまう。


 空から大きな影が急降下を始め、一直線にロレルに向かう。


「……なあロレル。お前さえ良ければだけど……行くアテが見つかるまで、俺と一緒に…………ん?」



 ――そこまで言いかけ、直樹は信じられない光景を目にした。


 突如視界に飛び込んできた、黒い翼を生やしたレオタードの変態。空から舞い降りてきたように見えた圧倒的な変態が、ロレルの背中に抱きついたのだ。


「んにょわっ⁉︎ い、いきなりどうしたんだ直樹! こういうのはもっとお互いのことを分かり合って、ちゃんと手順を踏んでから……って……はぁ⁉︎」


 抱きしめられたロレルが、振り返ると同時に固まる。それを見ていた直樹も、石のようにカチンと固まった。


「俺は覚醒せし堕天使魔族マコート! その人間から同胞の君を助けに来た!」


「へ……変態……変態だああああ! 直樹、このド変態魔族を何とかしてくれええええ!」


「――――――はっ⁉︎」


 指名された直樹の時間が動き出す。状況は意味不明。初めて遭遇したリアルな事件現場――それも見ての通り変態コスチューム通り魔に体が震える。一瞬この場から逃げ出したくなったが、ジタバタ抵抗する彼女の悲鳴に、体が突き動かされた。


「ろ、ロレルから離れろクソレオタード野郎‼︎」


 拳を振り上げ堕天使魔族を自称する山口に突進する。しかし山口はそんな見え見えのテレフォンパンチにビビることもなく、翼をバサリと振り突風を発生させた。


「近寄るな人間。貴様など触れるまでもない」


「うおおおっ⁉︎ 何だこの風! ぐぎぎぎ……どわっ⁉︎」


 踏ん張って耐えようとした直樹だが、派手に吹っ飛ばされる。ゴロゴロと地面を転がり、電柱に背中を打ちつけた。


「……ってぇ……こんな突風が起きるなんて天気予報で言ってなかっただろ……」


「直樹っ⁉︎ 大丈夫か⁉︎」


「いや無理、今ので肋骨と背骨全部折れた……」


「クソ雑魚過ぎないか⁉︎」


 もちろん折れてはいない。しかし全身を強く打った直樹は立ち上がることもできず、ゴロンと仰向けに転がる。


「さあ邪魔者は片付いたぞ同胞――いや、マイエンジェル。後は俺の部屋でねっとりと愛と力を高め合おう……」


「ひいっ⁉︎ ま、まさかこいつが召喚者か⁉︎」


 これももちろん違う。山口はこの二週間、教本(女装転生)を参考に仕事と瞑想に明け暮れた。その結果、プラシーボ効果により魔力が高まり、同時に感情の昂りがマックスに達していた。……そして彼はロリコンだった。


「うひひひひ! ああそうさ、君は俺の望み通りのプリティーエンジェル! 俺が願った結果、君のような天使に出会えたんだ!」


 魔素は魂・感情の揺れに反応し集まる性質を持つ。キショい欲望の臨海突破。その後に続いた妄想に取り憑かれた瞑想は、着実に山口に力を与え、さらなる妄想の海に彼を沈めていた。


(わけわかんねぇ……けどこのままじゃ、ロレルが変態に攫われちまう……なんとか、しねえと……っ!)


 アスファルトに手を付き、ヨロヨロと体を起こす直樹。体中が痛み、頭がフラフラするが、ロレルを失う恐怖が彼を奮い立たせた。


「ロレルを、離せ……変態、ロリコン犯罪者……」


 せめてもの口撃を繰り出し、産まれたての子鹿のようにガクガクと立ち上がる。そして山口を睨み付けたその時――――。



 メイド服をヒラリと靡かせた、『彼女』が視界に入った。

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