第Ⅰ章ー5 思惑
「――エルフェウスが、あのエフェウス様の偽者だと知っていたのですか? それと……あなた方はいったい、何者なんです?」
戦いの喧噪が去り、静寂が戻った頃。ラーズはヨーコとジップに向き直り、問いをかけた。
強靭なモンスター《ブラッドクロー》の攻撃を受けても傷一つ付かぬ頑丈な装備。
常人を遥かに凌ぐ力と、淀みなき身のこなし――彼の知る限り、こんな戦士は見たことがない。
なぜ、その力を持ちながらも、エルフェウス率いる自警団に身を置いていたのか。
なぜ、洞窟の奥で別行動を取っていたのか。
胸に渦巻く疑問は尽きなかった。
「あぁ…すまない。お前たちには話しておこう。」
ジップと何やら話していたヨーコが、こちらに顔を向けた。
そして、ゆっくりと歩み寄ってくる。
ジップも、その後ろに続いてきた。
「私はエルネシア聖皇国魔道騎士団、第一部隊所属ヨーコ・アストレインだ。改めてよろしく頼む。」
「同じくジップ・カーヴィンです。騙しててごめんね。」
二人は肩に巻いた布を外し、その下に隠されていた聖皇国のエンブレムを示した。
「ま、魔導騎士団……だって!?」
ラーズは思わず声を張り上げてしまった。
『エルネシア聖皇国魔導騎士団』
“蒼炎の賢者”エフェウスを総隊長とする、聖皇国最高の精鋭部隊である。
その中でも第一部隊は、歴戦の勇士を揃えた主戦力。二十年前の大戦では計り知れぬ戦果を上げ、エフェウスと共に幾多の名誉勲章を授かっている。
「私たち二人は、浮遊島アリオナ地区の防衛任務に就いている。資源の採取と、領域の防衛が本来の役目だ。だが近年、地上で他種族の侵略活動が活発になっていてな……やむなく降り、こうして各地を調べ歩いていたというわけだ。」
ヨーコがそう告げると、今度はジップが口を開いた。
「君たちも知っている通り、この岩石の洞窟では本来おとなしいはずの魔獣が、突如として牙を剥き、村人や商人を襲う――いまや深刻な問題になっているよね。」
「はい」
その通り、とラーズは短くうなずいた。
「それだけのことなら、僕たちがわざわざアリオナから降りてくる必要もない。エルネシアの聖都エルセリオンで待機している仲間に頼めば済む話だ。だが、変な噂が流れたため、僕たちが派遣されたのだ。」
「変な噂……?」
「その噂とは大賢者エフェウスが禁忌を犯し、騎士団を解任された。その恨みで、凶悪な魔獣を引き連れ、町や村を襲っている。というものなんだ。」
「そんな馬鹿な……」
「馬鹿馬鹿しい話だよね。でも、噂が占領区全土に広まっている以上、無視はできない。実際に起こっている問題も大きい。そこで、地上に馴染みのない我々が派遣され、調査しているわけだ。それも、エフェウス様直々の命令でね。だからさっきのエフェウス御一行も偽者だとわかった上で、一緒に居たんだ」
「なるほど……でも、問題はまだ残っているわけですね……」
「あのエルフェウスとかいう連中は、最初から問題ではなくて本物のエフェウス様は、ある事情でエルネシアの聖都エルセリオンの本部から動けないんだ。ただ、どうやらその事情が外部に漏れた可能性がある。今その人物を探っているところなんだ。」
「そんな軍の機密事項を私たちに話しても大丈夫なんですか…?」
「―待て。……誰だ!」
ヨーコが突然ジップの話を遮り、皆に制止の合図を送った。
そのまま、暗がりに向かってスルーナイフを放つ。
キィィィン
乾いた金属音が洞窟の奥に響き渡る。
「よく気がついたな…ククッ…」
暗がりの先から、真っ黒なローブに身を包んだ男が、ゆっくりと姿を現した。