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第Ⅰ章ー3 リバーウッド自警団

「ホントにここで合ってるのか…??」

「ジークがここだって言うんだから、合ってんだろ?」


 フルサンと顔を見合わせ、首をかしげながらジークの後に続く。

 門から数十メートルほど歩いたところで、ようやく屋敷の玄関にたどり着いた。

 重厚な扉の前で、ジークは振り返り、後方の仲間たちに短く合図を送る。

 二十名の自警団員たちはそこで足を止め、外に待機した。

 中へ入るのは、ジーク、ラーズ、そしてフルサンの三人―――団を代表しての入室である。


 屋敷の正面にそびえるのは、自分の身長をはるかに越えるほど高い両開きの木製ドア。大人二人が両腕を広げても届かないほどの幅があり、縁や取っ手には重厚な金具が輝いている。

 その堂々たる佇まいは、討伐に向かうため重鎧をまとった三人を、いっそう場違いに見せていた。


 ジークは胸に小さな疑念を忍ばせながらも、取っ手に手をかけ、右足を踏み込んで押し開けようとした――が、ドアは抵抗もなく、音も立てずに内側へと開く。

 不意を突かれたジゼルは、思わず前のめりになりながら屋敷の中へ足を踏み入れた。


「お待ちしておりました。アストリア自警団の方々ですね?どうぞ中へ。」


 ドアの傍らには、銀縁の眼鏡を掛け、上等なタキシードに身を包んだ白髪の老人が控えていた。背筋を伸ばし、軽く会釈したまま、静かに室内の奥を指し示している。

 三人は互いにぎこちない挨拶を交わしつつ、案内に従い、屋敷の奥へと歩を進めた。


 屋敷の中はというと、外観の印象に違わぬ広壮な空間であった。

 大理石と思しき石畳には真紅の絨毯がまっすぐに伸び、その両側には白いレースで縁取られた上質なクロスを掛けたテーブルと、艶やかな木製の椅子が、広間の余白を惜しむことなく整然と並べられていた。


(こんな場所に、自警団が集まっているのか…?)


 不安を胸に、三人は老人の案内に従って奥へと進む。


「リバーウッド自警団の方々は、もう揃っておられるのか。」


 歩きながら、ジークがやや緊張を帯びた声で尋ねた。


「はい。皆様、すでにお待ち申し上げております。」


 執事と思しき老人は、落ち着いた口調で答えると、迷いなく廊下を進み、一番奥の扉の前で足を止めた。厚い木製の扉越しに、幾人もの話し声と笑いが微かに響いてくる。


「こちらでございます。」


 老人は深々と礼をし、静かにドアを開いた。

 三人が一礼して中に入ると、空気が変わるのを感じた。広間の中央には一脚の大きなテーブルが据えられ、その周囲に戦士たちが長い背もたれの椅子に腰掛け、楽しげに談笑している。


 異様なのは、その身なりだった。曇りひとつない金銀の鎧には、細かな装飾が光を反射し、鮮やかな刺繍や稀少な宝石を散りばめたローブは、祝祭の衣装のように華やかだ。――とてもこれから魔物討伐に赴く者たちには見えない。


「やっと来たか。待ちくたびれたじゃないか!」


 声を放ったのは、上座で椅子にふんぞり返り、テーブルに足を投げ出す全身金色の鎧の男だった。両脇に並んで座っている戦士たちも談笑を辞め、揃ってこちらを注視した。


「こいつらですか?例のアストラとかなんとかって村からやってきたという田舎者は?」


 脇に座っている戦士の一人がにやけながら言った。


「私は今回の指揮を取らしてもらう事になっている、アストリア自警団所属のジーク・ヴェルンハルトだ。」


 ジークは無礼な振る舞いに怒りを抑えながらも、名乗り出た。


「しっかし、本当に貧乏くさい格好してんなぁ」


 そこに座っているほとんどが、半笑いでこちらを見ながら何か言っている。


「アストリア自警団の代表として、討伐の作戦を詰めに来た。皆で力を合わせて、この任務を成功させよう。」


 ジークは挑発に動じず、静かに言い返した。

 ラーズとフルサンもそれに続き、名乗り出ようと前に進み出たが、上席に座る金色の鎧の男は手のひらをゆっくりと掲げてそれを制した。


「ああ、自己紹介は結構だ。俺はこの連中を束ねるエフェウスだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう?」


「!?」


 その名を耳にした瞬間、三人の顔に動揺が走った。

 ジークの瞳がわずかに見開かれ、ラーズは軽く息を呑み、フルサンの眉がわずかにひそめられた。

 伝説とも称されるその名は、彼らの胸中に深い敬意と共に、言い知れぬ緊張を呼び起こしたのだ。


「今回の任務は、こちらで勝手に進める。お前たちは後ろでついてくるだけでいい。ただし、その貧相な装備で生き残れたらの話だがな。」

「わーっはっはっはっはー!」


 戦士たちの嘲笑が一斉に広間に響き渡った。


「……これで失礼する。」


 ジゼルは拳を固く握り締め、怒りに顔を歪めるのを必死に堪えつつ、早足でその場を去った。ラーズとフルサンもそれに続いた。


「なんだあいつら…ふざけやがって!」

「やめろラーズ!気持ちはわかるが聞こえたら面倒だ、文句は外に出てからにしろ!」


 ジゼルも小声ながらも興奮を抑えきれず、そう言った。


「だって、あれが大賢者の振る舞いかよ!」


 怒りは収まらず、ラーズは壁を蹴り上げて憤りをぶつけた。



『蒼炎の大賢者エフェウス』


 その名を知らぬ者は、このザルナ大陸において皆無と言っていいほどの歴戦の勇士だ。

 先の大戦では常に最前線に立ち、強力な攻撃魔法と、極限まで鍛え上げた戦闘精霊“アニモス”を駆使して縦横無尽に敵を打ち破った。

 迫り来る他種族の戦士たちから国を守り、同胞を勝利へと導いたのは、エルネシア聖皇国軍最大の功労者、エフェウスその人である。

 二十年の歳月が流れた今も、その数々の伝説は語り継がれている。


 三人は足早に屋敷を後にし、門の前で立ち止まって沸き上がる怒りを静めようとしていた。

 外で待機していた自警団の仲間たちが心配そうに近づいてきた。


「どうしたんだ?何があったんだ?」

「顔色が悪いぞ、無事か?」


 声をかけられ、ジークは深いため息をつきながらも、できるだけ冷静を装って答えた。

 しばらくすると、屋敷の方から二人の戦士が姿を現し、こちらへと歩み寄ってきた。


「彼らもリバーウッドの自警団か……だが、あの連中とはずいぶん雰囲気が違うな」


 その戦士たちはあの室内にいた者たちとは異なり、長年の戦闘で刻まれた無数の傷跡が鋼鉄の表面に深く刻まれた重厚な甲冑を身にまとっていた。鎧は鈍い輝きを放ち、幾度となく受け止めてきた斬撃や打撃の痕が、その頑丈さと実戦経験を物語っている。


 一人は女性で、左腕に重厚なタワーシールドを携え、左腰にはワンハンドソードを吊るしている。

 もう一人は男性で、盾は持たず、自分の背丈を超える大きな槍を片手で軽々と肩に乗せている。


「私は今回の討伐に同行するヨーコだ。さっきはあの連中が失礼した。」


 女性が先に口を開いた。


「同じくジップだ。よろしく。」


 笑みを浮かべて手を差し出す男性の手を、ジークは素直に取って握手を交わした。


「あなたたちはあの場に居なかったですよね。何か理由が?」


 少しためらいがちに尋ねると、彼らが言うには連中とはあまり馬が合わず、別行動をとっているのだという。

 それも無理はない。あの連中のほとんどは、実用性のない観賞用の美術品のような鎧と武器を身にまとっているのだから。この二人が合わないのも、うなずける話である。


「討伐では、我々アストリア自警団は最後尾をついていきます。先陣を切れば、また何を言われるかわかったものではないので。」

「そうだな。私たちも最後尾を歩く。それが賢明だろう。」


 ジークの言葉に、ヨーコが静かに応じた。


「間に入ってもらえて助かる」


 翌日、集合場所でリバーウッド自警団が現れるのを待った。

 遅れてきた大賢者エフェウスを先頭に、リバーウッド自警団の面々が談笑しながらついてきていた。


「さあ、出発するぞ。怯えた連中は置いていく。くれぐれも、足を引っ張らぬようにな!がーっはっはっは!」


 エフェウスを先頭に散り散りに門から出てくるのを見送った。

 ヨーコとジップが最後尾に付くのを確認すると、三人とアストリア自警団の皆はそれを追いかけるように歩き始め、街を後にした。

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