第Ⅰ章ー2 リバーウッド
故郷の小さな村アストリアを出発したジーク率いる自警団は、二週間にわたる長い旅路を進んだ。遠く離れた目的の町"リバーウッド"へ向かう道は、幾重にも続く森や川を越えた先にある。
今回の討伐は、村の南西に位置する洞窟の魔物退治だった。
その洞窟には、『グラントフック』と呼ばれるムカデに似た巨大な多足生物が棲みついている。体長は三メートルから四メートル。無数の脚で岩壁を這い、硬い甲殻に覆われたその姿は凶々しさを漂わせている。
しかし、元来この魔物は臆病にして温和。こちらから手を出さぬ限り牙を剥くこともない、森の動物の如き存在であった。しかし、ここしばらくの間に様子が一変した。
通りがかる旅人や商人に対して明確な敵意を示し、獰猛なる牙と爪をもって襲いかかるようになったのだ。
周辺の村々や町は、大陸を横断する山岳地帯を貫くその洞窟を通じて、大陸最大の商業都市"ハレムフォールド"と交易を行っている。
都市からは多くの資源を取り寄せ、代わりに各地の村々では豊かな農産物や鍛冶職人による武具などの加工品を取引きしている。
物資の不足は日常生活に深刻な影響を及ぼし、村人たちは死活問題に直面したのだ。
隣村と町の長老たちは事態を深刻にとらえ、討伐隊の派遣を決断した。
かつては穏やかだったはずの魔物が、なぜ人を襲うようになったのか。
その理由を確かめ、脅威を取り除くことが目的だ。
今回の討伐は、洞窟に最も近いリバーウッドを拠点とした合同作戦として遂行されることとなった。
リバーウッドは村の南にある月影の森をさらに東に行った所にある大きな川の岸辺に位置している。
良質な砂鉄と豊かな水源に恵まれたこの町では強固な武器や防具、アクセサリーなどの鉄製品が多く生産され、集まった鍛冶職人たちによって財を築いてきた町だ。
グラントフック討伐は二手に分かれて行われ、洞窟に入れる2ルートのうち一方を他村の自警団が担当し、もう一方をジーク率いるアストレア自警団とリバーウッド自警団が合流して行くことになっていた。
―――リバーウッド商店街
「賑やかだなぁ。」
町の大通りには、武器や防具、金属製の道具類などを扱う専門店が立ち並び、その合間を縫うように雑貨屋や宿屋が所狭しと軒を連ねていた。さらに、店を構えられない多くの商人たちは、広く開けた街道の中央にシートを敷き、露店を広げて果物の切り売りや簡単な加工食品を売りさばき、活気に包まれていた。
「ここの武具やアクセサリーは、どれも一級品だ。精錬に必要な資材が豊富だし、腕のいい職人も集まってる。だから買い付けに来る商人も多くて、都市とのつながりも深い。俺にとっては、まさに夢のような場所さ。」
いつもは無口な生産職のフルサンが珍しく饒舌に語っていた。
「でも、住むにはちょっと賑やか過ぎるね」
「ここで一山当てた連中も多いから、そりゃあ人も集まるさ。おかげで騒がしいし、治安もガタガタ。でも、そこさえ目をつぶれば、いい街なんだよな。」
フルサンは活気に溢れている商店街を見渡しながら言った。
武器を新調したばかりで上機嫌のラーズは、もっぱら露店に並ぶ食べ物ばかりに関心を向けていた。
「おっ、あの焼きもろこし、うまそうだなぁ……。あっ、あっちの燻製も捨てがたい!」
「こちらの自警団が待っているんだぞ!寄り道している暇などない、黙ってまっすぐ歩け!」
通りに並ぶどの食べ物も実にうまそうで、あちらこちらに視線を彷徨わせながらフラフラ歩いていたが、ジークに叱られてしまった。
「ちょっとぐらい、いいじゃないか…」
ぶつぶつと不満をこぼしながらも、足早に先を行くジークの後ろを追いかけていると、ふと視界に美しいアクセサリーが並ぶ露店が飛び込んできた。
「ジーク!ちょっと待って!」
「なんだ?寄り道なら駄目だぞ!」
「少しだけだってば!」
不機嫌な顔で先を行くジークをよそに、露店に並べられたブローチのひとつを手に取った。
「この形……やっぱりそうだ!おじさん、これいくら?」
「おや、このブローチに目をつけるとは珍しいね。一つ銀貨十枚だよ。」
腰袋から銀貨を取り出し、言われた額を差し出す。
「誰かにプレゼントかい?うらやましいねぇ。」
露店の主人はそう言いながら、ブローチを丁寧に木箱へ収めて渡してくれた。
「ありがとう!」
「また寄ってくれよ。」
木箱を腰袋にしまってその場を離れると、おじさんはにこやかに手を振って見送ってくれた。
先を行く仲間たちに追いつくと、フルサンが歩調を合わせてラーズの隣に並んだ。
「アクセサリーか?」
「ああ、幸運を呼ぶブローチなんだ。」
「……幸運、ねぇ。」
フルサンが不思議そうに話す声も気にせず満足げな表情で歩いていると、いつの間にか賑やかで雑然とした商店街を抜けていた。
人の気配はすっかり消え、建物もまばらで、あたりはしんと静まり返っていた。その中を、整然とした石畳の道が一筋、まっすぐに伸びている。
「こんな所、一度は住んでみたいなぁ。」
村には無い豪華な屋敷の数々をぼんやり見ながらよそ見歩きをしていると、急に止まったジークに気付かず体当たりしてしまった。
「あいたた…なんだよ、急に止まるなよ。」
「間違いない…、ここが待ち合わせの場所らしい。」
ジークは手にした地図と周囲を何度も見比べながら、少し困惑した様子で言った。
「ここが!?」
そのひと際大きい屋敷は、高さが身の丈の2倍はあろうかという白い鉄柵で囲まれており、一定間隔で細かい装飾が施されている。敷地の中央には二階建ての洋館が建ち、赤レンガの外壁に整然と並んだ数多のアーチ型の窓が特徴的だ。二階の中央には広いテラスもあり、上流階級の者が住まうにふさわしい豪華な建物だった。
「なぁ、ジーク。リバーウッドの自警団って成り上がり貴族かなんかなのか?そんな奴らが凶悪な魔物と戦えるのか!?」
「しらん!…まぁ、入ればわかることだ。行くぞ。」
ジークは覚悟を決めて重い門をくぐり抜けた。