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第Ⅰ章ー1 旅の始まり

 ドン!ドン!


「ラーズ!早く起きなさい!いつまで寝てるの!!」


 ―――穏やかだった朝の空気が、母の怒鳴り声で一瞬にしてかき消された。


 幼い頃の夢を見ていたというのに、まったく容赦がない。

 おまけに昨夜は自警団の集まりが長引き、気づけば月が空のてっぺんを越えていた。


「頼むから…あと少しだけ……」


 ラーズは布団にくるまりながら、もう一度体を反転させた。


「ラーズ!!」


 ――ドンッ!!


 とつぜん扉が爆音とともに開き、部屋に突撃してきたのは母だった。


(しまった!)


 反射的に跳ね起きようとしたが、すでに母の手は布団に。

 ベテランの手つきでシーツを一気に引き剥がすや否や――


「わっ、ちょ、うわぁぁっ!?」


ドスン!


 ズルリと滑ったラーズの体はバランスを失い、そのまま床に豪快にダイブした。


「ぐはっ……」


 なかなか派手な音が部屋に響いた。

 そして天井を見つめながら、ラーズは悟る。


(今日は……絶対ついてない)


 軽い脳震盪でクラクラする頭を片手で押さえながら、ラーズは上半身をゆっくり起こした。

 ようやく目を開けると、そこには腕を組み、仁王立ちする母――ヴェスパの姿があった。

 夢の中でも怒られ、現実でも怒られる。どうやら母は怒ることに生きがいを感じているらしい。


「今日は討伐の日でしょ!リビングに朝食が出来ているから、さっさと顔を洗って食べなさい!」


 最後にもう一度きつい声を浴びせると、ヴェスパは「まったく。スープが冷めちゃうじゃない……」と小言をこぼしながら、足音も荒く部屋を出ていこうとしていた。


「頼むから、もう少しやさしく起こしてくれよ……」


 その背中をぼんやりと目で追いながら、ラーズは小さくつぶやいた。

 すると、母はドアの前でピタリと足を止め、振り返って鋭く睨みつけてきた。


(相変わらず、地獄耳……!)


 ラーズは反射的にベッドの影へ身を隠し、なんとかその場をやり過ごす。

 やがて気配が消えるのを確認してから、寝ぼけ眼をこすりながら身支度を整え、ようやくリビングへ向かった。


「もぉ遅い!すっかりスープも冷めちゃったわよ!パンも焼きたてだったのに!」


 ダイニングに入った瞬間、開口一番、母の怒声が飛んできた。


「ヴェスパよ。もう少し、おしとやかにできんのか?」


 父のレッドが呆れたような声で割って入る。


「レッド!あなたが起こしてくれてもいいんですよ!」


 すかさず反撃するヴェスパ。

 やれやれ、朝からにぎやかである――とラーズはうつむきつつ椅子を引き、朝食を口に運びはじめた。


 ……このやかましくも、どこか温かい両親は、実の親ではない。

 二十年前の“大聖戦”――三種族が覇を争った最後の大戦のさなか、戦場近くの密林で捨てられていた赤ん坊だった俺を、父が見つけて連れ帰ったのだ。

 戦争が終わると同時に、父と母はこの田舎の農村へ疎開し、俺を我が子のように育ててくれた。


 ……まぁ、赤ん坊の頃の記憶なんてあるはずもないし、興味もない。


 俺にとってこの二人は、本当の両親だ。

 父のレッド・ヴァルストレインは元ウォーリアーで、戦場では最前線を駆け抜けた屈強な戦士だった。

 幼い頃から剣術の手ほどきを受け、いずれ父を超える剣士になることが目標――だが、成人した今もなお、その背中は遠い。今でも本気を出されたら歯が立たない。

 たぶん、生涯の目標として、これ以上に誇れる師はいない。


 一方、母のヴェスパ・ヴァルストレインは、後方支援専門のサモナー(召喚士)だった。

 神聖世界の精霊セラフィスを召喚し、まるで手足のように操って父を援護していたという。

 ――まぁ、この母なら獰猛な魔獣でさえ尻尾を巻いて服従するだろう。

(……なんて本人に言ったら、命がいくつあっても足りない)


「何ゆっくり食べてるの!もうみんな広場に集まっている頃よ!さっさと食べなさい!」


 再び母の雷が落ちた。もしかして本物の雷撃魔法『ライトニングボルト』が飛んでくるのではと、身を縮めつつ――


「はい!!」


 ラーズはパンを口にねじ込み、冷めたスープで流し込むと、急いで玄関へ向かい――


「うわっと!?」


 置いてあった盾につまずきながら、文字通り飛び出していった。


「もぅ……本当に気をつけていってらっしゃいね…」


 玄関を飛び出すと、背後から母の声が聞こえたが、ラーズは「あぁ」とだけ返し、振り返りもせず広場へ向かって駆け出した。

 討伐の集合時間が迫っている。焦る気持ちのまま小道を走っていると、前方にガチャガチャと工具を鳴らしながら急ぎ足で歩くフルサンの姿が見えた。


「おはよう、フルサン。……もしかして寝坊か?」

「おう。ってことは、お前もか。」


 顔を見合わせて笑うと、二人はそのまま並んで走り出した。


「――あ、そうだ。頼まれてたスティールブレード、できてるぞ。」


 フルサンはそう言って、走りながら手にしていた片手剣をポイッと投げてきた。


「おっとっと……!」


 あやうく取り落としそうになりながらも、なんとかキャッチ。走りながら鞘から剣を引き抜くと、その刀身は頑丈で、鋭く、美しく、まるで妖気のような光を帯びていた。


「これは……《インテンス》じゃないか!ありがとう、フルサン!」


「どういたしまして。」


 フルサン・グレイバーはそっけなくそう返し、ついでに大きなあくびをひとつした。

 全ての武器にはグレードがあり、《インテンス》はその中でも上位に位置している。

 完成させるには非常に困難で、緻密な作業と大量の素材を要するのだ。

 そんな大層な品を、昨夜の長い会議の後に徹夜で仕上げてくれていたのだ。


「これなら討伐も楽にいけそうだ!」


 早く試し斬りがしたくてうずうずする気持ちを抑えつつ、スティールブレードを鞘に収め、腰にしっかりくくりつけて急ぎ足で先を急いだ。

 ようやく広場に到着し、辺りを見渡すとすでに十数人が装備の最終確認をしていた。


「お前たち遅いぞ!何をやってんだ!」


 討伐隊リーダーのジーク・ヴェルンハルトが険しい表情のまま、広場の一角から声を張り上げた。


「ごめんごめん。昨日、なかなか寝付けなくてさ」

「条件はみんな同じだ。言い訳するな!」


 冷たく一蹴されてしまった。


 ジークはマジックキャスターで、若くして自警団のリーダーを務めている。

 正義感が強く、フルサンとラーズとは年も近く、小さい頃から三人でよく行動してきた仲だ。

 しかし、ジークは二人のふざけた態度を見るたびに怒り、最近では慣れてきたラーズたちも「はいはい。」と聞き流している。

 その態度が彼の怒りをさらに煽っているのだが。


 フルサンは職人肌のクラフトマンで、口数は少なく細かいことを気にしないマイペースな性格だ。

 クラフトマンは、多様な素材を加工して道具を作り出すだけでなく、自動探知型の攻撃装置『ガードピラー』を設置し、戦闘支援も行う重要な生産職である。

 パーティには欠かせない頼もしい存在だ。


「まったく、いつもいつも…ちょっとそこで待機していろ。」


 ジークは腑に落ちない顔でその場を離れ、他の自警団のグループへ報告に向かった。


「ラーズ!」


 ジークと入れ替わるように、幼馴染のルカが慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。


「もう出発するの?」

「あぁ、もうすぐだと思う。どうした?こんな朝早くに。ルカも行きたいのか?」

「そんなわけないでしょ!ばか!…はい、これ!」


 ルカは頬をぷくっと膨らませて、右手を差し出し、持っていたロザリオをラーズに渡した。


「今日は初めての遠征でしょ?いつもみたいに無茶しちゃだめだよ!」

「いつもって、無茶してたのは子供の頃だけじゃないか。大袈裟だなぁ。」

「ラーズは子供の頃から何も変わってないよ!」


 ルカは先の大戦で戦争孤児となり、家の隣の教会で神父様と暮らしている。

 同じ境遇ということもあって、子供の頃からよく一緒に遊んできた。

 年は近いが身長が低く、顔も幼いため、並んで歩くと年の離れた兄妹のように見えた。

 実際、気の弱い性格のルカはいつも後ろからついて歩いており、ラーズにとってはまるで本当の妹のような存在だった。


「ありがとう、気をつけるよ」


 不満そうな顔のルカの頭を軽く撫でて、彼女から受け取ったロザリオを首にかけ、落とさないよう服の中にしまった。

 しばらくするとジークも戻り、最終確認が始まった。


「ラーズ、装備の確認はもう大丈夫だな?」

「大丈夫だって。」

「フルサンもガードピラーのキットは持ってきているか?」

「三セット用意してある。」

「よし、じゃあ出発するぞ!」


 ルカが見守る中、ジークの号令で村の外へ歩き出した。

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