秋後期〜ハロウィン〜
夜のとばりが下りて闇に包まれた街に、重厚な鐘の音が響き渡る。
ふらふらと彷徨うランタンの火が列をなすように揺れ、やがて一つの家の前で止まる。
こんこん、と木製の扉を叩き鈍い音を立てながら内側から扉が開けば、
「トリックオアトリート!」
今日は、ハロウィン。
妖精や死霊が人里に紛れ込み、共に一夜の祭りを楽しむ日。
魔法使いも非魔法使いも、あちらこちらで「トリックオアトリート」と呪文を唱えながらお菓子の回収に勤しんでいるようだ。
マリィ「お菓子いっぱいもらっちゃった!ハロウィンって最高だね~!」
シン「噂には聞いていましたが、自国ではあまり馴染みのない文化なので楽しいです」
ダイス「そういえば、ショートステイの時期に被ったことは無かったね」
シン「はい。お菓子をくれないと悪戯をされるというのは知っていますが、どんな悪戯をされるんですか?回ったお家では皆さんお菓子を用意してくれていたので…」
アレッタ「そうね、気になるなら教えてさしあげましょうか?」
フィズィ「それは楽しそうです。…でも、二人だけで盛り上がるのはずるいですよ」
アレッタ「ふふ、ごめんなさい。少しからかってみたくなっただけよ」
アレッタ「ミルさんとは気が合うし、一緒に悪戯するのも悪くないと思うのは本当だけれどね」
アシェ「もう、ハロウィンはお菓子をもらって悪戯するだけの行事じゃないんですよ?」
マリィ「仮装も大事だよね~!ふふーん、マリィも気合いいれちゃった!」
アシェ「うん、とっても可愛いよ」
アシェ「シンさんの服は珍しい形をしているね。すごく似合ってると思うわ」
シン「ありがとうございます。これは母国の伝統の服で実家から送ってもらったんです」
ダイス「懐かしいね、昔よく着てうちに来ていたのを思い出すよ」
マリィ「へえ~…シンは何の仮装なの?」
シン「これはキョンシーといって、こちらだとゾンビが近い存在でしょうか…」
シンはそういうとだらりと伸びた袖をローレンの方に向ける。
その視線は手元のバスケットに注がれていて、白い包帯を煩わしそうに払いながら貰った菓子を頬張っているのが見えるだろう。
リリ「ハロウィンはうちでもやるけど、学校あげてやってるだけに豪華よね」
イオ「かわいい仮装もできるし、この後はダンスパーティもあるしね!」
ラディ「なあ、リン。アンタは誰と踊るか決めたのか?」
リン「なんだ、藪から棒に…。流石に全く考えていないわけじゃない」
イオ「伴奏はイグ先輩がするみたいだしさ、楽しみだよね…ってイグ先輩?」
ラディスラスがマンダリンに肩を組んでいる後ろ、やけに縮こまった様子でイグジスタはきょろきょろと周囲を見渡している。
その様子は医者という装いに反して、実験前のモルモットのようであった。
アレッタ「どうかしたの?」
イグ「うわーーーっ!!ひ、ひいっ…ぁ、アレッタ君か…」
アレッタ「あら、悪戯したかったわけじゃなかったのだけれど」
アシェ「あまり離れるとはぐれてしまうよ」
イグ「す、すまないね…暗いところはどうも苦手で…」
アレッタ「ハロウィンの日は悪い妖精や死霊が子どもを連れ去ってしまう、なんて話もあるし」
イグ「ま、また怖い話をするのかい…!?」
アレッタ「そういえば、こういう話も苦手そうだったわね」
イグ「妖精や死霊は演劇にもよく登場するし、御伽話を怖いと思ったことは無いんだけどね…」
アレッタ「安心していいわよ、そんなことにはならないから」
アシェ「ハロウィンの仮装は悪い妖精や死霊から身を守るためでもあるんですよ」
アシェ「ジャックオーランタンは善霊を引き寄せ、悪霊を遠ざける。街中に置いてあるもの、大丈夫だよ」
アシェットが近くに置いてあったカボチャのオブジェに微笑みかければ、それに答えるように中に灯る火が揺れる。
少し離れた前の光を追いかけるように、二人はイグジスタの手を引くと夜の街を駆ける。
目線を上げれば不気味で怪しく、それでいて幻想的な光に彩られたどこか現実離れした世界が広がっていた。
ダイス「大丈夫かい?離れていたから迷ったのかと思ったよ」
イグ「はは、下ばかり見ていたら遅れてしまってね。もう大丈夫だ」
ラディ「あんま無理すんなよ、この後伴奏もあるんだろ?」
ダイス「同感だ。ダンスパーティにイグくんの演奏が無いのは寂しいからね」
イグ「君にそう言ってもらえるなんて光栄だ。怪我ももうだいぶ良くなったし、心配いらないさ」
ダイス「それなら良いんだけど…」
ラディ「アンタも相手はもう決まったのか?」
ダイス「そういうキミはどうなんだい?せっかくなら、一曲お相手願えるかな」
ラディ「ンー、いいぜ。気が向いたらな」
メティスカレッジのハロウィンイベントは二部に分かれている。
一つ、仮装してクラス単位で街を巡りお菓子を集めること。
二つ、学校のホールで開かれるダンスパーティである。
マリィ「学校が遊んでいいですって言ってるってことだよね?やっぱり勉強だけが大事ってわけじゃないんだよ~!」
ロレ「今でこそ異文化交流が盛んだが、昔は魔法使いの出生率が高くないこの国では精霊や神に祈りを捧げて奇跡を願うのが一般的だったそうだからな。そういった存在を無下に扱わない名残りのようなものだろう」
ダイス「いわゆる、土着信仰というものかい?」
シン「なるほど…そういう所は母国と似ている部分がありますね。精霊というよりは、万物に神がいるという考え方でしたけど…」
マリィ「も~!!せっかくのハロウィンにむずかしい話はやめようよ~!!お菓子がおいしくなくなっちゃう!」
ロレ「別にどんな話をしたって食べ物の味は変わらないだろ」
マリィ「あ〜聞こえない!次行こう、次~!トリックオアトリート!!」
ダイス「あ、待って。マリーくん、一人で先に行くと危ないよ」
走り出したマリーを追いかけるように、一行も次の扉を叩く。
今日限りの魔法の言葉を口にして、時には悪戯を仕掛けたり。
区内を周りきる頃には、抱えたバスケットの中は溢れんばかりのお菓子でいっぱいになっていた。
*
外ではゴーン、と鐘の音が響いている。
街での行事を終えた生徒たちはお菓子を片手に着々とホールに集まり始めていた。
普段であればとうに自室に戻っている時間であるが、今日は特別。
両開きの扉に手をかけてゆっくりと開けば、隙間から明かりが零れた。
会場に入った途端、まるでシーンを切り替えたかのようにぱっと服が変わり、きらびやかなダンスホールに相応しいドレスコードに様変わりしている。
アシェ「すごい…!今のどうやったのかしら」
フィズィ「魔法で分子を再構築した、とかでしょうか?」
ダイス「そういった効果を持つ魔法具だろう。一人一人にかけていたら魔力が持たないからね」
粋な演出に目を輝かせながら入口から進めば、ウェルカムドリンクが手渡される。
会場の端にはバイキング形式で食事も用意されているようで、真っ先に向かったローレンを始め、イグジスタも伴奏の準備に取り掛かりパーティの開始まで自由に過ごし始めるだろう。
イオ「わあ!リリティア先輩すっごくカワイイ!」
リン「ああ、よく似合ってる」
リリ「…ふん、アンタたちも結構いいんじゃない?」
イオ「ありがと!ヘアアレもイイ感じだし、センスある〜!」
リン「社交界にはよく参加していたが、学生しかいないパーティというものは新鮮だな」
イオ「絶対こっちの方が楽しいよ!社交界って窮屈で苦手なんだよね〜…」
リリ「ふーん…貴族も大変そうね」
リン「上に立つものとして恥ずべき振る舞いは出来ないからな」
リリ「ふふ、落ち着いてるのも納得だわ。ダンスとかも慣れてるの?」
リン「一応一通りは出来るが…」
イオ「あ!イグジスタ先輩が準備始めてる!もうすぐ始まるんじゃない!?」
リリ「思ったよりも早かったわね…お菓子集めに夢中で何も考えてなかったわ」
リン「それなら俺と踊ってくれないか?」
イオ「いいな〜!おれとも踊ってよ!」
リリ「う、上手く出来るか分からないけど…いいわよ。せっかくだし、3人で踊りましょ」
一方その頃。
会場の反対側、バイキングエリアから少し離れた所で優雅に食事をするフィズィとそれに伴うラディスラスの姿がある。
フィズィは一口サイズに切り分けられたソテーを口に含むと満足そうに微笑んだ。
フィズィ「ラディ、このソテー美味しいですよ」
ラディ「アンタ、これから踊るっていうのによく食べるよなぁ…」
フィズィ「ちゃんと調整してますよ。格好悪いところを見せるつもりはありませんから」
ラディ「それならいいけどよ。ほら、王子様が迎えに来たみたいだぜ」
フィズィ「それではラディ、片付けをお願いしますね」
ラディ「はいはい、仰せのままに」
ラディスラスの背中を横目に近づいてきた足音の方に目を向ければ、走ってきたのか少し息の上がったシンが立っている。
シン「すみません、遅くなってしまって…」
フィズィ「大丈夫ですよ。食事をしていたらあっという間でしたから」
シン「えっと…ミルさん、その…」
フィズィ「良ければ私と一緒に踊ってくれませんか?」
シン「は、はい…!喜んで…って先を越されてしまいましたね…」
ラディ「ははっ、これじゃどっちが王子様なのか分かんねえな」
フィズィはすっと紳士的な所作で、シンの手を握る。
皿の片付けを済ませて、その様子を目の当たりにしたラディスラスは心底愉快そうに笑っていた。
イグ「今宵のパーティは楽しんでいただけているだろうか。名残惜しいが、いよいよハロウィンも大詰めだ」
イグ「それではダンスパーティを始めよう!」
オーケストラの演奏に合わせてフロアの中心でドレスが踊る。
一曲ごとに相手を変えて、ダンスホールを優雅に回る。
くるくると、時計の針のように。
零時を告げる鐘が鳴って魔法が解けるまで、ハロウィンの夜は続く。
長い長い夜が明ければ、冬の気配はもうすぐそこだ。