秋前期〜試験勉強〜
夏の暑さの尾を引きながら、秋めく日々。
まさに季節の変わり目といった時期で、最近は夕方になるとすっかり日が落ちる。
体育祭も終わり、次にある行事といえば。
マリィ「も~!わかんないよ~!!」
ダイス「うーん…少し休憩するかい?」
ロレ「甘やかすな。手を休めないで次の問題を解け」
マリィ「ローレンの鬼!悪魔!!」
そう、期末考査が来週に迫っているのである。
メティスカレッジでは試験は自分の実力を測る良い機会だと好意的に捉えている学生が多いが、あくまで多いというだけで勉強に苦手意識を持つ生徒も当然いるわけで。
その最たる例であるマリーの必死の懇願で、クラス全体での勉強会が開かれることになったのだった。
マリィ「どうしよ~…このままじゃお父様とお母様に報告できないよぉ…」
アシェ「ほら、泣かないで。可愛い顔が台無しだよ」
イオ「そうだよ~!ヤバいのはマリーだけじゃないし、一緒に頑張ろう!」
マリィ「二人ともありがとぉ…」
アシェットから受け取ったハンカチで涙を拭くと、マリーはもう一度ペンを握り解答用紙へ向き直る。
アイオロスも負けじと手を動かすと、周りも触発されたのか時折意見を交換しながら各々問題に取り組み始めた。
シン「なるほど…。この薬草は痛みの緩和…と」
フィズィ「麻酔にも含まれているんですよ。手術で悪い部分を切除する時に使ったりしますね」
ラディ「患者が暴れださないようにするためでもあるな。切ってる最中に動かれたら大変だろ?」
アレッタ「…医療ミスなんて洒落にならないものね」
イグ「この植物は?書いてある効果は似たようなものに見えるが…」
フィズィ「それは効果が強すぎるので、後遺症が残ってしまうんです。重篤な場合でなければ使うことは滅多に無いですね」
イグ「うう…種類が多くて見分けるのが大変だな」
シン「そうですね…、試験範囲はある程度絞れるとはいえ骨が折れます」
ラディ「流石にそろそろ休憩にするか?」
マリィ「限界!もう限界だよ~!!甘いもの食べたい!!」
アレッタ「それならこの前良い茶菓子を仕入れたの。せっかくだから紅茶も持ってくるわね」
イオ「おれも手伝うよ!アレッタ一人じゃ大変だよね!」
マリィ「はいはい!マリィも行く!」
ぐったりとしていた二人は水を得た魚のように、ぱっと表情を明るくする。
座っているのも限界だったのだろう、その足取りはとても軽やかに見えた。
リリ「んー…流石に疲れたわ…。期末は範囲が広いのよね…」
リン「ああ、前回よりも科目も多いし実技もある。日数が多いと辟易するな」
リリ「ふーん…マンダリンでもそう思うんだ。試験なんて苦に感じたことなさそうだと思ってたわ」
リン「確かに苦では無いが人並みに疲れはする」
アシェ「ふふ、甘いものを食べて休憩してから再開しましょう。ずっと勉強していたら身が持たないもの」
ダイス「集中力が途切れたままでは効率も悪い。甘味は脳を活性化させるというし、適度な糖分補給は体に必要だからね」
しばらくすれば、トレーに人数分の紅茶と茶菓子を乗せて三人が帰ってくる。
ティーカップに注がれた紅茶からはふんわりと甘い香りが漂い、口をつければ爽やかな味わいの中に芳ばしいフルーツの風味が広がった。
アレッタ「フルーツティーにしてみたの。どうかしら?」
ラディ「…マンゴーか。へえ、珍しいな」
アレッタ「正解よ。この国ではあまり見かけない物だから買ってみたけれど、当りだったわね」
イオ「お菓子もかわいい形でね、アレッタって超センスいいよー!」
アシェ「本当だ、…こんなに可愛いと少し食べるのが惜しくなってしまうね」
マリィ「わかる!形崩すのもったいないよね~!」
リリ「やめなさいよ…食べずらくなるじゃない…!」
フィズィ「そうですか?食べ物は美味しくいただかないと損ですよ」
シン「ああ…頭から…。ふふ、ミルさんらしいですけどね」
動物の形の菓子を食べるのに躊躇したり、食べやすいように分けたり、遠慮なく頭から食べたり、千差万別であるが、ふとダイスは茶菓子を持ち上げて眺めると納得したように頷いた。
ダイス「なるほど、見た目か。確かに購買意欲を掻き立てるために有効な手段だ」
アシェ「そういえば、ダイスさんのお家は商会をやっているんでしたっけ」
ダイス「ああ。最近本格的に引継ぎを終えて、商品開発をしているんだ」
アシェ「商品…魔法具だったよね。どんなものを取り扱っているんですか?」
ダイス「そうだな…利便性を高めるものが主だけど、少し変わったものでいえば姿を変えるとか」
アシェ「魔法具で見た目を…、そんなこともできるのね。少し興味が湧いてきました」
ラディ「ふーん…、とはいえ機能性重視ならそこまで見た目にこだわる必要は無いんじゃねえか?」
ダイス「もちろん機能性を疎かにするつもりはないよ。だけど、目を引く物の方が売れるだろう?」
ダイス「そうだ、せっかくだし君たちの意見を聞いてもいいかい?」
アシェ「アーシェたちの?構わないけど…」
ラディ「役に立てるかは分からないけどな、協力はするぜ。アドバイスならいくらでも」
アシェットはさっそくといった様子で、ノートの片隅にデザインを描き始める。
時間を忘れて談笑に花が咲く中、ローレンは一人じっと菓子を見つめていた。
マリィ「ぷぷ、お兄ちゃん意地悪ばっかりするから形崩れたやつあげたんだー」
リン「…いつもだったら遠慮せずに食べそうなのに、珍しいな」
イグ「ローレン君、気になるようだったら私の物と交換するかい?」
イグジスタが心配そうに覗き込むと、ローレンはっとしたように我に返って首を横に振った。
目玉の位置がずれた不細工なひよこの菓子を端に避けると、休憩は終わりだというように本を開く。
他の面々も想像よりも長い時間休んでいたことに気づき、慌てて試験勉強を再開するのだった。
リリ「魔法で大事なものは魂であると言い伝えられているように、魔法を使うのに必要なものは想像力である…」
リン「発動方法や効果も人によってそれぞれだ。本人の想像力が魔法を扱う上で最も重要というわけだな」
リリ「ふーん…あんたは魔法使う時何考えて…って近い!」
リン「あ、悪い…。教科書が見づらくて」
リリ「べ、別にいいけど…、ふん…」
リン「えっと、…そうだな。俺の場合は抑える、という感じかもしれない。これに関しては本にも書いてある通り、リリティアが一番やりやすい方法を見つけるのが一番だろう」
リリ「それもそうなんだけど…。うーん…、ローレンはどうなの?」
リリティアがローレンに問いかけると、視線は本に向けたまま飴玉を噛み砕いた後にぶっきらぼうに答える。
ロレ「別に何も。切ると思ったら切れるし、治ると思ったら治せる」
リリ「ぜっんぜん参考にならない…!」
アレッタ「実際の物で考えるのはどう?ライターみたいに、調節できるものを想像してみるとか」
イオ「おれもでっかいトルネード作るくらいしかできないし、コントロールとか超苦手なんだよねー…」
マリィ「マリィも~…水って形が無いから難しくない?」
ロレ「水が難しいなら氷にすればいい」
ローレンはマリーに向かって杖を向けると、マリーの周りに雪が降る。
杖を下すと空気に溶けるようにふっと白い雪は消え、机の上にぽたぽたと雫がこぼれた。
イオ「ローレンって水魔法も使えたの!?…ってそんなわけないか」
アレッタ「複数の魔法が使えるのは王族だけよ。隣の国の王様は全ての属性に適性があるって聞いたけれど…」
ロレ「空気の温度を下げただけだ。僕は大気中の水を凍らせる術は持てても氷を操ることはできない。水魔法を応用すれば一人でどちらもできるだろうけど…」
ロレ「…一人でできないなら他人の手を借りて練習すればいい。要領を得れば、そのうちできるようになるはずだ」
イオ「そう言われたらおれもできる気がしてきた!よーし、見てて!!」
えい、と杖を勢いよく振り上げると案の定というべきか、突風が部屋を駆け抜ける。
蝋燭に灯っていた火が消え真っ暗になった部屋に、ぎいぎいと揺れるシャンデリアの音が不気味に響いた。
イグ「ひいっ!!な、ななななんだい!?」
フィズィ「周りが見えないです…。ラディ、明かりをつけてください」
シン「危ないですよ、暗い中歩くと怪我しますから」
ふ、と周囲が明るくなる。
杖一本分の明かりでも、暗闇の中では心強く感じるものだ。
マンダリンは杖の先に火を灯し床を照らすと、吹き飛ばれて転がっていた蝋燭に手を伸ばした。
その蝋燭に明かりを移そうとしたところで、白い手が重なる。
フィズィ「待ってください。せっかく雰囲気もありますし、怖い話でもしませんか?」
ラディ「まったく…いつまでも暗いままだと他の人に迷惑がかかるだろ」
フィズィ「でも、もう私たち以外に誰もいませんよ?」
フィズィの言う通り、聞こえるのは自分たちの声だけ。
時折窓をかたかたと揺らす風の音がかえって雰囲気を際立たせていた。
フィズィ「少しだけですから。ね?シンくんも、だめですか?」
シン「うーん…まあ怖いもの見たさというか、そういうものは分かりますけど…」
フィズィ「決まりですね!じゃあ、初めは私から」
リンから杖を借りるとフィズィは下から照らすように顔に光を当てた。
白い肌や髪に反射してぼんやりとした輪郭がまるで幽霊のようで、こくりと誰かが息をのむ音が傍で聞こえる。
フィズィ「大体10年ほど前になるでしょうか…、隣の国で体の一部が無い状態の遺体が見つかったそうなんです」
フィズィ「目を潰された人、腕や足がない人、お腹を裂かれて中身のなくなった人」
フィズィ「生きて見つかった人もいたみたいですけど、気が狂っていてとても話が通じる状態ではなかったようです」
フィズィ「噂では…、人体実験に使われたんじゃないかって」
イグ「じ、人体実験?」
フィズィ「はい。歴史上隠されてはいますけど…裏では結構あるみたいなんですよ」
シン「本当だとしたらそれは怪談よりも恐ろしい話ですけど…」
イグ「た、例えばどんな…?」
フィズィ「詳しくは分かりませんが…生命の創造や霊薬の製造、ひいては死者蘇生なんてものまで聞きます」
シン「行方不明になったままの人は実験に使われて戻ってこないって噂は僕も聞いたことがあります。小さいころに聞かされる迷信みたいな話だと思ってましたけど…」
イグ「も、もうやめないかい?そろそろ明かりをつけ…」
ふいに、杖の先の灯が消える。
再び真っ暗になった部屋に、今度こそイグジスタの絶叫が響いた。
イオ「ごめんごめん!いやあ、小さい風をコントロール出来たら火を消せるかなーって」
イグ「だからって今やらなくてもいいだろう!?」
ダイス「リン、大丈夫かい?キミ今、椅子から転げ落ちただろう…」
シン「だ、ダイス…、大丈夫です。少し驚いてしまって…」
ロレ「…はあ。もう遅いし、今日は終わりにするぞ」
ローレンは教科書を積み重ねて、一人さっさと片づけをするとその場を後にする。
抱えた本の上には、あの不細工なひよこの菓子が乗せられていた。
アレッタ「…気に入ったのかしら」
マリィ「さあ…?」
散々な勉強会ではあったが、教えあったからこそ得られるものもあっただろう。
泣いても笑っても試験は一週間後。
気になる試験結果は、本人のみぞ知る。