冬後期〜魔物討伐〜
マリィ「寒---い!!」
それもそのはず。
季節はまさに、冬本番。
隣国との境界に位置する冬の高原は深い雪に覆われ、一面の銀世界が広がっている。
寒々しい空の下、生徒たちは白い息を吐きながら校外学習に臨んでいた。
アレッタ「こんな場所まで来て、魔物討伐だなんて先生たちも人使いが荒いわね」
イオ「ほんとだよ!せっかくセットしたのに髪が崩れるー!」
シン「実技担当の先生、結構スパルタというか…そういうところありますよね」
ダイス「ああ、噂によると体育祭の種目を考案したのも彼らしいよ」
アシェ「アーシェはあまり得意じゃないな…。服が汚れてしまうし…」
シン「ふふ、そうですか?僕は嫌いじゃないですよ。僕たちを成長させるためというか…、決して厳しいだけじゃないと思うんです」
アレッタ「まあ、今回の授業…といっていいのかしら、私たちの実力の範疇で解決できるようなものだったものね」
校外学習という名の大規模な魔物討伐は、隣国オルド王国のユースティティア魔導学院と合同演習の場として設けられ、治安維持と同時に両国間の親交を深める意味合いもある。
下級生である面々に与えられた課題はあまり難しいものでは無く、昼を過ぎるころには一帯の魔物の討伐は済んでいた。
リリ「ふう…大体片付いたみたいね」
イグ「ああ、付近に魔物の反応も無さそうだ。一度休憩にするかい?」
フィズィ「そうですね…。休めるうちに休みましょう、疲れた足で歩き続けるのは危険です」
ラディ「雪山の上なら尚更な。足滑らせて落ちたりしたら目も当てられないぜ」
リン「油断して残党に襲われたりしないように警戒だけはしておいた方がいい」
ダイス「そうだね、念のため周りを見てくるよ。先に休んでいてくれ」
イグ「私も付き添うよ。一人で行くのは危険だろう」
ダイス「慣れているから一人でも構わないけれど…」
ラディ「おい、この前病院送りになったばかりだろ。好意には大人しく甘えておけよ」
マリィ「そうだよダイス!戻ってきたら一緒にお菓子…ってあれ?」
ダイス「どうかしたのかい?」
マリィ「あ、飴忘れてきちゃった…。まあ、いいや!お兄ちゃんからもらおっと」
ダイス「ふふ、早めに戻ってくるようにするよ」
見周りに行く二人をよそめに、アイオロスはふとその場にしゃがみ込む。
不思議に思ったアシェットが声をかけに近づくと、その手には小さな雪玉が握られていた。
イオ「雪うさぎ作ろうと思ってさ。リリティア先輩とか好きそうじゃない?かわいいし」
アシェ「ふーん…いいね。アーシェも作ろうかしら」
イオ「ほら、丁度あそこに目になりそうな赤い実もあるし!」
アシェ「本当だ。さっそく取りに…、え?」
アシェットとアイオロスが真っ新な雪の上に足を踏み出した瞬間。
そこに地面の感触は無い。空を歩くような不安定な感覚に、疑問を抱くのも束の間。
「「わーーーーーっ!!!」」
あっという間に暗い穴の中へと二人の体は落ちていく。
その悲鳴に一早く気が付いたアレッタが駆け寄るが、時すでに遅し。
アレッタ「…っ、手が届かないなら…!」
咄嗟に取り出した杖で水を操り、落下の衝撃を和らげるため水膜で二人を包む。
宙に放り出されてから、数十秒。
実際はもっと短かったかもしれないし、長かったのかもしれない。
ふいに、二人を覆っていた水がぱしゃんとシャボン玉のように割れる。
アレッタの起点により何とか無傷で済んだらしいが、問題は山積み。
イオ「……ここ、どこ?」
アシェ「うーん…完全に遭難したね…」
*
一方その頃、地上では。
マリィ「ど、どうしよ~!!!」
ロレ「うるさい…。少し落ち着け、教員にはすでに連絡してある」
ラディ「応援が来るまで待つか?下の様子はどうなってる?」
イグ「…駄目だ、ここからでは探知できないな」
ダイス「周囲に魔物は確認できなかったけれど、地下がどうなっているかまでは…」
イグジスタは穴を覗き込むが、中は暗く風の音しか響いてこない。
洞窟のようになっていることは分かるが、地形はおろか生命体の確認もできそうになかった。最悪の事態の想定を、否が応でもしてしまう。誰かが息をのむ音が聞こえた。
リリ「さ、…探しに行くわよね!?」
リン「そうしたい気持ちは分かるが、二次遭難の危険も高い」
リリ「でも、何もしないで大人しく待ってるなんてできるわけないでしょ!」
マリィ「そうだよね…。マリィもアーシェとイオが心配だよ…」
シン「…はい、僕もです。危険なのは承知の上ですが、助けに行きませんか?」
シン「先生に場所を知らせているのなら、最悪二次遭難しても見つけてくれるはずです」
リリティアの必死な訴えに、徐々にほかのメンバーも感化されていく。
初めは渋っていたマンダリンも頷きかけた時、ラディスラスは「はぁ」と一つ重い溜息をこぼした。
ラディ「正直あまり賛同できないが、…アンタはどうする?」
フィズィ「怪我人がいたら治療できる人がいないといけないですよね」
ラディ「はいはい、…じゃあ行くか。ったく、こういうのは俺の役目じゃねェんだけど」
ダイス「…いいのかい?」
ラディ「まあ、ご主人様がこう言ったら従者は従うしかないんでな」
アレッタ「まったく得策とは思えないけれど…、クラスメイトの失態一つも補えないようでは家名が廃るわね」
マリィ「それじゃあ二人を助けにいこう!えいえいおー!」
*
紆余曲折あったものの無事に地下に降りることに成功した一行は、幸いなことにその場から動かなかった二人とすぐに合流することができた。
そこそこ深い穴だったのか、光は頭上から降ってくる一点のみ。
魔法で照らさなければ先はおろか足元すら覚束ない洞窟の中は、遠くで水の滴る音、そして。
ダイス「…、足音がする」
マリィ「足音?マリィたちのじゃなくて?」
ダイス「いいや、…魔物がいるみたいだ。一ヶ所に留まるのは危険かもしれない」
イグ「…ああ、徐々に集まってきているようだ。こっちはすぐ行き止まりになる、…進むとしたらこちらの通路だな」
杖をかざしながら先導するイグジスタに続き、周囲を警戒しながら足場の悪い道を進む。
マリィ「…イグ、大丈夫?怖くない?」
イグ「は、ははは、大丈夫さ!…今は怖がっている場合じゃないからね」
アレッタ「…それにしては手が震えているように見えるけれど」
ダイス「…っ、静かに。何か近づいてきてる」
耳をすませば、すぐ傍までその足音は近づいてきていた。
リリ「ちょっ、ちょっとどうすんのよ!?」
ラディ「逃げながら戦うしかないだろうなァ…!走れ!」
じりじりと滲み寄っていた気配は、脱兎のごとく走り出した一行の後を追うように速度を上げる。
四方から聞こえるその足音の総数は、一匹や二匹なんてもので無いのは明らかだ。
フィズィ「数が多いですね…。このままだと囲まれそうです」
イオ「うわあ…ピンチだよー!こんな暗いところで死ぬなんてイヤだー!!」
シン「それは同感です…!」
アレッタ「少しでも相手の足を止められれば…」
アシェ「やってみる…!攻撃は向いてないけど、それなら…!」
向かってくる魔物の足を蔦で絡めとり水の壁ではじき返す。
魔力の火花が散り、血走った鋭い眼光が暗闇の中で不気味に光った。
獲物を前にした獰猛な獣は、今にも喉を引き裂かんとばかりに鋭い爪を障壁に突き立てる。
ぎちぎちと音を立てながらゆっくりと食い込み、破裂する瞬間。
ロレ「欠陥品風情が調子に乗るなよ」
紫の体液をまき散らしながら、風の刃に四肢を裂かれた獣は絶命する。
まさに間一髪、フィズィは感嘆を漏らすとローレンの方を振り返った。
フィズィ「お見事ですね、ローレン君」
ロレ「油断するなよ、どうせまたすぐに襲ってくる。単細胞は学習しないからな」
仲間の凄惨な死を前にして怖気づいたのかずり、と一歩後ろに下がるがそれも一瞬。
怒り狂ったような咆哮を上げながら、荒い息を立ててさらに猛攻を仕掛けてくる。
ラディ「まったく、キリがねえなあ…!」
リン「まだ平気か、ラディ」
ラディ「ッ、はは!正直立っているのがやっと…って感じだけど、」
リン「…その割には楽しそうだな」
ラディ「アンタも同じだろ!安心しろ、まだやれる。…後ろは任せるぜ」
リン「ああ」
杖を構えその先、一点に魔力を集中する。
烈火のごとく燃える赤い炎が前方の魔物を焼き尽くし、後方では宝石のような刃のきらめきに合わせて踊るように血が舞った。
息を切らしながら、必死に杖を振るう。
まるで永遠のように長い時間、細い集中の糸が途切れるのはもはや時間の問題だった。
ラディ「…っ、リン!」
リリティア「危なーーいっ!!」
攻撃がマンダリンに迫る直前、咄嗟に庇うように前に出たリリティアは魔物の群れへと両手をかざす。
濃厚な魔力の塊は炎から一筋の光へと変わり、次いで轟音が響き渡る。
目を開けば魔物は跡形もなく消え去り、ぱちぱちと火花が余韻を残すように舞っているだけだった。
イオ「リ、リリティア先輩すごーい!!全部吹き飛ばしちゃったの!?」
リリ「あ、ああ…やっちゃったぁ……」
リン「すまない、リリティア。…おかげで助かった。ありがとう」
へなへなとその場に座り込むリリティアに、マンダリンは手を差し伸べそっと微笑む。
ようやく窮地を脱した一同は、ほっと一息つくのだった。
イグ「では入り口に戻る道を探さないと…、ん?あれは…」
アシェ「何かしら、光っているように見えるけど…」
イグジスタが暗闇に杖を向けるとその奥で、きらきらと光るものが目に入る。
つられるように足を向ければ、広がっていたのは水晶洞窟だ。
大きな水晶があらゆる方向から突き刺さり、反射して虹色の光を放つ。
下には水が溜まっており、初めに聞いた水の音はここから反響していたようだ。
アレッタ「綺麗ね…全部持ち帰りたいくらい」
ダイス「少しくらいはいいんじゃないかい?悪い思い出ばかりで締めくくるのも勿体ないしね」
アシェ「ふふ、そうだね。この光景を見られて…少しだけ落ちてよかった、なんて思ってしまいました」
アシェットはアクセサリーにしたら綺麗かも、なんて呟きながら天井を見上げる。
その言葉を聞いてか、フィズィは比較的小さい水晶を魔法で分解すると、欠片を掌にのせた。
シン「ミルさん?それ、どうするんですか?」
フィズィ「帰ったらラディに加工してもらおうと思って。…綺麗でしょう?」
シン「ええ、とても。きっと似合うと思います」
フィズィはくすりと微笑むと、ハンカチに欠片を包みそっとポケットにしまう。
しばらく幻想的な光景に魅入られていると、静かになった洞窟に人の声が届いた。
どうやら先程のリリティアの魔法は地上にまで音が響いていたらしく、結果的に捜索の役に立っていたらしい。
こうして慌ただしい校外学習の一日目を、なんとか全員無事に終えることができたのだった。
*
その後は大きなトラブルに見舞われることなく順調に進み、あっという間に時は過ぎる。
最終日のカリキュラムを終え、宿泊先の部屋へ疲れた足を運ぶ。
マリィ「あ~、疲れたぁ。体おもい~!お兄ちゃん運んで~…」
ロレ「言うほど魔法使ってないだろお前…」
マリィ「そんなことないもん!頑張ってたもーん!」
マリィ「たまには褒めてくれっていいじゃん!ダイスは頑張ったっていってくれたし!」
駆け足で階段を上りきり、後ろから登ってくるローレンの方に振り返る。
マリィ「どうせだったらダイスみたいなお兄ちゃんがほし、…かった、…」
かくん、と膝が折れる。
いや、折れたというよりは崩れたという方が正しかったのか。
マリィ「え?」
ぼとり、と何かが落ちて転がった。
それが自身の眼球だったと理解するまでに数秒。
ロレ「あーあ、お前、飴食べるの忘れただろ」
対して驚いた様子もなく、ローレンはどろどろに溶けていくマリーの体を抱える。
マリィ「おにい、…ちゃん…?」
震える声で呼べば、ローレンは目を細めて微笑んだ。
生まれてから一度も見たことが無い、まるで世界で一番愛おしいものを見つけたように。
思えば双子のかたわれの気持ちを、理解できたことなど一度だってなかったのかもしれない。
ロレ「おかえり、僕のマリアベル」