春〜入学式〜
春というには少し肌寒い、蕾がほころび始める頃合い。
隣国ではとうに満開の花々が来訪者を迎え入れているだろうが、オルド王国の北に位置するこの国の春はいささか彩にかけている。
しかし、行き交う人々が花の代わりを務めるように街並みを彩っているからか不思議と殺風景さは感じることはなかった。
あなたたちも雑踏の中に身を紛らわせ、4色に分かれた制服がまた街を鮮やかにしていく。
「ようこそ、私立魔道学院メティスカレッジへ」
天井に描かれた紺碧の空に輝く星々に見下ろされながら、荘厳な入学式は幕を開けた。
学長の長い挨拶が終わってしまえば淡々と事は進み、そう時間もかからずに今度は教室へと足を運ぶことになるだろう。
扉をくぐる生徒たちの面持ちは、強そうな個性と同じくらい様々であった。
一言二言話を交えれば、席につくよう指示を受ける。
狭い室内の造りはいわゆる階段教室で、中央の階段を割るように木製の机が置かれている。
席はあらかじめ決まっているようで、机の上には魔法で文字が書かれているのがみえるだろう。
教員「では、自己紹介は…そうだな端にいるし首席のローレンから」
名前を呼ばれた上段の席の端に座る白髪の少年は、大きくも小さくもない返事をしながら立つと短く「ローレン・カストル」とだけ言い、再び椅子に座った。
マリィ「お兄ちゃん、自己紹介ってそういうのじゃなくない?」
ロレ「うるさいな…、名前だけわかれば十分だろ」
イグ「はは、まあ時間は沢山ある。これからもっと君のことを教えてくれ!」
赤紫色の髪が特徴的な青年は、いまにも歌いだしそうな声で陽気に笑う。
胸に手を当て一呼吸おくと、まるで台本のセリフを読むような芝居じみた動きで男は語った。
イグ「やあやあ、紳士淑女諸君。初めまして、私はイグジスタ・リ・ゾナンスだ。よろしく頼むよ」
イグ「僕の家は演奏家一家でね、趣味はもちろん演奏。それと、楽器の修理が好きなんだ。何かあればぜひ頼ってくれたまえ」
真っ当だ、とどこか安心したような空気が漂ったのは言うまでもない。
イグジスタが紹介を終えれば、その隣に座る気の強そうな少女はかたんと椅子を鳴らして立ち上がる。
リリ「リリティア。趣味はショッピングと裁縫よ。以上」
マリィ「ショッピング好きなの!?マリィも!」
リリ「…ふん、次アンタの番でしょ?さっさと自己紹介したら?」
マリィ「…あ、そうだった。マリー・カストルです!友達100人作るのが目標です!仲良くしてね!」
階段を挟んだ先、あどけなさが残る少女は束ねた髪を揺らしながら人懐こく笑う。
その横、手入れの行き届いた若草色の髪を指に絡めながら少女、否、少年は双子に視線を送ると興味深そうに呟いた。
イオ「ほんとに双子?ってくらい似てないね」
マリィ「うん、よく言われるよ。不愛想で意地悪だけど、マリィともども仲良くしてくれると嬉しいな。お兄ちゃん友達いないから…」
ロレ「余計なお世話だ。友達いないのはお前も一緒だろ」
マリィ「いるもん!これから作るもん!!」
イオ「あはは、なんか楽しそうだね。うんうん、これからよろしく!」
イオ「おれはアイオロス・アストライオス!イオって呼んでねー!」
イオ「趣味はかわいーものあつめと、特技はヘアアレとアクセ作り!髪も毎日自分でセットしてるんだー」
アシェ「かわいいもの…、どんなものがあるのかしら」
アシェ「あ、ごめんなさい。気になって、つい」
仕切りなおすようにこほん、と一つ咳払いをしてふわりと広がったスカートの裾をつまむ。
アシェ「失礼しました。私はアシェット・デセールと言います。ぜひ、アーシェとお呼びください」
イオ「ふーん、君もかわいいのとか好きなの?」
アシェ「ええ、見てるだけで楽しくなるもの」
シン「えっと…次は、僕かな。シン・ツァンリーと言います。少し発音しずらいかもしれませんがシンでもツァンでも、お好きに呼んでください」
ダイス「リンとは昔からの付き合いなんだ。うちにホームステイしていてね。ふふ、言葉も上手だろう?」
シン「幼い頃から来る機会は多かったですからね。でも、母国を離れての生活で心配事もありますからダイスが一緒で心強いです」
一段下がって前列に座る金髪の青年は穏やかに微笑みながら、ぺこりと一つお辞儀をして口を開く。
他国からの留学生が多いメティスカレッジでは特別珍しいことではないが、この地方ではあまり馴染みのない名前である。
それを感じさせないほど流暢な言葉にダイスは誇らしげに語る。
シン「みなさまよろしくおねがいしま、…あ」
友人に褒められて気が緩んだのか、最後に舌がもつれて少し気恥ずかしそうに笑うシンに、隣に座るアレッタとダイスもつられて微笑んだ。
アレッタ「ふふ、大丈夫よ。気にしなくていいわ、緊張は皆しているでしょうし」
ダイス「そうだよ、リン。ここには僕もいるしね、一緒に少しずつ慣れていこう」
ダイス「では、僕の番だね」
可愛らしい外見とは裏腹に男性的な口調で毅然と振舞う、彼女の所作のひとつひとつが良い家柄で育ったことを裏付けているようだ。
ダイス「僕はファンブラー公爵家の長男、ダイス・クリティカ・ファンブラーだ、よろしく」
アレッタ「ああ、ファンブラー家の。ご一緒出来るなんて光栄ね」
ダイス「とは言っても名ばかりだからね。気軽に接して欲しい。君はカルディナーレ家のお嬢様だろう?こちらこそ、仲良くしてくれたら嬉しいよ」
アレッタ「ふふ、知っている方もいるみたいだけど挨拶はきちんとしないとね。私はアレッタ・カルディナーレ、どうぞよろしく」
優雅に微笑む少女もまた貴族らしく、凛とした淑女という表現が相応しい。
アレッタはどうぞと指先を整え手を指すと、目線の先にいる気真面目そうな男は静かに椅子を引く。
リン「マンダリン・サニーだ。これからよろしく頼む」
ラディ「おいおい、それだけか?他に何かあるだろ、好きな食べ物とか」
リン「急になんなんだ…、好きな食べ物?そうだな、…海鮮、エビが好きだ」
ラディ「はい、よく出来ました」
机に頬杖をつきながらリンを見上げペリドットの瞳を細めて笑う男にため息をつけば、その隣で白い髪の少女は口元を隠しながらくすくすと肩を揺らす。
少女がラディ、と語りかければ男はまるで従者のように伴って席を立ち小さく首を垂れた。
フィズィ「私はミル・フィズィ・ヘイスティングス。こちらは使用人のラディスラス・ロスリンです」
ラディ「どうぞよろしく」
フィズィ「実家は病院経営をしておりまして、私も後継として医者を志しているんです」
ロレ「ヘイスティングスと言えばネルフでも有数の大病院だな」
フィズィ「ええ、ご存知なんですね」
ラディ「フィズィは勉強はできるが偏りがすごくてな、世間知らずが服を着て歩いてるような箱入りお嬢様だがよろしくしてやってくれ」
フィズィ「お互いに実りある学生生活にしましょうね」
一通り自己紹介を終えれば、あとは好きにしていいとばかりに教員は足早に教室を去る。
生徒の自主性に重きを置く校風らしいといえばそれまでだが、入学早々に丸投げされては困惑するなという方が無理な話である。
フィズィ「…ラディ、お腹ぺこぺこになってしまいました」
ラディ「相変わらず急だな、今は生徒同士だって言うのに従者使いが荒いご主人様だぜ」
それに同調するように後方からもぐうと音が聞こえ、振り返れば丁度ローレンが新しいお菓子の封を切ろうとしているところだった。
アレッタ「折角ならお茶会でもどうかしら。アフタヌーンティーにはまだ早いけれど、時間も余っているようだし」
シン「それは良いですね。菓子では無いですが軽食ならありますよ。僕の母国の名産品なんですが…」
ダイス「ああ、もしかして角煮饅頭かい?」
シン「はい、良ければみんなで食べてください」
アレッタ「ふふ、決まりでいいかしら?」
マリィ「はいはい!それならお菓子持ち寄って中庭集合にしよ!お兄ちゃんの荷物にいっぱい入ってるの知ってるんだ〜」
ローレン「おい、勝手に人の荷物を漁ろうとするな」
言うや否や真っ先に教室から出ていったマリーを皮切りにして、ぞろぞろと教室を後にする生徒たち。
その表情はやはり千差万別ではあるが、扉をくぐった時よりも柔らかくなっていた。
頬を撫でる風は未だほのかに寒々しさを残しているものの、空は青くこの時期では絶好のお茶会日和といったところだろう。
ガーデンテーブルの上には持ち寄った菓子の他にも茶器や本、アクセサリーなど様々なもので溢れかえっている。
マリーはその内のひとつを手に取ると、まるで宝石を見つけたかのように目を輝かせた。
マリィ「これ、かわいい〜!」
イオ「お、お目が高いねー!これ、おれが作ったんだ」
アシェ「まあ、素敵。アイオロスさんは、アクセサリー作りがご趣味なのですか?」
イオ「うん!カワイーでしょ?これは星座モチーフのやつなんだけど…」
マリィ「超かわいいよ〜!いいなぁ、マリィもこんな可愛いの作れるようになりたい!」
イオ「あはは、ありがと。良ければひとつ貰ってくれない?ほら、これからよろしくってことでさ!」
アシェ「あら、いいの?それじゃあお言葉に甘えますね」
マリィ「やったぁ!大事にするね!ありがと〜!」
女子?トークに花を咲かせる横、フィズィは真剣な顔でテーブルの上に視線を巡らせていた。
ダイス「おや、どうかしたのかい?」
フィズィ「うーん、どれも美味しそうで何を選ぶか迷ってしまって…」
アレッタ「あら、気にしなくていいのに。ここからここまで全部食べても構わないわよ?」
ラディ「だってよ、お言葉に甘えて全部食べるか?」
ダイス「はは、でも折角ならみんなで味わいたいだろう。それなら、このサイコロを振って決めるといい」
フィズィ「えっと、じゃあ1はこれで2はこれ…」
ダイス「ああ、じゃあ振るよ。…えっと、1だから」
シン「角煮饅頭ですね。どうぞ、美味しいですよ。まだまだあるので遠慮せず食べてください」
フィズィ「わあ、ありがとうございます。いただきます」
一方、その頃。
リリ「…何してんの?」
イグ「折角の茶会だろう?伴奏のひとつでもあった方が盛り上がるかと思ってね」
リン「なるほど、一理ある。で、何を演奏するつもりなんだ?」
イグ「それは聞いてからのお楽しみさ。良かったら感想を聞かせてくれたまえ」
リリ「ふん、期待しないで聴いてあげるわよ」
イグジスタはケースからヴァイオリンを取り出すと、楽器を構えて弓を弾く。
乱れなく調律された美しい音が、風に乗って響き渡る。
演奏を終えると、周囲では自然と拍手が上がった。
リン「良い腕前だ、素晴らしい演奏だった」
リリ「……、まあそこそこ良かったんじゃない?思ったよりは」
イグ「本当か?気に入ってくれたのなら良かった!ぜひまた聞いてくれ」
リン「ああ、もちろん」
リリ「どうしてもっていうなら?…暇な時だったら聴いてあげてもいいわよ」
その後も茶会は賑やかに進み、幕を閉じる頃にはすっかり打ち解けあっていた。
たった1人を除いては。
こんこん、とマリーは兄の部屋の扉を叩く。
マリィ「お兄ちゃん、なんでお茶会来なかったの」
ロレ「必要無い。サンプルの採取はその様な交流がなくても可能だ」
マリィ「またワケわかんないこと言って…お母様から言われたこと忘れたの?」
彼は相変わらず机に向き合ったままで、その表情は伺えない。
どうやら兄は言いつけを守る気はさらさら無いらしい。
それならば、と。
マリィ「夏は海に行くから!ちゃんと水着用意しておいてね!」
ロレ「……は?海?」
抗議の声が上がる前にばたんと部屋の扉を閉める。
氷が水に直ぐには戻らないように、人を変えるには時間が必要だ。
兄にも、彼らにとっても。
物語の結末は喜劇か悲劇か、今は誰にも分からない。
それでも少女の瞳に映る世界は、輝いて見えるから。
未来はきっと明るいはずだ、窓の先に広がる青い空のように。
ここは私立魔道学院メティスカレッジ。
この物語の終わりが、どうかあなたにとってのハッピーエンドでありますように。
結末を決めるのは、きっとあなただ。
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