第4話 旅立ち、最近の若者は元気すぎて困る
次の日の朝、ついにあたしが三度目の魔王退治の旅に出る日がやってきた。
何の因果でこの歳で魔王退治なんてしないといけないのか、そもそもなんでこの短期間で三回も世界が滅亡しかけているのか、考えれば文句しか出てこないが文句を言ったところでどうにもならない、そろそろ腹をくくるしかないのだ。
「これを……使うのも久しぶりになるねぇ」
あたしは棚から引っ張り出してきた装備達から歳を取った自分に合うものだけ選んでできる限りの軽装備で整えた。
変に重いものを持っていくのは腰に来る。
それぐらいなら最初から軽装備にすればいい話だ。
「あれ、マチルダさんもう準備出来てるんですか?」
装備を整えてリビングに戻ればアダムは驚いた様子であたしを見た。
「あんたさんは意外と寝坊助さんみたいだねぇ、装備品は最初はつけるのに苦労するからもっと早く起きてきて準備を始めるべきだったんじゃないかい?」
あたしはまだちゃんと装備を整えられていない様子のアダムをしげしげと観察しながら嫌味を言う。
「マチルダさんそんなこと教えてくれなかったじゃないですか!」
「だって聞かれてないからね」
少し怒った様子で文句を言ってくるアダムにあたしはしれっとそう返す。
まぁ、装備品というのはどれも意外と付けるのが難しかったりする。
腕を通すところとか、ベルトを止めるところとか。
旅に出たこともない子供がすぐにちゃんと着られるとは最初から思ってない。
「っ……大丈夫です、すぐに準備しますから、えーっとこれが、こっちで、これは……」
あたしが煽ったからかアダムはムキになって装備を整えようとするが余計にこんがらがっていく。
存外この子供は不器用なのかもしれない。
「全く……見てらんないね、ちょっとこっちにおいで」
あたしは近くの椅子に腰かけると手招きをする。
「マチルダさん……?」
アダムは疑問符を浮かべながら装備を持ってこちらへと寄ってくる。
「これは、ここを通すんだよ、それでそれはそこに止めるナイフの位置はここ、分かったかい、この一度しか言わないからしっかり覚えておくんだよ」
あたしはアダムから装備品を奪い取ると説明しながらアダムに装着していく。
そして最後の鎧のベルトを止めると背中を思いっきり叩く。
「は、はい!」
アダムは跳び跳ねるように驚きながら返事を返す。
こういう時に優しく一から教えてやれるような性格でないことが悔やまれる。
昔だったらまだわからずも色んな揉め事に巻き込まれて揉みに揉まれた今のあたしではこういう嫌なババアみたいなことしか出来ない。
「おはようございますお二人様、そろそろ準備が終わる頃だと思いまして、お迎えにあがりました」
アダムの装備が終わった丁度を見計らったようにノラが家の扉を開く。
「……たまたま、にしてはあまりにもピンポイント過ぎやしないかね?」
そろそろ準備が出来たところ、なんて言うにはあまりにもタイミングがぴったりだ。
だが探った感じこの家に何か、盗聴機や盗撮機の類いを設置されている感じはしない。
探知魔法はそれなりに得意なほうだからこれは信頼できる筈。
だからこそ、ノラの胡散臭さが強くなるわけだが。
「はて、何のことでしょうか?」
だがノラはただそう言って首をかしげるだけで。
「まぁ、とぼけるならそれでいいよ、で、この家はちゃんと管理してくれるんだろうね」
こういう人間はどれだけ聞こうと答えはしない。
そういう経験論があるから早々にあたしは諦めると家の話をする。
「はい、マチルダ様がそれを望むのでしたらこの状態で維持できるように保存魔法をかけましょう、ただ、もし他の場所に新しく住みたいとかそういうご希望がありましたらお申し付けいただければ魔王討伐後に新しい家をご用意します、それこそ王都に近い場所の大豪邸でも、国の偏狭の掘っ立て小屋まで何でもいいですよ」
ノラは言いながら大きく手を広げる。
「……それなら、この家を保存しといて貰おうかね」
あたしは一瞬考えた後にすぐに即答した。
「あまり近隣の住人と上手くいっていないようですが?」
少し驚いた様子のノラが平然とそう言ってのける。
「あんたは何でもお見通しってキャラなのかい?」
あの曲者の王がわざわざ選んだ使い、普通の人間ではないと思っていたがここまで全てリサーチされていればさすがに気持ち悪い。
それに何より全てわかっているというようなその反応が気に入らなかった。
「いえ、私ごときがそんな……怒らないでください、ただ、この家を尋ねた時も、出た時も、回りでこそこそと陰口を叩いているのを耳にしたもので、この歳ですから新しい住居を構えるのも手かと思いまして……」
あたしの機嫌が悪くなったのを早々に察したノラは慌てて弁明する。
だがそれでも表情が崩れないのが少し気になるところだ。
「はぁ……そういうのを余計なお世話って言うんだよ、よく覚えておきな、あたしが帰ってくるのはこの家でいいんだよ、分かったかい?」
あたしはノラに言い聞かせるようにそう言い含める。
あたしは豪邸はいらない。
独りで住むには大きすぎるからだ。
王都のような騒がしい場所も必要ない。
独りを実感するだけだからだ。
かといって辺境の土地の掘っ立て小屋も必要ない。
周りに他人すらいないのは、寂しいから。
だから住み慣れたここでいい。
村の端の家に偏屈な婆さんが住んでいる。
それでいいのだ。
「マチルダ様がそれを望むのであれば、国の名に懸けてこの家を現状保存しましょう」
ノラはあたしがこの家に固執していることにすら特に気を割くことなく淡々と言ってお辞儀する。
「分かったならいいんだよ、さてと、それじゃあこっちから出ることにしようか」
あたしとアダム、ノラの全員が家を出ると家の鍵をかける。
この家に鍵をかけたのはいつぶりだろうか。
そして家の鍵をノラに預けるとあたしは村の正面入口ではないほうに向かう。
「村の裏口からですか?」
ノラが不思議そうにそう聞いてくる。
「村の真正面からこの格好で出ていったらいい笑い者だよ、だからここから出る」
村の端の偏屈な婆さんがいきなり旅支度をして男二人連れて正門から出ようものなら話題の格好の的だろう。
それではこの家に帰ってきた時に静かに暮らすこともままならない。
「そうですか、それでは私はこの辺で、お二人の旅立ちはしっかりと国に報告させていただきます」
あたし達三人が村の裏門から村を出るとすぐにノラはそう言ってあたし達から距離を取る。
「それはご苦労なこって、出来ることなら二度と会わないことを願っておくよ」
あたしはやっとこの胡散臭い男と別れられることに安堵して嫌味を内包させて言葉を送る。
「こ、ここまでありがとうございました!」
逆にアダムはしっかりと頭を下げてお礼を伝える。
「痛み入ります、それでは」
ノラはこちらにペコリと一度頭を下げるとそのままくるりと向きを変えて歩いていった。
「……さてと、あたし達がまず行くのは錬金国家アルケミーだね、ここからだとそれなりに距離があるからね、途中の国に寄って馬を調達しようか」
あたしは迷うことなく歩きながらこの後の道筋を説明する。
逆にアダムは必死に地図にかじりついていた。
二度の世界を救う旅のせいでここら一帯……というよりは世界中の地図はなんとなく頭に入っている。
まぁ、何十年も前の地図だから今は違うかもしれないのでこうしてアダムに地図で確認もさせているわけだけれど。
地図みたいな小さな文字は老眼には良くない。
「馬、ですか?」
あたしの提案にアダムは顔を少ししかめながら聞き返してくる。
「これは国からの依頼だよ、どこでどれだけ金を使ったって全て国から出る金だ、それなのにわざわざ徒歩なんてバカらしいことする必要ないだろう、だから馬を借りるのさ」
そう、たとえどれだけ散財しても全て国の金。
誰にも文句は言われない。
まぁ言ってきたとしたら無理やり旅に出させたことを盾に散々文句を言ってやる。
「そう、ですか……」
アダムは何か言いたい様子でそう言いながら視線を地図に戻す。
「何か言いたいことがあれば言ったらどうだい、気色悪いね」
優しく何かあるならおいい、何て言えないあたしはつっけんどんにそう聞き返す。
「あ、えー。そうですね、マチルダさんはそんな大きな剣を、その、使いこなせるんですか?」
だがアダムはあからさまに話題を反らしてあたしの腰に差された剣を指差す。
あたしが昔から使っているこの剣は普通の剣よりも一回りほど大きい。
せっかちな性格であるあたしには細い剣よりも一撃の大きな剣のほうが向いている。
勿論全盛期程には扱えないだろうが手に持った感じからすれば扱うことは容易だろう。
「使えないものをわざわざ持ってきたりはしないだろうさ、ちゃんと使えるから持ってきたんだ何も問題はないね……っ! アダム、下がりな」
あたしは慌てて叫ぶとアダムの肩に手を掛けて後ろに強く引く。
「は、え、あ……はい!」
最初は驚いていたアダムも状況を把握してそのまま身を引く。
何処にその巨躯を隠していたのか分からないが気づいたときにはそれなりに近い距離にその魔物は立っていた。
それも興奮状態で暴れまわっている。
あからさまにあたし達に敵意を持って。
「あれは、サイクロプスかね、確かにこの国は今おかしくなっているようだね、こんなところにサイクロプスがいるのもおかしいし、何より最近はおとなしかった筈の魔物達がこれだけ意気がってるんだからね」
あたしは言いながら腰から剣を引き抜く。
サイクロプスは一つ目の躯の大きい魔物だ。
力はそれなり。
少なくともこんな村や町の近くにいるような魔物ではない。
「ま、マチルダさん! あんな大きいの、倒せます、か……?」
アダムは慌ててあたしのほうを見やりながら騒ぐ。
アダム本人も背中の弓に手をかけているがあたしとの約束のせいか、恐らく初めてこんな大きな魔物に出会ったからなのか、親を殺されたことに対する恐怖からなのか前に出ようとはしない。
娘達が殺された時、アダムがどこにいて、何をしていたのかをあたしはノラから聞いていない。
勿論気にはなった。
だがアダムがいる前で話すことはさすがに出来なかった。
だがアダムが少し恐怖の色を身体から発したのは、少しだけ気にさわった。
だからあたしは
「まぁ、問題はないかね」
剣を構えたまま素早く前に出ると太く強硬なサイクロプスの両足を一凪で切り落とした。
「ぐぎゃあ!!」
大声で叫びながらサイクロプスは地面に倒れる。
「え……?」
その様子を見ていたアダムはバカみたいな声をあげた。
「全くこんなおいぼれのスピードについてこれないようじゃダメだねぇ」
あたしはやれやれと独りごちながらサイクロプスのほうを向く。
「ぐぅ……」
倒れて呻くサイクロプスを見ながらため息が漏れる。
断面がなっていない。
昔であればそれこそ斬ってすぐならくっ付けられるぐらいの精度で斬れたはず。
だがその斬れかたを見れば一目瞭然。
あまりに酷い。
それから初速も遅くなっていた。
昔なら今の軌跡で首も跳ねられただろう。
やはり人間歳には勝てないということだろう。
「さてと、悪いが止めを刺すとするか」
あたしは言いながら剣をサイクロプスの首にあてがう。
「マ、オウ……サガシテル、ウル、ワシノヒメ、ユウ……グァ!!」
だがサイクロプスは最後の力を振り絞って片言な言葉でそう語る。
魔王、探す、麗しの姫、その先を聞きたくなかったあたしは無意識にサイクロプスの首にあてていた剣を横に引いていた。
ごとりっ、と音がしてサイクロプスの首が落ちる。
「マチルダさん! 今何か、話してたのにいいんですか……?」
アダムは魔物の首が落ちたことよりも何かを言おうとしていた魔物のことを気にした様子で慌てて駆け寄ってくる。
「……いいかい、魔物の言葉何かに耳を貸す必要はないよ、奴らは言葉を使って惑わせてくるからね」
あたしはアダムに視線を合わせてしっかりと言い聞かせる。
魔物の言葉に惑わされるようになれば、それは大きく自身の力を損なうことになる。
それはあたしが一番よく知っている。
そして何よりも、変なことを吹き込まれでもしたら困るからだ。
だからわざわざ視線まで合わせて警告した。
「は、はい……でもマチルダさん、本当に戦えたんですね、はっきり言って、実力を、疑ってました……」
あたしの圧を感じたのかアダムはうなずくとそれから驚いたというようにそう呟く。
「これぐらい何ともないが、ダメだね、全盛期ほどのスピードが出ない……っ痛たた……」
あたしは剣の血を払って鞘に戻す。
それから痛む腰に手を当てる。
「敵の攻撃が当たってましたか!?」
アダムは慌てた様子であたしの身体を見ながら腰に刺していた杖に手をあてがう。
「いや、ただの持病の腰痛だね、歳を取ると色んなところにガタが来るもんさ、本当にこの腰の痛みがなければもう少し全盛期に近付けると思うんだけどねぇ」
だがあたしはそれを手で制止ながら説明する。
歳を取ったことで色んなところが否応なしに弱体化した。
老眼もそうだが一番はなんと言ってもこの腰痛だ。
他は何とかなってもこれだけはどうにもならない。
全く本当に嫌になる。
「ボクのヒールではダメなんですか?」
アダムは少し考えてからそう聞いてくる。
「……ヒールなら、一時はよくなるが回復するわけじゃあないからね、そもそも腰痛を失くすような万能薬なんてこの世にはないよ、歳には抗えない」
病気や怪我に対する薬や術は数多に存在する。
だがそれでも万能薬なんてものはこの世に存在しないのだ。
無理なものは無理なものとして向き合っていくしかない。
「そう、ですか……」
アダムはあからさまに気落ちした様子でそう呟きながら杖から手を離す。
「……でも、一時の気休めでも充分動きやすくなる、もしもの時はたのむかもしれないねぇ、ほら分かったら立ち止まってないでとっとと行くよ!」
あたしは別にフォローを入れたわけではない。
だだ実際に一時の気休めだろうとそれは役に立つ、それだけの話でそれを伝えただけだ。
「……はい!」
だがアダムにどう通じたのかは分からないが先程よりも少しだけ明るい表情を浮かべたアダムは元気にそう返事を返した。
「魔物がうろちょろしてるのはよく分かったけど、全く腰が痛くて叶わないね」
あたし達はそれからもどんどんと頭のなかの地図と本物の地図を頼りに馬を買うべく近くにある町である水の都ウォーターブルーを目指していた。
勿論沢山の魔物と遭遇したしその度に応戦して剣で一方的になぶっていた。
体力はまだまだあるが腰の痛みが相変わらずの悩みだった
「ぼ、ボクも何か……!」
そんなあたしを見てアダムは身を乗り出す。
だが
「何もする必要はないよ、そしてあんたには何も出来ない、連れてくって話をした時にした約束だ、しっかり守りな」
あたしはそれだけ言って話を区切る。
ここでそれじゃあヒールをかけてくれ、そう言うのは簡単なことだ。
だがそれでもし、自身の力に慢心して戦うなどと言い出されればそれこそ面倒。
それなら最初から何もさせなければいい。
つまりは足手まとい……いや、心のなかでだけ本心を伝えるのであれば、アダムがわざわざ傷付いてまで戦う必要がないからだ。
「っ……」
私の言葉にアダムは肩からかけている斜めかけバックの紐を握りしめながら少し辛そうな表徐であたしの後ろに下がる。
そう、それでいい。
あたしは別にアダムに好かれたいわけじゃないのだから。
「うわぁぁあぁぁ!!」
やっと話も終わったと思い前を向いて歩き出せば何処かからけたたましい叫び声が聞こえる。
「全く、煩いね、何の叫び声だい!」
あたしは耳を押さえながら怒鳴る。
好きで旅に出たわけでもない。
少しは静かにして欲しいものだ。
「誰かが魔物に襲われてるのかも……探して助けないと!」
逆にアダムは慌てた様子でそう言いながら悲鳴の聞こえたほうへと進む道を方向転換しようとする。
「……なんであたしがそんなことしないといけないんだい?」
だからあたしはそんなアダムの後ろ姿にそう返す。
「……え」
ピタッと立ち止まったアダムは困惑した様子でそう呟きながらあたしのほうを振り返る。
「あたしが国から命令されたのは魔王討伐、人助けじゃないからね、運が良ければ近くの国の衛兵にでも見つけてもらえるだろう、あたし達は無視してとっとと行くよ」
あたしはそれだけ伝えるとアダムを通り越して元々進もうとしていた道に戻ろうとする。
ほぼ無理やり魔王退治に旅立たされたというのに何故わざわざさらに面倒くさいことに口を突っ込まなければいけないのだ。
それにここ辺りはあまり良い場所でもない。
「そ、れは……出来ない」
「なんだって……?」
一向にあたしについてこないアダムを見ていればアダムは絞り出すようにそう言った。
あたしは眉間にシワを寄せながら聞き返す。
「困ってる人がいるかもしれないなら、役に立てなくてもボクは助けに行きます、黙って見過ごすなんて絶対に出来ない!」
アダムはそれだけ言うとあたしの返事も待たずに声のしたほうへと勢いよく駆け出した。
「あ、こら!」バカ! あー、もうあんな遠くに……」
あたしは慌てて呼び止めるがアダムは止まることはなく、気付けばかなり遠くのほうまで走って行ってしまった。
若いから足が速くて本当に困る。
「……」
あたしは見えなくなりそうなアダムの背中を見ながら考える。
このままアダムを置いて町を目指すかどうか。
そもそもアダムは話の流れでついてくることになった絶縁状態の娘に出来ていた会ったこともない孫。
頬っておいてとっとと魔王を倒せばそれであたしの平穏は戻ってくる。
「……全く……追いかけるこっちの身にもなって欲しいもんだよ!」
考える時間はそんなにいらなかった。
あたしは誰に言うでもなく文句を言うとアダムが走っていったほうへ追いかけて駆け出した。