第3話 可哀想だから
「これとかはどうですかマチルダさん」
そう言ってアダムが沢山並べられた武器から選らんだのは自分の背丈ほどはありそうな剣だった。
「バカ言うんじゃないよ、そんな自分より大きい武器を選べば武器に振り回されるのが目に見えてる」
あたしは言いながらアダムの手の中から剣を取り上げる。
こんな大きな剣を持って怪我でも……いや、部屋の中を壊されても困る。
「そう、ですか……」
アダムは残念そうに呟きながらまた武器を漁る。
「……あんたの手を見るに今までは戦いなんかと無縁の生活をしていたのがよく分かる、それならまずは、こういうのでいいだろう」
あたしは言いながら武器の中から一本の杖を取り出す。
よく魔法使いが持っているような杖の先端に丸い宝石のようなものがはめられたもの、と言えば伝わるだろう。
「杖……ですか? でもこれじゃあ攻撃が……」
「あんたは戦わないんだから攻撃力なんて無くていいだろう、その杖は回復魔法の向上効果の付与された杖だね、後方支援には向いてるはずだよ」
不服そうに呟くアダムにあたしはこの杖の重要性を説明する。
杖の先端に付けられたものはおそらく魔石で、力を底上げしてくれる筈だ。
「流石はマチルダ様ですね、武器に付けられた付与効果までしっかりと理解していらっしゃる」
そんなあたし達のやり取りを黙って見ていたノラが茶々をいれてくる。
「当たり前のことだろう、とりあえずお前は黙ってな、まだ腹の虫は収まってないからね」
そんなノラにあたしはつっけんどんにそう返す。
「善処します」
ノラは文句を言うでもなくそれだけ言って一歩後ろに下がる。
「で、でも! もしもの時の攻撃手段はせめて欲しいんですけど」
アダムは杖を手に取りながらもまだ不満があるというようにそう訴えてくる。
確かに、万が一にもあり得ないことだがあたしを魔物が掻い潜ってアダムを狙った時に医療特化の杖では反撃が出来ない。
「……それならまぁ、これとかがいいかもしれないね」
あたしは言いながら今度はひとつの弓を手に取る。
「今度は弓……何で弓なんですか?」
弓をあたしから受け取りながらもアダムはまだ不満げだ。
「簡単な話だよ、あんたの法力はあんたの祖父の遺伝だろう、あれもサブウェポンは弓だった、だから手に馴染みやすいかもしれないだろう」
あたしの旦那は高名な僧侶だったがそれと同時に弓の名手でもあった。
だからこそ旦那の法力を受け継いだアダムなら弓だって使いこなせるようになるだろう。
それにこれなら前線に無理に立とうともしない筈。
何せ遠距離武器なのだから。
「成る程……」
色々と裏で算段しながら選び、それっぽいことを言ってみれば年相応にアダムは納得したように頷く。
矢張、子供というのは純粋なものだ。
「それから、これはもしもの時の近距離武器だね」
あたしは弓を眺めるアダムのほうにもうひとつ武器を渡す。
「ナイフ……ですか」
あたしがアダムに渡したのは剣と言うには小さいがそれなりのサイズのナイフ。
もし、万が一にでもあたしを掻い潜った敵がアダムに迫ったとき、それで反撃を出来るようにとの意向の元だった。
「がっかりしてるんじゃないよ、今のあんたの腕力ではこれが限界だって言ってるんだ、もしもっと力がつけばサイズを大きくしてもいいが、今はその時じゃない、それに……あんたが強くなる必要はない、前線に立つのはあくまであたしだからね」
「……」
少し腑に落ちないというような顔をしているアダムにあたしは釘を刺す。
元々がそれを守れるなら連れて行く、そういう約束だ。
それが守れないなら連れていくことはしない。
いや、出来ない。
足手まといなのに前線に出ようとするバカを止める程にあたしは元気ではないからだ。
心配は、していない。
「そういう約束だろう、それを飲めないってなれば連れては行けない」
黙り込んでしまったアダムにあたしは再度現実を突きつける。
これで行かないと言い出してくれればどれ程楽だったことか。
「……じゃあ、今度は防具選びを付き合ってくださいよ、僕一人じゃあ分からないから」
だが勿論アダムはそんなことは言わずに今度は並べられた防具を片っ端から触ったり、叩いたりしながらあたしに助言を求めてくる。
「そうさねぇ、あんたぐらいのサイズならこういうのがいいかもしれないねぇ」
やはりこの子の中には旅に出ないという選択肢はそもそもないのだろう。
あたしは複雑に重いながらも重い腰を上げるとアダムに合いそうな防具品を選び始めた。
「アダム様の装備一式はお決まりになったようですが、マチルダ様はいかが致しますか?」
それからしばらくしてアダムの装備一式が揃うと傍観者を決め込んでいたノラが聞いてくる。
「あたしは自分の専用武器を取ってあるから必要ないね」
あたしは言いながらひとつのクローゼットの扉を開いた。
そこには現役時代に使っていた防具や武器などが全てぞんざいに詰め込まれている。
「そうですか……引退されたわりには準備は万端なんですね」
ノラは顎に手を当てて笑顔でそう言い放つ。
「……何が言いたいんだい?」
あたしは少し癪に触って睨みながら聞き返す。
「いいえ何も、私からいうことはありませんよ」
だがノラはそう言いながらただ一歩、後ろに下がっただけだった。
「本当に一々気にさわるやつだねぇ、別にたいした意味はないさ、散々恨みを買ってもおかしくないことをしてきたんだ、襲撃にあった云々で死ぬのがごめんなだけさ」
勇者という立場上魔物は勿論沢山殺してきた。
そして旅の途中に助けられなかった人達だって沢山いる。
勇者というのは世間体は良いものかもしれないが実際のところはどこで誰から悪意を買っていても何もおかしくない職業なのだ。
「成る程」
ノラはあたしの説明を信じたのか信じていないのかすらよくわからないトーンでそう返すとにこりと微笑んで見せた。
「さて、疲れたからあたしはもう休む、明日からは余計に疲れる毎日が待っているからね、あんた達は……アダムは布団でも使ったら良い、あんたは……」
あたしは言いながらノラのほうを見る
アダムは明日から一緒に旅をするから仕方ないとして、まさかこいつも泊まっていくとでもいうのだろうか。
「一応旅に出られるまでご一緒させていただきますが寝床は自分で準備出来るのでお気になさらず、出立の時にまた伺います」
だがそんな懸念もノラの言葉ですぐに解消する。
ノラはそれだけ言うと失礼しますと頭を下げて家を出ていった。
「……行ったか、本当に胡散臭いやつだね全く、アダム、布団はそこの棚に入っているから勝手に使いな」
あたしはやっと一人疫病神を追い出せたとため息を吐きながらアダムに布団の位置を指差して教える。
「あ、はい! ……マチルダさん」
アダムは言われるがままに棚のほうに向かうが途中で脚を止めてあたしのほうを向く。
「何だい、まだ何か用があるのかい」
今日は色々とありすぎた。
流石のあたしだってこう色んなことが重なれば心労が溜まる。
出来ることならすぐにでもベットに潜りたいくらいだ。
「机の上、ケーキとか少し豪華な食事とか……もしかしたら何かのお祝い注たったりしたのかなって……」
アダムは言いながら机を指差す。
ああ、そういえばそうだった。
もうすっかり忘れていたが今日はあたしの六十六歳の誕生日だぅた。
「……まぁ、そんなところではあったがね、そんな場合じゃなくなってしまったからね、娘が死んだと聞いて……祝いなんて出来る筈がないだろう」
疎遠だったからといって別にあたしは娘を恨んでいたり、嫌いだったなんてことは一切ない。
そんな娘の訃報を聞いてからさぁ自分の誕生日を祝おうなんて気持ちになるわけがないしなる人がいるのであればその人の神経を疑う。
「じゃあ、これは捨てるんですか……?」
アダムは少し悲しそうに一番真ん中に置かれて溶けきったろうそくの蝋が侵食しているケーキを指差す。
「惣菜に関しては明日の朝御飯に出来るが、ケーキは捨てようかね、もう食べる気分じゃないからね」
買ったケーキはイチゴの乗ったショートケーキ。
買うときはそこまで意識していたわけでは……ない筈なのに買ったそれは娘が小さい頃に好きだったそれだった。
そんなもの、余計に視界にすらいれたくない。
「……それなら、ボクが食べてもいいですか?」
アダムは言うが早いかケーキの乗った皿を自分のほうへ引き寄せる。
「なんだい、思っていたよりもいやしいじゃないか」
こんな状況でケーキを食べたい、なんて意味もなく言うような子ではないことは出会ってからのこの数時間だけでもよく分かった。
それでもこうして嫌味のように言ってしまうのはもう癖のようなものだろう。
「いや、別にそういうことじゃなくて……ただ、お祝いの筈のケーキが意味がなくなってそのまま捨てられるのは……可哀想だから、ケーキもマチルダさんも」
アダムは言いながらケーキについた蝋を丁寧に剥がしていく。
「……本当にませたガキだね、気に入らないよ、どうせ捨てるもんだかは好きにしたらいいさ、あたしはもう休むからね」
そんなアダムを見ていられなくてあたしは早々に自室の扉を開ける。
「……あ、おやすみなさい、マチルダさん」
「……」
扉を締める瞬間に聞こえた声に、あたしは何も返すことはしなかった。