第2話 約束を守れるなら連れていく
「茶しかないから文句は聞かないよ」
あたしは言いながら部屋に戻ると適当なカップを二つ机に置いてお茶を淹れたポットからお茶を注ぐ。
「いえ、入れていただけるだけでありがたいです、それでマチルダ様、最終決断をしていただけますか?」
男とアダムはあたしに促されて椅子に座る。
来客なんて来ないのにこうして何脚か椅子を用意しておいてまぁよかった。
「そう急かすんじゃないよ、ちょっと待ちな」
だがあたしは座ることなく一つの蓋付きの容器を棚から出してアダムのコップの中にその中に入っている白い粉を淹れて混ぜる。
「……マチルダさん、これは?」
「砂糖だよ、子供は……甘いものが好きだろう」
アダムが不思議そうにあたしのほうを見るから少しだけ居たたまれないなか説明する。
昔娘、ミラはお茶に砂糖を淹れて飲むのが好きだった。
いつもたくさん淹れてとせがまれていたことをよく覚えている。
「それは……母さんも……いや、なんでもない、ありがとう」
アダムは何か聞こうとして、辞めるとお礼を言ってからコップに口をつけた。
それを確認してからあたしも自分の席に座って重い口を開く。
「……さてと、それじゃあ話を進めようか、分かったよ、あたしはまた魔王を倒しに行こう、元はと言えばあたしがあの時に魔王をやりきれなかった可能性だってある、致命傷を与えたが生きていて、力を取り戻したからまたちょっかいをかけてきている可能性だってあるからね」
あたしの中ではあの時に魔王が死んだ、というのは紛れもない事実だと思っている。
それだけ大きな戦いだった。
どっちが死んでもおかしくない程に。
動かなくなったあいつも自分の目でちゃんと見ている。
それでも国が言うのだからあいつは生きていた、もしくは何か特殊な力を使って復活した、そういうことだ。
マールズの国の魔力探知に関してはどの国よりも秀でているからそれが魔王の波動を間違えるわけがない。
その点は信用していると言っても良い。
「それは大変ありがたいことです、食料や物資、昆金などは国が負担致しますのでご安心ください」
男は言うが早いか持っていた袋から色んなものを取り出し始める。
「へーへー、それはありがたいことで、で、なにかい? 魔王のいる場所は分かっているのかい? 分かっているならそこにとっとと乗り込んで倒してもはいお仕舞いだ、それでやっとお役御免だね」
魔王がどこにいるのかさえ分かればカチコミに行けば良い話だ。
歳を取って衰えたといえ最悪相討ちぐらいは狙えるだろう。
「それが、魔王の居場所はまだはっきりとしておらず、ある程度の座標は絞られているんですが……国としても探しますがマチルダ様にはその魔王がいると思われる座標の土地を目指していただきたい」
「なるほどね、まぁ、構わないよ」
まだ魔王がどこにいるのかはわからない。
ということは前のようにまたそれなりに長い旅になるかもしれない。
それはどうしようもなく不安で、めんどくさいこだ。
あたしには、どうにも出来ないタイムリミットがある。
そのタイムリミットまでにまた魔王を倒せれば万々歳なのだが。
「そして、まず勘違いしないでいただきたいのですが、マチルダ様もご高齢になり、共に旅するアダム様はまだ十歳、これではあまりにもパーティーバランスが悪いと思うのです」
男は気を揉んだ様子でそう続ける。
この男はいちいち言葉に含みを持たせたり勿体ぶらせたりと、あたしのなかではかなり嫌いなタイプだ。
そして。
「あたし一人では魔王なんて倒せないとでも?」
あたしの力を頼ってきたのにたよりもとないみたいなことを言われればそれなりに腹も立つ。
「いえ! 決してそういう意味ではありませんが念には念をと思いまして、丁度いいことに魔王の力が観測されている凍土アイスホーリーに行く道すがら丁度錬金国家アルケミーがありますので、そこに寄って昔冒険を共にした仲間、錬金術師のサンジェルマン様もお連れになってください」
男は慌てた様子でそれを否定しながらまた新しい名前を出した。
「サンジェルマン……アルゼンラインのことか、果たしてあいつはあいつで、力を貸してくれるかねぇ……」
アルゼンライン・サンジェルマン。
あたしが昔勇者として一緒に旅した仲間の名前。
あたしが他の誰とも関わらなくていいようにと辺境の村に逃げるように住み着いた為、今は全く交流のない相手。
あの頃は優しい人だったが人は変わる。
彼女がどう変わっていてもおかしくはない。
それ程までに魔王討伐の旅と、時間の流れというのは人を変えてしまう。
「サンジェルマン様のほうにも国の使いが向かっておりますので順調に進むかと」
男はあたしを安心させるようにそう続ける。
「よく分かった、それじゃあ即断即決だね、明日の朝にはあたしはここを発とうか」
あたしは椅子から立ち上がって腰痛を和らげるように腰を捻ってから男が広げたアイテムの選定に入る。
「それではこの軍資金などですが必要な分だけいくらでも……」
「その前に一つだけお願いがあるんだが、聞いて貰えるかね」
男はさらに鞄から色んなものを取り出していくのでその前にあたしはひとつ、釘を刺す。
「なんでしょうか?」
男はアイテムから手を離してこちらに顔を向ける。
「アダムは……ここに残らないのであれば無理やりにでも孤児院に連れていってしっかり守ってやることだね」
「っ……マチルダさん!」
あたしの言葉にアダムが怒ったように声を大きくして机から身を乗り出す。
「私としては、あなた様が旅に出てくださるのであれば何も問題ありませんが……アダム様の意向はどうされるんですか?」
意向。
意向も何もない。
「別に誰かの忘れ形見だから、とか、そういうわけじゃない、あんたが来ても足手まとい、それだけさ、あたしは何でも出来るけど、おまえはいったい何が出来るっていうんだい?」
そう、一応命懸けの旅になるというのに何も出来ない幼い子供なんて連れていって何になる?
邪魔以外の何者でもない。
弱いものがひとりでもいればそれだけパーティーは全滅の危機に瀕する。
だからこれは決して孫だから連れていかないなんていう理由ではない。
「僕は……」
アダムは少し考えたあとに立ち上がるとてててっとあたしのほうへ近づいてきてあたしの腰に手を添える。
「なんだい一対……」
「……ヒール」
一対なにをするつもりなのか。
黙って見ていればそう呟いて、手から大きな光を発した。
「腰の、痛みがひいてく……これは」
懐かしい、感覚だった。
昔は別に腰痛なんてなかったからもっぱら打ち身や切り傷に使って貰っていた回復魔法。
その暖かさがよく似ている。
あの人に。
「ボクのお祖父ちゃんは高名な僧侶、パーティーで言うところの回復役だったと聞いたことがある、僕にもその力は受け継がれてる、だから僕は法術が使えます……っ……!」
アダムは自分を売り込むように真剣にそう言うものだから。
「キュア」
会ったときから気になっていた腕に巻かれた包帯に手を当てるとヒールの上位互換である法術を発動する
「あ、怪我が……痛くない……治ってる」
アダムは慌てて包帯をぐるぐると外せばそこにあった筈の怪我は跡形もなく消えていたのだろう表情に驚きが現れる。
「悪いけど、法術……回復魔法はあたしだって使えるんだよ」
そう、元々あたしは魔法の力を買われて国に行くことになったのだ。
回復魔法だって使えないわけがない。
「……っ」
アダムは唯一の強みだったのであろうそれを簡単にあしらわれて少し悔しそうな表情を浮かべて俯く。
それは、やっと年相応と言える表情だった。
だからあたしは。
「でも、自分にかけることは出来ない……一つだけ、約束守れるなら連れていってもいいよ」
自分の唯一の弱点だと思っているそれを伝える。
そう、何故かあたしの回復魔法はあたしには作用してくれないのだ。
「な、何ですか!」
アダムはまた顔をあげて今度は期待に満ちた目でこちらを身やる。
そうだ、子供というのはこういうものだった。
人の言葉に右往左往されて、純粋に反応する。
汚れていない無辜なものだ。
「あたしより前に出ない、先に行かない、敵との戦闘は見てるだけ、全てあたしが対処する、それを守れるなら連れていってやろうかね」
あたしはアダムのほうを見て淡々と条件を伝える。
もしこれを守れないなら、連れていくことは出来ない。
「……分かり、ました、でもマチルダさん一人で魔物の相手なんて……」
「全く、一対あたしを何だと思ってるんだい、今はこんな年齢になってかなり弱ったとはいえ二回世界を救い、他の誰も寄せ付けなかったあたしが、そんじょそこらの魔物に遅れを取るわけがないだろう……唯一互角に渡り合える相手となれば……あいつぐらいしか想像がつかないね」
アダムの自信なさげな発言にあたしははっと笑ってから続ける。
そう、この歳になってもこうして魔王討伐の声がかかるぐらいだ。
そこらに転がる有象無象など何の問題もない。
まぁ、一人だけわからないのがいるでもないが。
「さて、話は纏まったようですね、机の上、失礼致します、軍資金と装備などもろもろを、アダム様用の装備も用意してありますのでご自身の手に馴染むものをお選びください」
黙ってあたし達の会話を聞いていた男がまた口を開くと今度は机の上にアダムが使えそうな武器や防具などを並べていく
あの鞄サイズからするにこんなに量が入るわけがない、ということはマジックアイテムのひとつなのだろう。
そして、アダムが旅に行きたがるということを知らなければこんな風に装備を用意したりなんて出来ないわけで。
「……やっぱり最初からそういう魂胆だったわけか、それは国の策略か? それともあんたの?」
あたしは少し腹にきて、睨み付けながら聞く。
孫、という存在をうまく使ってあたしを動かそうだなんて本当に腹立たしいことこの上ない。
「さあ、どうでしょうか? どちらだと思いますか?」
だが男は答えずに逆にそんな風に訪ね返してくる。
「……どっちでもいいさそんなこと、それより も、そろそろ名前を名乗るべきなのではないかい?」
まぁ、この際ののムカつく作戦を立てたのがどちらかなんていいだろう。
どちらだとしても腹が立つことに変わりない。
だからあたしは男に名乗るように詰める。
初対面の時にするべきことをしていないのが癪に触ったからだ。
しかも相手は年下。
「名乗るほど、たいしたものじゃないんですよ私は、ただの国の使い、そうですね、もしまたお会いすることがあればノラとでもお呼びください」
男は少しだけ考えた後に困ったようにそう言った。
「……胡散臭い男だね」
あたしを呼びに来る役目を任されておりながらたいしたものじゃない、なんてあり得るわけがない。
あたしはこの男はあまり信用ならないと即断して、ぼやき混じりにそう呟いた
「よく言われます」
だが男、ノラはそう言って笑うだけだった。