第1話 仇を討つのは家族の役目
魔王が世界を征服しようとしていたのがあたしが十六歳の頃のことだから約50年前。
その時の魔王は何が目的かも分からずに世界中に宣戦布告をして魔物を進軍させた。
そんな魔王を討伐とはいかずも封印したのがあたしとその仲間だった。
国は魔王の討伐者を探して色んな国に使いを送っていた。
あたしはとある農村に産まれた少し魔法の力に恵まれたただの女の子だった。
だがそんなあたしの魔力に目を付けた国の使いに連れられて魔王討伐の名を受け、魔法使いとしての訓練を始めることになった。
そんなある日、偶々剣を持つ機会があってそれを上手く扱えてしまったものだから……まぁ、それでなんやかんやあって魔法使いではなく魔王討伐パーティーのリーダー、勇者として冒険に出ることになったわけだ。
そして時間を掛けて魔王を封印した後は結婚して、子供をもうけて、普通の母として生きた。
少なからず最初はちゃんと母だった。
そしてあたしが二十九歳の時、魔王は封印を破って復活した。
国はすぐにあたしにまた魔王の討伐を依頼した。
国を救った伝説の勇者という肩書きを持つあたしより強い人間がいなかったからだ。
あたしはそれを許諾した。
そしてまだ幼い子供を残して旅立った。
これが……娘との確執。
それからはただずっとギクシャクしていて、成人したらすぐに家を出ていって、結果としては最後、死んでも娘と再開することはなかった。
だから結婚したことも、子供が産まれたことも、本人から聞くことなどなかった。
(私、ママみたいな強い人になるっ!)
(あなたは強いかもしれないけど、弱い人だったんだね、少なくとも、私と歩み寄ろうとはしなかった)
これは娘が言った言葉。
最初のは小さい頃、もう一つは出ていくとき。
いまだにその瞬間をしっかり頭のなかで再生できる。
だからこそ……
「悪いけど他を当たって貰えるかね、こんな老害にいったい何が出来るって言うんだい、腰ももう良くないようなババァだよ、もっと現役のやつを探しな、そもそももうあたしは国にかかわる気が少しも無いんだよ、あんた達に付き合って良かったことなんて一つもないからね」
あたしは即答でそう答えた。
そう、あたしはあの時決めたのだ、世界を救って全てを失ったあの時に、これ以上誰かの為に生きることは止めようと。
偏屈だと言われようと誰かとまた関わって失うなんて思いはもう、ごめんだから。
「……そうですか、それは残念なお言葉です、しかし、これは王直属のご指名です、いくら勇者マチルダ様とはいえ……いえ、あなただからこそ最初から決定権はありません、そして何よりも、いくら年齢を重ねようとあなたより強く、何よりも適任な存在など現状おりません」
だが男は決して引くことはなく、ただ淡々とそう述べた。
つまりはこれはお願いではなく命令だと。
「指名だか何だか知らないがどうしても連れていきたいってんならその強いあたしを無理やり縛りあげてでも連れてって見せるんだね!」
国からの命令。
それを断ることなんて出来る筈がない。
だがあたしはそれでも聞く気はない。
この男本人が言ったことだが現役を引退して歳を重ねたあたしよりも強く適任な人間がいない。
つまりはあたしを縛ってでも王都へ連れていける人間なんてそうそういない。
だからこそこちらが強気に出れば相手も退くしかないだろう。
そういう算段だった。
「マチルダ様……」
「……おじさん、きっとどれだけ粘ってもこの人……マチルダさんは行くとは言わないと思うよ」
ずっと淡々としていた男が少し困った様子であたしの名前を呼べば隣にいたアダムがなんてことないようにそう言ってのけた。
「……」
あたしは視線をアダムに向ける。
いったいこの子供は何を言う気なのか。
ミラはあたしのことをこの子に話していたのだろうか。
一気に色んなことが頭を巡る。
「きっと……怖いんだ、色んなことが、母さんが生前一度だけ教えてくれたことがある、あの人はどうしようもなく怖がりで弱いって、マチルダさんのことが話に出たのはあれが最初で最後だったけど……母さんは悲しそうにそう言ってた、だからきっとどれだけ言っても行かないよ」
考えているうちにもアダムはただそう言葉にする。
一度だけ話していた。
悲しそうだった。
その言葉にどうしようもなく身体に力が入る。
あたしなんていなかったものとして扱われてもおかしくないのにたったの一度でも会話の話題に出ていたことが、嬉しいような、悲しいような、どうしようもなく気持ちがない交ぜにされた。
「……今しがたあったばかりの子供には分かりゃしないさ」
だがあたしは自分のそんな感情を絶対に悟られたくなくて、つっけんどんにそう吐き捨てる。
「分かるよ、ボクは母さんの息子だから」
だがアダムはあたしのほうに少しも揺らがない瞳を向けてそう言いきる。
「……ふんっ」
これ以上は墓穴を掘る。
そう自分のなかですぐに理解して鼻を鳴らしながらそっぽを向いた。
「で、ここに来たのはマチルダさんと一緒のほうが旅の途中で鍛えて貰えると思ったからだったんだけど……マチルダさんが行かないならボクは一人でも行くよ、魔王を倒しに、母さんと父さんの仇だ」
あたしがアダムから視線をそらしている間にもアダムは当たり前のようにそう言った。
アダムの言葉に少し動揺しながらアダムのほうへ視線を戻す。
十に届くか届かないかの子供が魔物の活動が活発になっている今、一人で魔王を倒しに行くなどどう足掻いても自殺行為だ。
「……アダム様、マチルダ様とお話したいと思って連れてきましたが、まだ十と少しのあなたに旅に出させるわけには国としていきません」
国の使いの男はアダムのほうを見て淡々とそう語る。
そこで、理解してしまった。
この男の魂胆を。
さすがにあのマールズから差し向けられただけある。
あまりにも姑息過ぎてもはや笑えてくる程だ。
だがそんな魂胆がそう簡単に通るわけがない。
確かにアダムはあたしの孫かもしれないが、絶縁状態でもう数十年と顔をあわせてすらいなかった娘の子供がどうなろうと最早あたしには関係ないこと。
そう、関係のないことだ。
例え一人で旅に出て、死ぬことになったって。
「もう家族はいないんだからボクがどこに行っても誰にも迷惑はかからない、だから例え死ぬことになったとしても、ボクは行くよ、ここに来てよく分かった、ボクはもう……独りなんだ」
独り、という言葉にどうしようもなく心臓が鳴る。
あたしは自分から望んで独りになることを選んだが、この子は望まずして独りになった。
その違いはとても重要で、あたしの考えを少しだけ変える分には申し分なかった。
例えそれがこの男、ひいては国の策略だろうとだ。
「……あんたみたいな子供が出る出番じゃないよ、孤児院に行きたくなければ丁度いいね、あたしが家を空けている間はこの家を使えばいい、使い勝手はそれ程までに良くないが、使えないことはない、あたしはパッと行ってパッと戻ってくるからそれまでこの家の留守をしてくおくれ、疲れて帰ってきてホコリまみれの家なんて嫌だからね」
あたしはアダムのほうを見て、あくまで自分の為であるということを強調しながらそう伝える。
「……ボクが行かないとダメなんだ、マチルダさん、あなたが魔王を倒しても復讐にならない、母さんと父さんの仇を打つのは家族だったボクの役目だから」
だがアダムは引く気はないようで、確固たる意思を持ってあたしのほうを見る。
成る程、この子は自分が利用されていると知りながらそれすら利用しようというのだろう。
そして、あたしが魔王を倒しても、アダムの中ではあたしは家族換算に入っていないから意味がない、そういうことだ。
「やれやれ、ずいぶんとこだわるね、はぁ……腰が痛い、長い話になって立ち話は疲れたから一旦上がりな、茶や茶菓子は期待するんじゃないよ」
あたしは半ば諦めながら二人を家にあげるために大きく扉を開いた。