第17話 絵空事の世界
まるで絵空事でも見ているようだった。
大勢の魔物に囲まれるのはあの日にも体験したことで、その時の恐怖と戦いながらもサンジェルマンさんの言葉を思い出して必死で弓を構えてはいたものの、それが機能することは殆どなかった。
いや、必要なかったと言えば良いだろうか。
目の前の魔物達は少数を残してほぼいきなり炎に包まれて消し炭に
敵の出した炎を凍らせるなんて荒唐無稽な技術で空に出来た大きな氷の結晶。
そしてその上滑るように駆け上るマチルダさんは、偏屈そうなおばあさんじゃなくて若く勇ましい姿で。
そしてそのままスザクを抵抗すらさせずに一瞬で葬り去った。
あの、四獣を、赤子の手を捻るような。
そして、ボク達に笑顔で声をかけると、凛とした声で魔法を唱えた。
瞬間視界が眩むほどの目映い程の光を放って、爆炎が世界を包み込んでいた。
「アダム、怪我はないかい」
目映い光に飲み込まれて脚をもつれさせて尻餅を付いていれば溶けた足場から身軽に降り立ったマチルダさんが目の前にいて、ボクに手を差し出していた。
「あ、マチルダさん、ボクは大丈夫ですけど……元に戻ったんですね」
差し出されたその手は元のシワシワの手に戻っていて、さっきの人と同一人物だとは思えない。
「ああ、そうだね、戻ったはいいが、全身が痛くて堪らないよ、これが反動だろうね」
「回復魔法をかけますか?」
ボクを立ち上がらせた後に顔をしかめて腰を擦るマチルダさんにボクは提案する。
「いや、この後のことも考えたらそれは温存しておきたいね、旅は長いよ」
「わかり、ました……」
だけど早々に断られてしまって、少しだけ気落ちしながら気まずく周りに視線を巡らせれば、フェンリルウルフの群れを壊滅させた時とは比べ物にならない程のむせ返るような熱気は残っていて、あれだけの数の魔物達がいたはずなのに跡形もなく燃え尽きてその場には何も残らず、それでいて周りの木や森の景観は魔物襲撃前と変わらないそれと静けさに感情が混濁して何を言えばいいのかすらも分からない。
「それにしてもよくやったよ、あんた達、勝手に前にも飛び出さないし、自分の技量でどうにか出来る分は自分でどうにかして、旅に出た時より少し身体も仕上がってきたんじゃないかい?」
「……そんなこと、ないですけど、別に」
それでも呆然と周りを諦観していればふいにマチルダさんがそんな声をかけてくる。
面と向かってちゃんと褒められたのは恐らく初めてで、一度マチルダさんのほうに視線を向けた後にフッと反らしてそれだけ返す。
あ、今、ちゃんと正直に喜んで見せればよかったのかな。
「そうかい、ま、どちらでもいいさね、ここら辺は焦げ臭いからとっとと移動しちまうよ、その前に一応ノラにも連絡入れといておくれ、四獣を一体始末したってね」
「……分かりました」
そんなことを思ったけど、すでにマチルダさんは次のステップに進んでいてボクにも的確に指示を出す。
だから、今さら素直になることも出来なかった。