第15話 三本の若返りの妙薬
朝、起きるとアルとあたしとアダムで食卓を囲んだ。
三人で食べる食事はいったいいつぶりだろうか。
「で、話は聞いたんだろうアル」
あたしはパンを齧って咀嚼して飲み込むと話題を切り出す。
元々はその為に来たのに昨日は色々とありすぎて話が出来なかった。
「ああ、あの国の使いのことねー、聞いたわ聞いた、いまだに私達を頼るなんて、あれからどれだけの月日が経ったと思っているのかしら」
アルは呆れたようにボイルしたウインナーを頬張って子供のようにぼやく。
仕草は幼いが言っていることと口調は冷たい。
アルは二回目の旅に同行してくれた唯一の存在だ。
だからこそ思うところはあるのだろう、たくさん。
「で、答えは出たかい?」
「……マチルダ、残念だけど今回は行けないわ、研究のこともあるけど、もう前回の度でこりごりだもの」
あたしが急かせば困ったように眉を下げてアルは首を横に振った。
「ま、そう言うと思ったよ」
はっきり言ってこの選択は予想していたからそこまで驚きはしない。
あたしだって最初は断ったのだから。
「……あなたも、無理に付き合うことないのよ、何度も何度もこんなこと」
アルは手に持っていたパンを皿に戻して真剣な目付きでそう諭してくる。
「まぁ、仕方ないさね、もう引き受けてしまったもんだから、ちゃんとあたしは使命を果たすよ」
きっとアルも分かって言ってる。
あたしがこの戦いから降りれないことを。
昨日の話もある、だけど、それでもアルはあたしに降りて欲しいんだろうね、アルは優しいから。
「そっか、あのね、私も別にマチルダ、あなたのことを手伝いたくないわけじゃないの、だからこれ」
そしてあたしの答えもまたアルは予想していたようで、そう言うとピンク色の液体の入ったビンを三つ机に並べる。
「これは……なんだい? ポーションでもエリクサーでもなさそうだけど」
あたしはそれを手にとって中身を振ってみるが今まで生きてきて見たことのないものだった。
「これは飲めば現役時代の力を一時的に取り戻すことの出来る薬、賢者の石を作る過程で3本だけ完成した若返りの妙薬、これを持っていって」
「そんな大層なものをもらっていいのかい?」
賢者の石を作る過程で完成した奇妙な薬、だが効能だけで言えばかなりレアなものだろう。
そんなものを三本ももらってしまっていいのだろうか。
「ええもちろん、あなたの助けになるなら是非使って欲しいわ、ただ、その薬を使うと反動があるから使い時はしっかり選んでね」
「ああ、凄く助かるよ、ありがとうアル」
だけどアルの気持ちはよく分かって、あたしはありがたくそれをモラウことにする。
「……」
あたしが薬をしまっている間にアダムとアルが無言で視線を交わらせる。
一瞬、アルが笑ったような気がしたけど、それは気のせいだろうか。
「……あ、それからー、アイスホーリーを目指す前に砂町のサハトを目指すといいかもしれないわ」
「サハト……あの町に何かあったかねぇ」
アルはふと、自然にそんな提案をしてくる。
サハトは砂漠に隣するオアシスとして機能している町だ。
「あら知らない? 今サハトにはセズが住んでるのよ」
少しだけ驚いたようにアルがそう告げる。
「あのセズが?」
セズとは、あたしが一度目に世界を旅した時に武道家として同行してくれた仲間の一人だ。
アル同様連絡は取っていないので名前を聞くの自体久しぶりのこと。
「そう、あのセズ、だからそこに寄って、アダムくんを鍛えて貰ったらいいと思うの、あの人武道家でしょ?」
「っ……」
アルの言葉にアダムがぴくりと驚いたように身体を揺らす。
その事から別に二人で結託しているわけではないことは理解したし、アルは時たま想像しないことを言ってくることがある人物だったのでまたか、という感じだった。
「……アルゼンライン、あたしはアダムを戦わせる気はないよ、だからそれは必要じゃないことだね」
あたしは真っ向からその意見を否定する。
戦わない、戦わせないアダムにそれは、必要ないこと。
「そう、思う? 本当に」
だけど返ってきたのはいつもの甘ったるい声ではなく、しっかりと芯の通った疑問だった。
「サンジェルマンさん……」
そんなアルを見てあたしではなくアダムがポカンと名前を呼ぶ。
「もし、またコハクが襲ってきたとして、もし、また別の誰かに狙われたとして、その時自分の身すら守れないなら待ってるのは死よ、だってあなた1人では守りきれないもの、いくら強くても老いるし、魔物もバカじゃない、だから、独りでも生きれるようにある程度強くならないと、ね?」
アルは淡々と語り、そして最後にそう言って悲しそうに笑う。
昨日あたしは自分の寿命の話をした。
きっとアルはそれも含めて今、話をしてくれているのだろう。
「アルゼンライン……あんたは、時たま確信をつくようなことを言うね」
あたしはハアッとため息を吐くと自分の間違いを認める。
アルはあんななのに誰よりも芯がしっかりしているから揺るがない、だからこそこうして話の確信をつく。
昔も時たま口論になっても勝てたことなど殆どないくらいだ。
「マチルダさん……!」
「分かった、サハトに寄ろうか、セスにも久しぶりに会いたいし、最後になるかもしれないからね」
嬉しそうにあたしの名前を呼ぶアダムに一瞬視線を向けてから、それだけ言って、またパンを齧った。