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第14話 褒め上手

 ボクは弓の弦に指をかけると矢を強く引き絞る。

 タンッと音を立てて刺さった場所は自分で木に描いた的の真ん中少し横ぐらい。

 毎日練習しているだけあって最近はそれなりな良いところに当たるようになってきた。

 それはボクの中で大きな自信に繋がっていた、回復魔法を使えるという特技と同じくらいには。

 それなのに、昨日の一件のせいでそのどちらもボクにとっての強みにはならないんだと痛いほどに実感させられた。

 当たったところでただの矢はあいつには通用しなかったし、呪いは解けないし、回復だってボクがわざわざするまでもなかった。

 タンッ!

 気を削がれたボクの射った矢はまとを大きく外す。

「……これじゃあ、ダメだ」

 ボクは弓を下ろして自分の影から出てきていたウルを撫でる。

 ウルは環境も環境だけに人見知りみたいでボクが1人でいる時にしか大体は影に潜んで姿を表さないけど、こうして訓練する時は出てきて一緒に戦う練習をしてくれる。

 成長は早いと聞いていた通りで、初めて出会った時よりも大分逞しくなり、毛も固くなってきたと思う。

「朝から精が出るわねぇ」

「サンジェルマンさん……」

 ボクがウルを撫でているタイミングでマチルダさんの知り合いで、世界に名をとどろかせている錬金術師。

 そういうのに疎いボクでも知ってるぐらいの有名人。

 新聞に載っていた顔と全く違うから初対面は驚いたけど。

「初めて弓を握ってそれ程経ってないはずなのにここまで精度を上げられるなんて、法力も含めてあなたはお祖父さんによく似てる」

 サンジェルマンさんは的に刺さった矢を見て嬉しそうにそう語りながら足元にすり寄っていったウルを撫でる。

 ウルが自分から近寄っていったことに少しだけ驚いたけど

「……でも、何の役にもたてませんでした」

 今はこちらのほうが重要だった。

 いくら弓の精度が上がっても、攻撃が通らないのなら何の意味もない。

 やはり無理を言ってでももっと殺傷能力のある武器をあてがってもらえば良かった。

 だけど、マチルダさんがああ考えていたのであればどれだけごねてもどうにもならなかっただろうけど。

「相手が悪かった、としか言えないわ、だって相手は四獣のコハク、実質魔王軍の四天王、勝てなくても仕方ない」

「……」

 そんなことは、分かってる。

 町を一つ潰すほどの統率力と実力を持っている魔物だ。

 最近までただの子供だったボクに出来ることがなかったのも分かっているし、脚を引っ張ったのもよく理解している。

 結果としてマチルダさんに怪我をさせたことも。

「……ちゃんと覚えておいて欲しいのだけど、今のあなたの実力は、四獣に届くほどには決して高くはないけれど、それを補うことは出来る、まずは機会があれば普通の魔物と戦ってみて、アルス譲りのこの弓術なら間違いなく中級くらいの魔物になら対応出来るし、わんちゃんも弱くないんだから二人で力を合わせるの、独りじゃ出来ないことだから」

「……はい」

 サンジェルマンさんの言葉は一言一言が染み渡るようで、焦る心を落ち着かせてくれるから不思議だった。

「それよりもあなた、昨日の会話ドア越しに聞いてたでしょ」

「っ……何で、それを」

 ふと、指摘されて思わす息を飲む。

 あの後ボクは扉の外で話を盗み聞きしていた。

 そして、色々なことを知った。

「私耳がよくて、外から君の息をのむ音が聞こえたから」

 そんなボクにあっけらかんとサンジェルマンさんは言ってからまた人懐っこそうな笑顔を浮かべる。

 何度見ても、この人がマチルダさんと同年代には見えなくて、賢者の石の力がどれだけ凄いものか実感する。

「……ボクは、マチルダさんのことを少ししか知りません、母からも一度しか話に聞いていないし、出会ってからはずっと頑固で誰の言うことも聞く気がない、でも……だから、少しだけ勘違いしてたんじゃないかって……後は、もう、長くないなんて……」

 家族を皆失って、その代わりみたいにいきなりお祖母ちゃんですって紹介されたってボクにとっては知らない誰か。

 それどころか世界を救っておいて母さんは、自分の娘は頬っておいて守ってくれなかった人だ。

 それに偏屈で口が悪くて頑固者。

 はっきり言って良い印象なんて殆どない。

 だけど、唯一側にいてくれようとした人さえも近い未来に失うことになるなんて事実は、決して喜ばしいことではない。

「病気のことは、知らないふりをしてあげて、きっと知られたって知ったらあの人はまた、無茶をするから」

 撫でられ満足したのかウルはあくびをして早々にボクの影に潜っていく。

「わかり、ました……」

 サンジェルマンさんから指摘されたことは、付き合いの短いボクでも言われるまでもなく理解出来た。

「……マチルダは昔から勘違いされやすいけど、基本は優しいのよ? こんな私とも仲良くしてくれて、でも……怖がりさんなのは昔も今も変わらない」

 また、その言葉を聞くことになるとは思わなかった。

 母が怖がり、と言ったようにサンジェルマンさんもまた、マチルダさんのことを怖がりと評した。

 きっとそれは間違うことのない事実なのだろう。

「あなた、お祖父さん……アルスにも似てるけど、マチルダにもよく似てる、だから、そんなあなたには私から選別をあげます」

 サンジェルマンさんは言いながら懐から取り出した一冊の本をボクに差し出してくる。

「これは……」

「解呪の力を手に入れることが出来るかもしれない口伝書」

「解呪……」

 ボクはそれを受けとるとポツリと呟く。

 コハクの攻撃で受けた傷をボクが治せなかった、理由。

「そう解呪」

 サンジェルマンさんは言いながら愛おしそうに本の表面をなぞる。

「かもしれない、なんですか?」

「解呪は、使える人が限られてるから必ずしもこれを見れば使えるようになるわけじゃないの、だから、頑張ってね、これを覚えれば必ずコハクとの再戦で役に立つ」

 サンジェルマンさんはボクにそれだけ伝えきると頭をポンッと一度撫でてからまたにこりと笑む。

「……あ、ありがとうございます!」

 ボクは慌てて頭を下げてお礼を伝える。

 口伝書なんて、決して安易に手に入るものではないし、頭を撫でられて、少しだけ恥ずかしくなってしまったから下げた頭を暫くはあげられそうにない。

「ま、あの二人の孫なら、心配ないと思うけど」

 サンジェルマンさんはそんなボクを元気づけるように、頭に手を置いたままそう、優しく続けた。

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