第12話 挫折は味わっておいたほうがいい
「さてと、それじゃあ私はマチルダを運ぶから、そっちの……誰だか知らない子は馬をよろしく」
アルはあたしに手をかけたままやっとのことでアダムの存在に突っ込みを入れる。
それでも誰だか知らない相手に馬を預ける辺りの適当さは本当に変わっていない。
「……それは一応あたしの孫だよ」
「あらそうなの、はじめましてー」
一応自己紹介しておけばアダムのほうを見てにこにことそれだけ言って頭を下げる。
「は、はじめまして、アダムです……ってそれよりも! マチルダさんは馬に乗せて運んだほうが……」
「それよりもこっちのほうが手っ取り早いでしょ? よっと……」
アルはアダムの提案を速攻で却下するとそのままあたしをその細身で軽く抱き上げてしまう。
「……え」
そんなアルを見てアダムは驚いたように間の抜けた声を漏らすから
「アルはこんな見目だけど怪力なんだよ、本当に昔から変わらない……というか変わらな過ぎじゃないかい?」
今度はアダムに説明しておく。
アルが華奢な女性の見た目をしながら怪力なのは昔から変わらない。
だが、見目も最後に会った時から全くと言って良いほどに変わらないのはおかしい。
アルとは同年代だから今頃あたしと同じ婆さんになっていなければおかしいのだ。
ということは、ついにあれを完成させたということかもしれないが。
「そうでしょそうでしょー、後で積もった話もしたいわねー、国の使いから話は聞いていたからマチルダが来るの楽しみに待ってたのよー」
「……なるほどね」
あたしはあまりに変わらないアルについ笑ってしまいそうになるけど、アダムもいるのにそんなことは出来なくて、それだけ言うとアルに身体を預けた。
「さ、行きましょうね」
どこまで理解しているかは分からないがアルは笑顔でそれだけ言うとアルケミーに向かって歩き出した。
「さてと、アルケミーの私のラボにようこそお二人さん」
錬金国家アルケミーに到着して暫く進んだところにアルのラボは存在していた。
錬金国家という名前だけあってここに来るまでも沢山の研究施設があったがそれらと比べると大分見劣りする建物だった。
「お、お邪魔します」
「まずは、解呪だけど、随分重い呪いがかかってるみたいだからこの解符を糧に使いましょうか【ディスペル】はい、これで解呪完了ねー」
ラボに入ってすぐの部屋でアルはあたしを肩から降ろして椅子に座るような促すと適当な棚から取り出した解符を糧にして早々に解呪してしまう。
アルゼンラインは解呪の魔法を使えるがそこまで強い呪いは祓えない。
だからこうして解呪の専門家が魔法を込めた解符というものを併用して使うことで大きな呪いも祓えるように準備をしているのだ。
一回目の旅の時はあたしの夫、アルスが解呪の魔法に長けていたこともあってアルゼンラインが使う必要はなかったが二回目の旅の時は随分お世話になったものだ。
「じゃ、じゃあ後はボクが回復を……」
「その必要はないわねー、マチルダ、はいこれ、ポーション」
アダムが慌ててあたしの怪我を回復させようとするけど、空気の読めないアルはあたしに一本の瓶を渡してくる。
「相変わらず何でも出てくるねぇ、あんたからは」
「ポーションって、そんな簡単に手に入るものじゃあ……」
あたしがそれを受けとればアダムは驚いたようにそう呟く。
まぁ、それもそうなのだけど。
ポーションは高名な錬金術でも錬成の失敗率は高い薬品。
簡単に人にあげていいような金額のものでもない。
「私は一応国家公認最上錬金術師のアルゼンライン・サンジェルマンだから、ポーションもエリクサーも錬成出来るわよー、だから使いたい放題……といっても市場が荒れると困るからって外には流してないんだけど」
そう、アルゼンライン・サンジェルマンこの人はふざけたやつに見えて錬金術の力は本物だ。
ポーションだってその上のエリクサーだって錬成出来る、国家公認最上錬金術師という錬金術師の中でも一番位の高い称号を与えられているだけある人物だ。
ただ基本は自分の作りたいものしか作らないからそこは難点とも言える。
「……ん、やっぱりあんたの作るポーションはよく効くね、流石は世界が生んだ奇跡の錬金術師だよ」
ポーションを飲むとみるみるうちな傷は塞がって、流石の効き目に感嘆するしかない。
二回目の旅の時よりもその技量は上がっていると言っていいくらいには。
「……」
「あ、あれ、アダムくんどこ行くの……って、行っちゃった……」
だけどそれを見ていたアダムはアルの制止も聞かずにそのまま部屋を出ていった。
「放っておきな、若い頃の挫折は……味わえるだけ味わうに越したことはないんだから」
フェンリルウルフの件でも挫折は味わっている、だけど挫折というのは何度あってもいいことだ。
その度に起き上がれるのであれば、だが。
起き上がれなかったらそこまでだったという話。
それだけの、ことだ。
後はアダムがどうしたいか、考えるしかない。
こればかりは本人にしか分からないことだから。