第10話 四獣の襲撃
「アダム、疲れてないかい」
あたしは馬を走らせながら隣を水馬で走るアダムに声をかける。
「はい……!」
「水馬が崩れる前にアルケミーに到着出来そうでよかったよ」
ウォーターブルーで旧友に流れで挨拶して馬と水馬を手に入れた次の日の朝、早々にあたし達はアルケミーを目指して馬を走らせた。
時折あたしの馬で乗馬の練習をさせてきたが思っていたよりも筋が良く、おそらくアルケミーで馬を調達すればすぐにでも乗りこなせるだろう。
「……マチルダさん」
「なんだい?」
ふと、アダムがあたしの名前を呼ぶ。
「サンジェルマンさんっていう人は、どんな人なんですか? 名前は聞いたことありますけど」
「……ああ、アルはそうさね、簡単に言えば変人、ってところかね」
アルゼンライン・サンジェルマン。
これから会いに行く人物ではあるがそういえばその話をアダムにしたことはなかった。
そして、アルゼンライン……アルのことを一言で言い表すのであれば変人、という言葉が最適だろう。
「変人……」
「……っ! アダム止まりな!」
悩ましげに呟くアダムにあたしは慌てて制止をかける。
それは目の前にある人物を見定めたからだ。
「えっ……うわ!」
「このっ……」
突然のことに止まれなかったアダムの乗った水馬が切り裂かれ、空に放り出されたアダムをあたしは馬から飛び下りて受け止めると地面に着地する。
「流石に反応は鈍りませんね、お久しぶりでしょうか、マチルダ・ホワイト」
そしてアダムを地面に降ろせば少し先のほうに立っていた白髪で獣のような瞳をした男が親しげに話しかけてくる。
「……ずいぶんなご挨拶だねぇ、コハク、邪魔しに来たのかい?」
あたしはその男をよく知っている。
悪い意味でだが。
そう、男はコハク、魔物の中でも四獣と呼ばれる魔王に継ぐ力を持った魔物の一人だ。
いわゆる幹部のようなもの。
そして、温和そうに見せて人が大嫌い。
「まさかそんな、私はただの伝言係です、魔王はいまだにお待ちしておりますよ、あなたのことを」
魔王から殺すようにとでも命を受けたのかと思いそう聞いてみたものの、返ってきた言葉は予想通りの一言だった。
「……本当にあいつは懲りないやつだよ、っ! アダム!」
魔王のどうしようもなさにため息を吐きそうになれば、急にアダムがコハクに対して弓を放つ。
「……あまりにも貧弱な攻撃ですね、避けるまでもない、あなたも少しぶりでしょうか、守られていた子供よ」
だがコハクはそれを避けることもせずに身体で受け止めるが、腐っても四獣、傷は一切ついていない。
「このっ……」
「待ちなアダム、勝手なことをするなと言ってあるだろう、それに、コハクと知り合いなのかい……?」
そんなコハクを見てアダムは再度弓を構えようとするがそれをあたしが制する。
このコハクという男は、とても固執するタイプだ。
変にアダムと関わりを持たせたくない。
「あいつはっ……」
「私が滅ぼしたのです、魔物の軍を率いて豊穣の町オリビアを、そして、ブルース夫妻を手にかけた……必死の抵抗で彼、アダム・ブルースは殺せませんでしたが」
だがコハクの淡々とした、何も感じていないといったように放たれた言葉で既に縁が結ばれているということを自覚する。
「……そうかい、またあんたが」
いつだってそうだった。
あたしの大切な何かを奪うのはコハクだ。
それは、あたしがコハクに固執されているから、悪い意味で。
「……私はあなたにその伝を伝えるようにと命を受けてここに来ましたが、はっきり言って私達四獣……私からすればあなたは邪魔なもの以外の何者でもない、だからこそ――」
そしてコハクは言うが早いか地面を蹴るとあたしの目の前まで飛ぶと
「今ここであなたを殺しておきたいのです」
顔面に向かって鉤手甲を突き出した。
やはり、そういうことか。
「昔散々に捻ってやったことを忘れたのかいっ!」
あたしはそれを避けると自身も剣を引き抜く。
一度目の時も、二度目の時も、コハクはいつだってあたしを殺したがっていた。
それを魔王が望まなくても。
「人間は年老いていく、魔物は、老いず、強い」
コハクはそのままもう片方の手の鉤手甲も振るう。
コハクは四獣の中でもバランスタイプ。
近接も遠距離もそつなくこなす。
だからこそ
「アダム! 絶対に前に出るんじゃないよ!! 何があってもだ!」
あたしは後ろのアダムに怒鳴り付けた。
「っ……」
そんなあたしの怒声にアダムはびくりと肩を震わせる。
「よそ見は厳禁ですよ」
だがあたしがアダムのほうへ視線を向けた隙にコハクは鉤手甲を振り切る。
「あんたぐらいで手間取る程には衰えてないよ!」
振り抜かれた鉤手甲を軽く屈んで避けるとそのまま剣を斜め上に一閃、なぎ払う。
「ぐっ……」
剣は脇腹から胸にかけて走るがかなり、浅い。
昔なら今の一撃で真っ二つに出来た筈。
だけど
「あんた、これだけ時間あったのに全然変わってないじゃないか」
そのまま二撃、三撃と刃で切り刻む。
腕力の衰えで剣撃が浅くなったのであればそれ以上の物量で攻めてしまえばいい話。
「逆にあなたは、年老いてなお変わらないんですね……【獣葬送】……!」
コハクは接近のままでは分が悪いと考えたのか少しだけ距離を取ると鉤手甲から数多の風で出来た刃を飛ばしてくる。
「変わったことが分からないぐらい、実利に差があるだけだねこれは」
だがあたしはそのすべての風を刃でなぎ払った。
この程度魔法を使うまでもない。
「……老化して弱体化していると思っていましたが、それは間違いだったようですね」
距離を取ったままのコハクは自身の怪我に手を添える。
何本も入った裂傷はどれも致命傷には至らない。
追撃は加えたいがアダムから離れるわけにもいかない、ここは魔法な頼るべきか。
「だから、前のようには動けてないんだよ、全く……あー、腰が痛い……ってアダム!」
そう考えているなか持病の腰痛が酷くなったタイミングでまたアダムが飛び出していた。
止めないといけないのに、腰の痛みが邪魔をする。
「このっ!!」
「……折角守られているのに、まずは殺されることがお望みのようですね」
四獣にただの子供のナイフが通る筈もないのに、勿論ナイフは弾かれて、そのままコハクは鉤手甲をアダムに対して振り上げる。
「……っ、この、馬鹿!」
あたしは腰痛を押して二人の間に割ってはいる。
そうすればコハクの鉤手甲があたしの腹部を抉った。
「っ……マチルダさん……!!」
だけどそれで止まることはなく、アダムを抱えるとコハクから距離を取る。
「……成る程」
コハクが追撃してくることも考えて剣を構え直すがコハクはそう呟くだけで何もしてこない。
「マチ、ルダさ……」
「この馬鹿が! 勝手に前に出るなってあれだけ言っただろう! しかも相手は四獣の一人だよ!」
「ごめ、なさ……」
震えながらあたしの名前を呼ぶアダムにあたしは怒鳴り付ける。
あれほど前にでるなと言ってあったのに。
もう少し何かがずれていれば死んでいた。
両親の仇であればそうなるのも分からないことではない、だけど、それを続けていればいずれどころかすぐに死ぬ。
これはただの旅ではない、魔王討伐の旅なのだ。
「……何か、興が削がれました、単体相手では相変わらずあなたは手に追えませんが、やりかたは色々とありそうですね、それではまたいずれ、先程の言葉、訂正しておきますね、あなたは、弱くなった」
「……」
コハクは少しの逡巡の後にそう言ってから鉤手甲を降ろす。
はっきりいってその判断はありがたかった。
脇腹の傷は浅くない。
このまま戦えば敗けはしないだろうが少しだけ苦労するだろう。
「……あなたはあなたで、また、守られて生き長らえるんですね、傑作じゃないですか、いつまでも守られていればいい、あなたがいなければ私なんて簡単に、殺せたでしょうに、足手まといが一人いるだけで戦況はこれ程までに有利になるのですから、ずっと生きていてくださいね」
そして、コハクは対象をアダムに変えてそう嘲笑したように言い放つと、そのまま姿を消した。