二人の出逢いはこんな感じで④
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人目に隠れてこそこそするには、人数は少ない方が良いってのは定石であって、それこそ顔が広く知れた人間が──しかもそういった特別な技能も経験も無く正々堂々とお天道様の下を歩き続けてきたような奴をゾロゾロと引き連れていたら、目立つなと言う方が無理な話だ。
なのでセリュア聖神教とかいう、この国の国教。
その中でも1,2を争う程の信徒派閥の長であるフィオナ大巫女様にはここでお別れして貰わないといけない。
「ではリーン……私はここで……」
「は、はい……はい……! どうかお元気で……っ!」
名残惜しそうに手を繋いで目をうるうると潤ませている二人に、若干の苛立ちを覚える。
あのー、もうそろそろ一刻くらい経つんですけどー。
本当に逃げる気、あります?
「えっと、巫女さん方……いい加減出発しないと、せっかく陰った月が出てきちゃうんだけどさ……」
この王国の行く末を暗示するかのようにどんよりした空模様。
これを好機と見ずにいつ動けばいいのやら。
「は、はいっ!」
俺に話しかけられた元聖女候補様が、ビクッと肩を揺らした。
うーん、わかりやすく怖がられてるな。
順調に旅が出来たとして、この国の国境を越えれるのはおよそ三ヶ月後。
仮初めの夫婦とはいえ別に仲良くなる必要な無いが、怯えられたままの旅はあんまり気持ちよくないし、なにより護衛に支障が出そうだ。
どうにかして、ある程度気安い仲にまでは関係性を構築しないと駄目だなこれは。
「ディト、と言いましたか」
「はい」
もしかしたら顔を合わせてから始めてちゃんと俺の目を見たかもしれないフィオナ大巫女様は、そっと俺に近寄ってくる。
「左手を」
「こうです?」
依頼人の言葉にいちいち反発するほど俺も拗れちゃいない。
なので素直に左手を差し出すと、その手を恐る恐る取る。
あ、この感じ。
この人は、黒剣士や剣の会がどういう事をしていて、どういう類いの人でなし共なのかを知っていると見た。
「リーン、貴女の左手も」
「は、はい」
俺と聖女候補様、それぞれの左手を右と左の手で下から支えて、大巫女様はゆっくりと目を閉じた。
「水の女神セリュアよ。共に人生を歩み始めた二人に、大いなる祝福の息吹を」
なんてことなく口にしたその言葉に、とんでもねぇ魔力が籠もってやがる。
思わず身構えそうになった身体を無理矢理制して、俺は息を呑む。
こんな規模の魔力を身近に感じた事なんか、魔獣退治や戦場での戦略魔法でしか味わったことが無い。
つまり、一個人がこんな簡単に発して良い魔力圧では無い。
大巫女はブツブツと小さな声で呪文と祝詞を交互に唱える。
「あ、その祝福は……」
隣で呆けている元聖女候補様を見る。
今この場では二つの常識では考えられない現象が起こっていると言うのに、なぜコイツはこんなにも無防備で居られるのか、俺には分からない。
一つは大巫女が唱える呪文──祝福か?
そいつに込められたとんでもない魔力。
それは俺の知る限り、砦を一つか二つ、消し炭にできる戦略魔法級に用いられる量の魔力だ。
記憶が正しければ、というか実際この魔力を捻出しようと考えれば、一人ではなく十名単位の熟練の魔法士が必要とされるはず。
もう一つはそんな大規模、大出力の魔力を放出しているにも関わらず、おそらく俺らの手の届く範囲から外では一切関知できないだろう結界が張られている事。
あろうことかその二つの術が、たった一人……大巫女様一人で同時に展開されている。
なんだこれは。
頭がおかしくなりそうだ。
敵意や殺意が一切感じられないからまだ良いが、ぶっちゃけ何されてるかさっぱりわからんから今すぐ逃げ出したい。
「新婦リーンネル、貴女はこれから歩む旅路がいくら険しくとも、病めるときも健やかなる時も、二人手を取り合い、共に生きる事をここに誓いますか?」
そっと目を開けた大巫女は、優しい眼差しで元聖女候補へと問いかけた。
「ち、誓います……」
そう応えた元聖女候補様の左手の薬指に、薄い水の膜で形作られた指輪が現れ、仄かな光を発しながら指に吸い込まれてく。
元聖女候補の指には、白い指輪状の痣が残っていた。
「新郎ディト、貴方はこれから襲いかかるいかなる苦難においても、貴方の半身である彼女を守り、励まし、共に強く逞しく生きていく事を……ここに誓えるか?」
うん?
なんか俺への言葉だけ、少し感じが違わないか?
ちょっと棘があるっていうか……。
ま、まぁいいか。
元聖女候補様が言ったみたいに、俺も誓えば良いんだろ?
「誓います」
そう言った途端、俺の左手の薬指にも水の膜が……いや、あっつ!!!!
なんか燃えてる!!
ぶわって炎が!!
ていうか!!
身体が動かん!!
悲鳴すら出せん!!
「ぐっ、ぐぅううう……っ!」
俺の喉から絞り出せるのは、そんな小さなうめき声だけ。
ゆっくりゆっくりと炎は収まっていき、そして左手の薬指に指輪状の火傷がくっきりと残った。
「……これは、婚姻の祝福ではありません。リーンの将来において大事な大事な慶事を、このような仮初めの儀式で消費してしまうことなど、私は許せない。なのでディトさんには申し訳ないのですが、祝福と同時に制約も追加させて貰いました」
「ふぅっ、ふぅっ……あぁ?」
この程度の火傷、慣れてるとは言え痛い物は痛い。
痛みに苛つきながら大巫女の顔を見ると、元聖女候補に向けていた穏やかな表情とはかけ離れた、まるで道ばたの馬糞でも目撃したかのような嫌悪感丸出しのツラだった。
「私は、剣の会とそこに属する黒剣士たちの所業を知っています。いざとなれば貴方はリーンを見捨て、一人で逃げるに違いありません。なのでこれは、もう一つの枷です。婚姻の祝福の一節に、生命の同期の奇跡を織り込みました。これで貴方は、リーンと命を共有する事になります。彼女を無事に守り通さねば、貴方も死ぬ」
……なるほど?
さっきの禁呪とかいう首輪一つじゃ、俺らみたいな狂犬を御することなどできないと踏んだのか。
しかしこのババア、知ったかぶっているが何も知らねぇじゃないか。
黒剣士にとっては自分の命よりなにより最優先されるのは、任務だ。
俺やアイラスやギーライ、そして一部の格が違う黒剣士ならともかく、下位に属する雑魚どもは会の洗脳が強すぎて自分の命など簡単に投げ出せる。
「逃げねぇよクソババア……俺はこの依頼を達成して、本当の意味で自由になるんだ」
痛みに顔をしかめながら俺は応える。
本当なら昨日死んでいたはずのこの命。
それをこんな形とは言え救ってくれたクリャにはそれなりの恩義は感じているんだ。
だから俺は、黒剣士最後の仕事として、この依頼を必ず完遂させる。
血で薄汚れた今までの俺は、この仕事を終えることで死に、まったく新しい俺に生まれ変わるんだ。
ギーライが──実は良い奴だったらしい俺の後輩が憧れてくれたような、どこまでも強く自由な俺に……。
横目で元聖女候補を見ると、俺の指の火傷跡を見ながら涙目で困惑している。
「守ってみせるさ……俺のためにな……」
「……よろしい。一応、信じます」
偉そうに。
これで俺はこのババアが大嫌いになったな!
もう二度と会うことはねぇが、どこかでその汚ぇツラをひょっこり見せてみろ。
首と胴体を生き別れにしてやる。
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