二人の出逢いはこんな感じで③
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「リーン。もしかしたら、これが今生の別れとなるかも知れません。貴女は季節の変わり目に必ず体調を崩していましたから、寒い場所では充分暖かく、暑い場所では涼しげな装いをしてくださいね」
「フィオナ様っ……」
眼に涙を浮かべて抱き合う二人。
俺はそんなお涙頂戴な場面を、少し離れた場所から冷めた目で見ていた。
王都外区。
大通りに通じる門では無く、商用に使われている中規模の通用門に俺とリーンネルと大巫女、そしてクリャが闇夜に紛れるように潜んでいる。
「ディト、腕を出して」
「ん?」
クリャに言われるがままに右腕を差し出すと、そこに赤いバンドが巻かれた。
「君の性格は良く知っているし、そんな事をする訳は無いと信用もしているけど念の為にね。これは〝禁呪の帯〟と言って、着用した者の特定の行動を抑止する為のアーティファクトだ」
ああ、つまり俺の新しい〝枷〟か。
「君が禁じられるのは、リーンネルへの直接的な接触と離れすぎる事。つまり付かず離れず、一定の距離を保って彼女を護衛して欲しいって事さ」
直接的な接触ってのは、ようするに変な気を起こして彼女に無理やり乱暴を働かせないように。
離れすぎる事を禁じられるのは、護衛を放棄して逃げるなって事。
いや、言いたい事は分かるんだけど……。
「かなりやりにくくなるんだけど?」
距離を詰めても、距離を取ってもダメってどう言う事だよ。
護衛対象を抱えて逃げたり、安全な場所に避難させて単騎で戦う事も禁じられたらどうしようもないんだけど?
「心配しないでよ。リーンネルにはこのアーティファクトの効果を一時的に無効化する詠唱と、有効化する詠唱を教えておくから。君がそれを必要と判断した時に、リーンネルに許可を取ればいい」
「咄嗟の判断を求めすぎじゃないか? ちなみにこれ、無効化せずにあの子に触れたり、距離を取ったらどうなる?」
「帯が徐々に縮小していき、いずれ君の右腕を潰して千切るだろうね」
よし、絶対に守ろう。
利き腕を落とされたらいくら俺でも戦えないし、なによりその後どう生きていけば良いのかわからん。
「──これは君にだけ伝えておこう。リーンネルには……少なくとも数年は伏せていて欲しい」
「なんだよ」
俺の腕を引っ張り、クリャは抱き合って泣く二人から距離を取った。
「命を狙われているのは、何もリーンネルだけじゃない。聖女アリアを擁立した大滝派と最も教義的に対立している宗派の長……お婆さまもまた、王城にとって目障りな存在だ」
再会してからずっと浮かべていた軽薄そうな笑みを消して、クリャは苦悶の表情で顔を顰める。
「恐ろしいまでの実直さと清廉さ、そして正論で信徒の信仰を長い間集めていたお婆さまは、これからの大滝派と王城が目指す統治にとってこれ以上ない障害だ。隙あらば刺客を差し向けられるだろう。清流派の僧兵や僕が私的に動かせる兵団では、そう長く保たない」
「ならどうするんだ。いっそ一緒に連れていっちまうか?」
「いや、お婆さまはこれから〝リーンネルかも知れない女子〟の遺体を検分し、彼女の生死をあやふやにしなきゃいけない。死んでるのか生きてるのか判断できない状態にまで持っていかなきゃダメなんだ。これがかなり難しくて、お婆さまの手腕を持ってしても成功するかわからない。ただ時間は稼げる」
「なるほど。この死体がリーンネルかも知れないし、そうじゃないかも知れないってなりゃ、判別できるまで捜索隊も組めないし追手も送れないか」
はー、よくそんなこと思いつくな。
つまりその〝動いて良いのか判断に困る〟時間を利用して、できる限り王都から距離を取れってことか。
「もちろん遺体は彼女の姿に似せた罪人を用いるから安心して。それでもリーンネルは気を病むだろうから、黙っておいてくれると助かる」
「いちいち護衛対象を不安定にさせるような事、言う訳ないだろ」
情緒が安定していない女子って、面倒だって酒場の親父が言ってたし。
「お婆さまはリーンネルが居なくなった後の、おそらくガタガタになるであろう聖教清流派を立て直す必要がある。たとえ僕が逃げろと言っても、決して聞いてはくれないだろうね。なにせ超が付く頑固者だから」
そうだな。
あの大巫女の婆さん、見た目からも融通が効かない空気がビシビシと伝わって来る。
こうと決めた事は絶対にやり通すタイプと見た。
「もしリーンネルが生きていると判明したら、まず間違いなくお婆さまは王城に糾弾されるだろうね。色んな理由をこじつけられてさ。そうなると、見せしめに近い処刑が行われてもおかしくない」
「ん? でもそうしたら、クリャが関与した事も……」
「ああ、バレる。僕も一緒に縛首だ。やったね」
なんで嬉しそうなんだこいつ。気持ち悪……。
「僕は良い。王家に生まれた者として、死するべき時に死ぬ事もまた責務の一つだからね。だけどお婆さまは違う。幼少の頃から実直に、信仰の為と己を犠牲にしながらここまでブレずに来たお方だ。せめて死際くらいは穏やかに居て欲しい。だから──」
クリャは顔を未だに抱き合っているリーンネルと大巫女に向ける。
「──もしかしたら、また君に依頼をすることが……あるかも知れないね」
「その時は遠慮なく頼ってくれ。勿論、報酬はそれなり以上を要求するけどな」
「ははっ、実を言うと結構な貧乏王子なんだよ僕って。あんまり期待しないで欲しいな」
お、いつのまにか御涙頂戴の感動の別れも終わったみたいだな。
「さて、行こうか」
「ああ」
俺とクリャは揃って歩き出す。
こんな風に肩を並べるのも、ガキの頃以来だな……なんて、どーでも良い事を考えてしまった。