二人の出逢いはこんな感じで②
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時間はぶっ飛んで、今は深夜。
王都の外れにある旅人用の安宿の一室に、俺とリーンネルとクリャは居る。
「あまりにも急すぎて心の準備ができていないと思うけれど、よく納得してくれたねリーンネル」
「今のまま王都に居続けたら殺されるなんて言われたら……嫌でも納得するしかないですし……」
終始暗い表情のリーンは、魔法灯の灯りを避けるように顔を伏せた。
「路銀は充分。護衛であるディトの力量はこの王国随一と言っても過言ではない。彼は旅慣れてる筈だから、心配しないで」
クリャは薄い笑みを崩さず、少しでもリーンの不安を和らげようとずっと話しかけている。
神殿上層部に事が露呈するのを防ぐために、大巫女様は王城の聖女と勇者のお披露目祝賀会に参加していて、そろそろ戻ってくる筈だ。
だから今は待ち時間。
何もする事がないので、俺は部屋の奥に二つ並んでいるベッドの内の、窓側の方で寝転んでいる。
必要な物や路銀なんかはクリャからすでに貰っているし、逃亡先の選定も済んでいる。
南方や西方、東方領だと隣国への渡りが楽なんだが、その間にある街は聖教大滝派と王族側貴族の力が強い。
日陰者の俺はどこに顔を晒しても平気だ。
流石に剣の会の人間には顔が割れているが、俺を含めた会の人間には独特の気配と濃い血の匂いが纏わりついているから、近くに居ればすぐに気づく。
なにより、黒鳥の剣の波動を感じ取る事にかけては、俺は会の誰よりも敏感だ。
所持者の五体と魔力を大幅に向上させる代わりに、一定量の生気を吸い続けるこの魔剣には、黒の不死鳥という精霊もどきが憑依している。
俺ら黒剣士が黒剣士と呼ばれる所以の大元であるこの剣は、剣の会に入会し一年を生き延びた剣士だけが所持を許され、また強制的に契約を結ばれる。
最初の頃は持っているだけで頻繁にぶっ倒れるほど邪魔な存在だったが、今となっては長年の相棒。
手元に無ければ落ち着かないまでに、慣れ親しんでしまった。
黒剣士を会に縛り付けるという意味合いでは、昼まで俺の右手の甲に刻まれていた呪紋と同じなのだが、この剣に関しては俺はそこまで悪感情を抱いていない。
むしろ、愛着があると言える。
案外、面白くて話がわかる、ノリの良い奴なんだよ。
この剣の中で眠っている不死鳥はさ。
気まぐれであんまり面に出てこないけど、時々バチっと目覚めては突然俺に話しかけてきたりする。
不死鳥と対話しようなんて奇特な黒剣士は、俺くらいだろうな。
「あ、あの……質問をしてもよろしいでしょうか。クーランガ殿下」
部屋の中央に置かれた丸テーブルと三つの椅子。
そこに俺やクリャから距離を取って座っていたリーンネルが、おずおずとか細い声を発した。
「ん? なんだい? 話せることならなんだって話すよ? 話せないことは笑って誤魔化すけどね」
王族特有の青髪ではなく、魔法で黒く染色した髪色のクリャがにっこりと笑う。
そうそうこの姿。
俺の記憶の中のガキだった頃のクリャが成長した姿はこれなんだよな。
「わ、私は大巫女様の付き人として何回か王城へと渡った事があるので、貴方が王子殿下である事を知っています。殿下は他の王子の方と同様、王陛下の補佐として、この国の運営に携わっていると記憶していました。その殿下が……なぜ、清流派の巫女である私の逃亡を……命を助けてくれるのですか?」
ああ、なるほど。
確かに今回の聖女選、その結果は王家の意向によって歪められたもの。
その王家と繋がりが深い──深すぎる宗派である大滝派が事実上の勝利を収めた形だ。
つまり、クリャを含めた王家にとって清流派を含めた他の四宗派は政敵となる。
本当なら、クリャはリーンネルを暗殺したい側の人間なのだ。
「ああ、それは簡単な話さ。父上と兄上たちは、今回の聖選儀に介入しすぎたんだ。圧倒的な聖教信徒や一般の民の支持を集めた君ではなく、妹を聖女に押し上げてしまった。いくらなんでも無理やりすぎる力技でね?」
あ、そっか。
今回聖女に選ばれたアリアって娘は、元王族。
クリャの妹に当たるわけだ。
腹が同じかどうかは分からんが、種は同じなのは間違いない。
「明日から始まる宣誓祭で、民は始めて今代の聖女の姿を知る。そこにいるのは落選間違いなしと噂されていた……できそこないの聖女だ。そしてその聖女は日が経つにつれ王家との深い関係性を露呈させていくだろう。少しでも考える頭がある賢い民はすぐに気づくだろうね。此度の聖選儀に、王家の強引な介入があったと」
「べ、別にアリア様はできそこないでは……」
「いやぁ、僕みたいな信心の薄い人間にだってすぐにわかる程度には、君ら聖女候補に比べてあまりにもお粗末だと思うよ? 頑張っているのは知っていたし、実際あの娘も必死だったと思うんだけどさ。客観的に見て、君より優れた資質は一つも見つけられなかった。実家が太いぐらいかな?」
おいおい、その実家の人間がネタにしたら笑えないだろうがその冗談。
「アリアの代で、民と王家の距離はグンと離れる事は間違いないだろうね。この国の歴史の中で幾度となく繰り返された王家の愚行そのものだもの。聖女はこの国の信仰の象徴だ。王家の威光に怯む事なく、民の代弁者である事を求められている存在が王家と癒着しているなんてとんでもない話だよ。十年……いや、父上や兄上の行動次第では早くて五年程度で、王家の信用は地に堕ちる。大変だろうなぁ次の王は。そこから持ち直して王国を統治しなければならないなんて、苦行も良いとこだよ」
当事者である王族の人間が、楽しそうに話して良い内容では無いのは無学の俺でもわかるぞ。
「だからこれは、せめて少しでも未来への遺恨を残さないようにと、僕が必死に考えた対抗策なのさ。宣誓祭が終わる頃に聖選儀の有力候補だった君が謎すぎる死を遂げれば、今は良くても後世必ず不審に思う者が現れる。その時、清流派の動き次第では民を挙げての王家への反乱だって起きかねない。要は、父上や兄上の尻拭いをしているんだ。僕はさ」
椅子に深く背中を預け、クリャは苦笑した。
はー、王族ってのも大変なんだな。
今の話が本当にクリャの真意なら、こりゃ相当苦労しているだろう。
まぁ、建前や思惑混じりなんだろうけどね。
あんな話を全て信用できるほど、俺は純真じゃないんだ。
「と、建前はここまでにしておいて──」
あれ?
「一応今話したのも本当の事なんだけど、それよりも何よりも、君がフィオナ様の娘同然に育てられたって事の方が、僕としては大きいんだよね」
「フィオナ様が、何か?」
俺はベッドから上半身を起こし、クリャとリーンネルの表情がよく見えるよう位置取る。
話の真贋を見極めるには、そいつらの目や息遣いを直接見るのが一番だ。
「僕はね。彼女の孫に当たるんだ。第六王妃である僕の亡くなった母上はフィオナ様の娘でね? 君がお婆さまの娘として育てられたと言うのなら、僕にとっても家族の様な物──というより、お婆さまをあまり泣かせたくないっていうのが、本音かな……」
窓から差し込む冷たい月の光と、魔法灯の温かい光に照らされたクリャの表情は、どこか寂しげで、そしてどこか悲しげだった。