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二人の出逢いはこんな感じで①

本日は3回行動予定(あくまで予定)です!!


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「いつまで右手を眺めてるんだい? ちゃんと前を向いて歩かないとぶつかるよ?」


「……いや、記憶を失ってから初めて、何もない右手を見たなーって」


 なにせあの刺青──呪紋は俺ら黒剣士の命を縛っていた象徴だ。


 視界に入る度に苦々しい思いと、剣の会に隷属させられている屈辱を思い起こされて来た。


 率直に言って、とても嬉しい。


 クリャが居なければ軽く踊り出してたかも知れないし、大声を出して喜びを全身で表現していたかも知れない。


 解放された──自由になるって、こういう事なんだな。


 依頼内容を考えるにおそらくまた新しい呪縛が俺に課せられるかも知れないが、それでも嬉しい物は嬉しいんだから仕方ない。


「聖選儀が終わるまで君に接触できなかった分、準備する時間だけはたっぷりあった。依頼を受けてくれて本当に助かるよ。君に断られたら、他に取れる手段はかなり無理がある物ばかりだったからね」


 神殿南側の塔へと続く廊下を歩きながら、クリャは上機嫌でそう語る。


 あれから急いで王都東地区の牢獄へと赴き、おそらくアーティファクトで意識を奪われたであろう正気を失った死刑囚と顔合わせをした。


 まともな言葉も喋れなかったそいつとは挨拶や礼なんか交わせるわけもなく、文字通り有無も言わさず呪紋を移し替える儀式を執り行い、時間にして5分も掛からず俺は晴れて自由の身。


 そのまま急いで神殿まで戻って来て、依頼人の元へと向かっている。


「ていうか、馬鹿正直に真正面から神殿に入ったけど……良いのか?」


「今だけならね。聖女と勇者の顔合わせ──邂逅の儀が終わるまでなら警戒も薄れているはずさ。なにせバレたら面倒な人間が全員そっちに行っちゃってるから」


「ああ、そういう」


 剣の会の幹部連中──表向きは王国貴族や神官であるアイツらは、自分らが長い事企んでいた計画が成就する瞬間に立ち会いたい筈だもんな。


「今夜、城で行われる軽い立食会までが好機だ。それまでに君と聖女候補を王都の外まで連れださないと、少々動きづらくなる。僕や大巫女様の立場も危ぶまれるしね」


 南塔の最上階まで直通の階段を、早足で昇る。


 確かここは、セリュア聖神教の五大宗派の一つ、清流派が主に使用している場所だった筈。


 五人の聖女候補の一人……確かリーンネルとか言ったか。


 ど本命じゃん。

 聖選儀直前の下馬評で一番人気だった奴じゃん。

 その小さな身体に不釣り合いな大きな胸で、信徒以外のゲスな王都の民にも大人気だった奴じゃん。


 王家の介入さえ無ければ、近年でも類を見ないほど高い実力を持ち、見た目も最高な稀代の聖女が誕生していた筈なんだけどな。


 可哀想に。


 そんな事を思案していたら、塔の最上階まで辿り着いていた。


「はぁ、はぁ……いや、疲れるねこれ」


「クリャ、鈍ったな。ガキの頃ならこれくらいの階段、一気に昇ってこれたろ」


「最近はずっと執務にかかりっきりだったからねぇ。裏工作とか根回しとか、そういう事ばっか上手になっちゃって、僕も大分王族らしくなったもんだ」


 どこか遠い目をしたクリャが、採光用のステンドグラス越しの城下を眺める。


「この先に君の護衛対象と依頼人が待ってる。まぁ、ここまで来たら君に頼るしか術は無いんだけど、それでも愛想は良くしてくれると助かるかな」


「分かってる。こんな見た目してんだ。神殿の巫女──しかも敬虔な聖女候補様となると、俺じゃ無くても男に免疫が無いだろうからな。怖がらせないよう気をつけるよ」


 顔つきが凶悪な上に、上から下まで真っ黒。


 相手が聖女候補様じゃなくても怖がるに決まってる。

 俺でも避けるもん。そんな怪しい奴。


「君は黒剣士にしては理解が早くて助かるなぁ。僕の知ってる剣の会の人間はどいつもこいつも無愛想で無口で頭でっかちでさぁ」


「当世きっての問題児な上に、現役最強だからな。態度を注意しようにもやりかえされるし、話は聞かないし、かといって本気で粛清するには惜しい人材だってもんでかなり好き勝手やらせて貰ってたんだ」


 目の上のたんこぶだったんだろうなぁ。

 

 もう二度と会わないであろう幹部連中や士長に、内心で軽めに謝罪する。


 まぁでも、万が一ツラを合わせたら間違いなく殺すがな。


「じゃあ、準備は良いかい?」


「整えるもんなんてねぇよ。開けてくれ」


 応接室の豪勢な扉が、クリャの手でゆっくりと開かれていく。

 

 王族にそんなことさせるなんて贅沢だなぁ──などとどうでも良い事を考えながら、俺はクリャの後について部屋の中へと進んだ。


「やぁ、待たせたかな。大巫女様」


「いえ、事の慎重性を考えるに早いくらいです。クーランガ殿下」


 俺から見て奥側のソファに座っていた、ヤケに背筋が伸びた姿勢の良い老女がすっと立ち上がる。

 遅れてテーブルを挟んで向かい側。

 俺から見て手前のソファに座っていた、黒くツヤのある長い髪の後頭部しか見えない女性──おそらく聖女候補が慌てた様に席を立った。


「こちらが勇者候補──元勇者候補の方が正しいかな? ディトです。ディト、彼女は聖教清流派の大巫女である、フィオナ様だ」


 クリャが最初に俺に紹介したのは老女の方。

 こんな俺でもその名前と功績を知っているくらいの有名人だ。

 そういや、昨日見たっけこのババァ。

 あん時は自己紹介されなかったから、偉そうなババァだなくらいにしか思ってなかったが、改めて見ると謎の威圧感と謎の優美さを持った、謎のババァだな。

 大したもんだ。これが五大宗派の一角、もっとも民からの信仰が厚い清流派の長か。


 威厳の塊じゃん。

 話とか合わなさそう。


「そしてこの方が君の護衛対象、聖女候補のリーンネル様だ」


 続いて紹介された方の女が、恐る恐ると言った感じで俺へと身体を向ける。


 俺の頭一個分は低い身長。

 露出は多いが布が厚めの巫女服の胸元を押し上げすぎな胸元。

 心配になるほど細い腰。

 華奢すぎて怖い腕や脚。


 なるほど、これが聖女候補。

 なにかが間違えてれば、勇者として俺の対になっていたかも知れない──少女か。


「せ、聖教清流派の巫女。リーンネルです。お初にお目にかかります」

 

 丁寧に折られたその礼はとても絵になっているが、必死に隠そうとしている表情からは怯えの感情がダダ漏れである。


「えっと、すまない。礼儀に関してはかなり疎いんだ。何か失礼があったら遠慮なく言ってくれ。剣の会──いや、〝元〟剣の会所属の黒剣士、ディトだ。よろしく」

 

 俺は努めて優しい声色を心がけながら、まっさらになったばかりの右手を差し出した。


「よ、よろしくお願いします」


 リーンネルはどう見ても震えてるその右手で、俺の手を弱々しく握った。


 なんかこいつ、凄い良い匂いがするな。

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