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不憫な女②


 「で、でも……逃げるって言ったって何処に……」


 たっぷり時間をかけた沈黙の後、私はゆっくりと口を開く。


 私は天涯孤独の身。

 王都以外の生活──いや、神殿以外の生活を知らず、()()など何処にもない。


 母は私を産んですぐに亡くなったと聞いた。


 父は隣国との諍いに駆り出され、その時受けた傷が悪化し、三つの頃に看取った。


 神殿に迎え入れられるまで育ててくれた村のお爺さんやお婆さんも、昨年亡くなられたと連絡が入った。


 身寄りのない私は、小さな村にとってはお荷物でしかなく、お爺さんやお婆さんもお歳で動けなくなったから私を神殿へと預けたのだ。


 今更あの村に帰っても、私を待つ者は誰も居ない。


 そもそもあの村にすら帰ってはいけないと言われているのだけれど。


 本当に、本当に居場所がない。


「この国以外のどこか……遠ければ遠いほど良いでしょう」


「そ、そんな」


 考えられない。

 一人で生きたことのない私が、一人で知らぬ土地へと向かい、一人で生きていくなんて、想像すらできない。


「信頼できる協力者に、段取りを整えて貰っています。心配しないでリーン。当座を充分凌げる金銭を渡しますし、貴女一人で行動などさせません」


「と、供をつけてくださるのですか?」


「ええ。護衛を付けます。と言っても、宗派から人を動かせば貴女が逃げた事がバレてしまうから……外部の者を使わざるを得ないけど」


 ば、バレてしまうと……国や神殿からの刺客が私を殺しにくると言うことか……。


「が、外部の者とは?」


 護衛って事は、兵士様や冒険者様方のような、荒事に慣れた方たちと言うことになる。


 こ、怖い。


 私はそもそも他者との意思疎通があまり得意な方ではない。


 信徒の皆様や慣れ親しんだ神殿の巫女の皆であれば、普通に話せるとは思う。


 けど時々市街で見かけるような、剣を携えた怖そうな方々は正直苦手だ。


 萎縮してしまう。


「これは、この国の機密に関わる話になりますが……剣の会の黒剣士を使います」


「剣の会? 黒剣士?」


 初めて聞く言葉だ。

 フィオナ様の難しいお顔から察するに、あまり宜しくない組織の方なのでは?


「剣の会とは、初代勇者様が立ち上げたとされる、この国の建国当初から存在する剣士育成機関です。そこで育てられた剣士は皆、黒い意匠の武器を持ち、秘すべき内乱の早期鎮圧や軍の手に負えない強大な魔物の討伐──そして時に国や神殿を害する存在の暗殺を担って来ました」


「つ、つまり……暗殺者なのですか?」


 初代勇者様が創立なさったのに?

 清廉潔白、文武両道、自遊と平等を何よりも愛する正義の体現者。


 どの文献にも、初代勇者様はその様に記されている。


 暗殺者の機関を設立するような方には、思えないのだけれど……。


「いえ、暗殺もする……が正しい。彼らは国中から身寄りのない男子を集め、幼少の頃から徹底的に鍛え上げます。その力量は今貴女が知るであろう騎士団や軍属の誰よりも、圧倒的に強い。私も何度か止むに止まれず彼らの力を借りた事がありますが、その仕事の速さと手際の良さは想像を絶していました」

 

 止むに止まれず……。

 頭では理解していたが、フィオナ様の口から直接出て来た聖教の闇を聞くと、とても複雑な気持ちになる。


 この世の中、綺麗事では片付けられないことがたくさんある。


 私はそれを、他でもない聖女と言う信仰の要を選ぶ聖選儀を通して知ったのだ。


「そ、そんなに強いのですか?」


「はい。今貴女が思い浮かべている強さとは違うかも知れませんが、剣の会の黒剣士は例外無く、大型の魔獣を一人で殲滅できる力があります」


 神殿の催し事で何人かの騎士様や、有名とされている兵士様と面通しをしたことがあるが、剣の素人の私から見てもとても強そうに見えた。


 あの方々を圧倒できるほどの剣士が、何人も……私には想像すらできない。


 それに大型の魔獣……春の終わりから夏頃までに活発化する魔物の中で、〝生命を喰らい過ぎた〟個体はその性質を変化させ、魔獣へと進化する。


 それだけでも充分脅威なのに、更に大型とまでなれば……荒事に疎い私にはもう理解が及ばない。


「協力者の話では、貴女の護衛となる黒剣士はその中でも最も強い、と聞き及んでいます」


 フィオナ様はそう言って、初めてテーブルの上に置かれていたグラスを手に取った。


 淀みない所作で優雅に一口水を含み、音を出さずに飲み干すと、グラスを丁寧にテーブルの上に置く。


「もうじき、その黒剣士がここに連れられて来ます。どの様な経緯で剣の会の者が私に手を貸してくれるのか……そこは実は半信半疑なのですが。協力者は私が知る限りもっとも信頼できる人物なので、信じるしかないでしょう。貴女の命が危ぶまれている現状、藁にもすがる思いです」


「ふぃ、フィオナ様もお顔を知らないんですか?」


「いえ、協力者の言が正しければつい先日……聖女が勇者を見染める邂逅の儀を執り行った際におそらく見ている筈」


「邂逅の儀……?」


 それは、私の知らない儀式だ。


「勇者と聖女は対の存在。聖典に記された神話を儀式的に解釈すれば、聖女が直接勇者を選び取る手順となっています。なので聖選儀が終わり次第、密かに選別された勇者候補たちが聖女の前に姿を現し、品定めされるのです」


「え、じゃあ……」


「はい。剣の会とは勇者候補を育成する機関でもあるのです。つまり今からここに来る黒剣士は、アリアが選ばなかった勇者候補……勇者になれなかった者と言うことになりますね。今回の勇者候補は三人。邂逅の儀は私も立ち合いましたが、誰が選ばれたかまでは知りません。聖女のお披露目まで大滝派の大巫女と神官が黙する事でしょうし」


「なれなかった……」


 つまり、聖女に選ばれなかった私と……同じ。


 その言葉にどこか親近感のような感情を勝手に抱き、しかしすぐに知らない男性がここに来ることの恐怖で塗り潰された。

 

 聖選儀を終えたばかりのこの身体は正直まだ疲れている。

 疲労感と恐怖と、そして身を強ばらせるほどの緊張感に包まれながら、私は私を護ってくれる方をこの部屋で待ち続けた。

評価も感想も待ってます!本当に待ってるんだから!

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