不憫な女①
とても大事な事を伝え忘れてましたが、この小説の視点は章ごとにコロコロ変わります。
未熟者でごめーんυ´• ﻌ •`υ
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都大神殿、南塔の最上階。
セリュア聖神教の宗派の一つ、聖教清流派の応接室。
質素な木製のテーブルを挟んで、私と大巫女様は向かい合って座っている。
来客を迎える為に少しばかり高級な物で揃えた調度品のソファは、私には少し柔らかすぎて落ち着かない。
「お疲れさまでした。リーンネル」
そう言って大巫女様は深々と頭を下げた。
ピシッと伸ばした背筋から来るお辞儀の所作が、とても美しく感じる。
「お、お疲れさまでした……」
そんな大巫女様──フィオナ様の優美さに圧倒されて、私の返事が少し遅れた。
開け放たれた窓から吹き抜ける風に、フィオナ様の腰まで伸びる白髪の混じった金色のお髪が揺れる。
御歳70を超えるとされるフィオナ様は、加齢による頬や眉間、手の皺までもを含めてとてもお美しい。
宗派に属する二百名の巫女と、十数万とも二十万とも言われる信徒を導く私たちの長は、やはり凄いお方だ。
「此度の聖選儀、貴女が選ばれなかったのは全て私に責任があります。聖教大滝派がまさかあそこまでの金銭を賭して無理を通そうとするとは、私たち含めどの宗派も考えておりませんでした。実力的にも資質的にも、そして信徒からの支持数的にも貴女が選ばれるに違いないと、貴族や王家に対して牽制や充分な根回しを怠ったのはこの私です」
「そ、そんな! フィオナ様は誰よりも働かれておりました! 選ばれなかったのはひとえに私の──!」
「いえ、貴女は良くやってくれました。聖女などと言う名など望んでいないのに関わらず私の、そして周囲の期待に応えようと必死に、健気に……」
「の、望んでいないなんて……そんな……」
その言葉を最後まで言えないのが、私の本心を如実に表している。
「いえ、大丈夫です。私たちは貴女に過度な期待を背負わせすぎた。大人しく優しい貴女が聖女という役目など望んでいないと理解しながら、それを無視し、無理やり聖選儀に駆り出してしまいました。貴女のその余りにも大きな素質と器量に、宗派の長として欲をかいてしまった。本当に、ごめんなさい」
フィオナ様はまた深々と頭を下げる。
「フィオナ様、どうか頭を上げてください。私みたいな小娘にそんな……」
ゆっくりと顔を上げるフィオナ様のお顔は、どこか優れないように見える。
私が聖女になれなかったから、お優しいフィオナ様のお心を痛めてしまった。
果たせなかった役目。
答えられなかった期待。
背負いきれなかった、信徒の方々の信仰。
どれもこれも、聖女など恐れ多いとどこか本気になれなかった私が招いた自業自得。
フィオナ様を含めた神官様や宗派の方々が気に病むことなんて、何一つないのに。
「リーンネル、いえ……リーン」
「は、はい」
あ、懐かしい呼び方……。
かつての幼い私を、フィオナ様はリーンと言う愛称で呼んでくださった。
本格的に巫女としての修行を始めた九つの頃まで、そのお優しい声とお顔でその名前を呼ばれるのが嬉しくて……まだ物心つく前に親元を離れ、神殿に預けられた私に取って、フィオナ様は親代わりに等しい。
家族恋しさに夜泣きを繰り返す私を、同じベッドで寄り添ってあやしてくださった。
慣れない神殿での生活にすぐ泣き言を言う私の背中を、優しく撫でてくださった。
些細な失敗を気に病んですぐウジウジする私を、時に厳しく叱咤してくださった。
そんな思い出が沢山詰まった、リーンという愛称。
フィオナ様の声で久しぶりに聞くその名前に、少しだけ目頭が熱くなる。
「聖選儀に敗れ、聖女に選ばれなかった貴女は──逃げねばなりません」
「──え?」
懐かしい思い出を頭の中で反芻していたら、突然信じられない事を告げられた。
「な、なぜですか? わ、私が皆様の期待に、応えられなかったから? 私が不甲斐なかったから?」
あんまりにもあんまりな言葉に、思わず身を乗り出してテーブルに両手をついてしまった。
「いえ、そんな事はありません。問題は五大宗派の中で、大滝派の擁立した巫女が聖女となった事。そして貴女が余りにも優秀だった事……」
「な、何を言っているのか、わかりません」
「今代の聖女に選ばれたのは、王家と繋がりが深い大滝派の巫女候補、アリアです。彼女は彼女で確かに優秀な巫女ですが、貴女や他の聖女候補と比べるとどうしても見劣りしてしまう。つまり、今回の聖選儀は王城の意向により、結果が歪められた儀式でした」
そ、それは……。
フィオナ様に言われるまでも無く、神殿関係者にとってはもはや周知の事実。
聖選儀の最終選別官を勤めた七神官は、誰も彼もが王家や貴族と縁の深い人物だ。
嘘か真か──いや、これは最早確実なのだけれど、七神官は王家や王家に連なる貴族様から──袖の下を受け取っている。
私だって、馬鹿じゃない。
今まで培ってきた経験も、こなしてきた修行の辛さも、そして今身についている巫女としての技量にも誇りを持っている。
だから、腑に落ちない。
五大宗派が擁立した聖女候補の巫女たちは、とても優秀な方ばかりだ。
自慢みたいな言い方になるから嫌だけど、私だって彼女らと肩を並べられると自負している。
だけど、わずかばかりの優劣はどうしても付いてしまう物だ。
今回聖女に選ばれたアリア様は──私たちより優れているとはお世辞にも言えない。
水源派の巫女、テセ様よりも信仰心が薄く。
慈雨派の巫女、キャイア様よりも治癒術は劣る。
水底派の巫女、シーリー様より神秘に対しての知識に欠け、そして私に比べて信徒からの信頼があまりにも薄い。
大滝派がアリア様を擁立したのは、その実力というよりも……元王族の出という点が大きい。
序列20位の第八王女。
それが、アリア様が神殿に来るまでに持っていた地位と権威だ。
他の四宗派が神殿の理念に則り王権から距離を取っているのに対して、大滝派は現王家とかなり繋がりが深い。
神殿の権威は、時流と場合によっては時の王家よりも強大になり得る。
遥か昔から何代かに一度、今回のように王家の息のかかった聖女が誕生し、そして盛大にやらかして失墜している。
これは王国の歴史書にも記されている、揺るぎない事実。
しかしやはり、王家は神殿を取り込みその力を得る事を諦めきれないのだろう。
それが今回、たまたま私たちの代だっただけの話。
聖女の交代は前代の逝去と共に行われ、次の聖選儀は遠い未来にアリア様が亡くなられてから。
その間に王家がもし──いや、確実に強権を振るい、信徒からの信頼を失って、次の聖女は他の派閥の者を選ばざるを得なくなる。
この国の聖女制度はずっとこういう繰り返しで執り行われているのだ。
「他の候補が聖女になれば、こうまで頭を悩ませなくても良かったのです。しかし、アリアは王家の出自を持つ、王家の傀儡となる聖女。そんな彼女にとって、稀代の素質と実力を持つ貴女は、とても目障りに見えるでしょう。アリアがそうでなくても、アリアの取り巻き達は間違いなくそう思っています」
そ、そんな……。
ようやく慣れない演説や周遊をしなくて済むと、巫女として普通の暮らしが戻ってきたと、こっそり胸を撫で下ろしていたのに。
苦手どころか避けて通りたかった政治的な争いが、聖選儀を終えてまでついて回るの?
私の心は深くて暗い絶望に染まる。
「じゃ、じゃあ……もう王都の神殿には居られないのですか?」
清流派の信徒が多い西方領。
自然豊かで温暖な気候の彼の地は大好きだけれど、慣れ親しみ育ってきた王都から離れるのはやはり辛い。
「いえ、王都どころの話ではありません」
「え、じゃ、じゃあどこに……?」
「このままこの国に居続ければ、貴女は間違いなく──近いうちに殺されてしまう。だから、この国から逃げねばなりません」
フィオナ様の告げた言葉が余りにも衝撃的で、私の頭が理解するまでにたっぷり数十分もかかった。
これも伝え忘れてましたが、『この小説すごいやん!』とか、『え、まって天才…』とか『あかん面白すぎて漏らしてまう』って感じて頂けましたら、是非評価など頂ければ絶頂します。エクスタシー。